結成は2023年7月。活動丸3年にして渋谷クラブクアトロを含むワンマンツアーは、最速先行の時点で全公演ソールドアウト。巷でじわじわと話題になっているのが4人組のCloudyだ。ロックバンドへの憧憬が強く表れたまっすぐなサウンドや、ささくれだったヴォーカルなど、泥臭さが充満している。このたび到着したセカンドアルバム『できるだけ感動の方へ』も、自身の信念を貫くような、シンプルでぶっといバンドサウンドが真ん中にあるが、そこで唄われてるのは、どこか自分を卑下する言葉や一歩踏み出すことの怖さだったりするのだ。作詞作曲を手がける小柴タケト(ヴォーカル&ギター)は、どんなヴォーカリストなのか、初インタビューで探ってみることにした。心で思っていることはあれど、なかなか行動に移すことができなかった小柴は、Cloudyの音楽を通じて、それを体現している。その音楽は、自分の〈できるだけ〉を精一杯叶えようとする人の心に深く突き刺さるはずだ。
(これは音楽と人2026年9月号に掲載された記事です)
SNSに、「3年は本気でやる それで何の結果も出せなかったら 音楽を辞める」と決めてバンドを始めた、と書いてありましたけど、どうして期限を設けて始めたんですか?
「このバンドを組む時に、〈これで食っていけるような、人生を懸けた本気のバンドをやりたい〉って気持ちがあったんです。僕、地元が福島の田舎なんですけど、父親はすごい堅実な人で、バンドで生きていくって言ったら、すごい心配や怒りを露わにしてて。そういうリアルな現実もあって、3年は本気でやろうと。自分に何か光るものがあるなら、3年もあれば何かしら形にはできるだろうということで」
自分を追い込むため、かつ両親を説得するために期限を設けたと。実際に3年が経って、今の状況は最初に思い描いていたものに近づいていますか?
「まあ、そうですね。想像したところから、上ブレも下ブレもしていないというか。そういう意味では、自分の期待を裏切らなかった喜びもあれば、自分の期待を超えられてないという残念さも両方ありますね。今後はその未来予想図を上回ってくれよ、とは思ってますけど」
めちゃくちゃ冷静ですね。
「やってる音楽的に荒々しい人って思われることも多いんですけど、けっこう自分を俯瞰するタイプなので」
考えなしに行動することも少ない?
「その時の感情で突っ走るというより、しっかり考えて自分の中で腑に落ちたことをやるのが好きですね。自分はパンクロックからバンドを好きになったので、衝動のまま動く人にすごく憧れがあるんです。そういう人が一番天才だと思ってる。でも自分はそういうタイプの才能を持った人間ではないので、けっこう細かく考えてやってますね」
ザ・ブルーハーツがきっかけで音楽やバンドに興味を持ったそうですね。
「はい。父親がブルーハーツ世代で、実家にファースト、セカンド、サードのアルバムがあって、中学1年生の時にそれを聴いたのがきっかけです。こんなカッコいい世界があるんだ、って。そこからバンドの音楽が好きになっていきました」
どういうところがカッコいいと思ったんですか?
「倉庫みたいなところで〈リンダリンダ〉を演奏してる動画がYouTubeにあって。今でも見れるんですけど。小学生の頃に初めてそれを見た時は、すごいおっかない人だなと思ったんですよ。革ジャンで目ひんむいて舌出して唄ってて。でも中学1年生になってその映像をもう一度見た時に、すごく感動して。〈ドブネズミみたいに美しくなりたい〉〈もしも僕がいつか君と出会い話し合うなら/そんな時はどうか愛の意味を知ってください〉っていういい歌詞を、あんなに荒々しく飛び跳ねたりしながら唄ってる、そのいびつさに感動を覚えたんですよ。13歳ながらに自分の想定を初めて超えてきたというか」
それまでの自分の常識から外れたものだったと。
「そこから甲本ヒロトと真島昌利が僕のヒーローになりました」
最初と中1の時で、映像を見た感想がまるで違いますけど、なにが要因だったんでしょう。
「これ、本当にわかんないんですよね。小学生の頃はすんごい明るくて、サッカー部のキャプテンで、運動会で応援団長やったり学芸会で主役やったりするような子だったんです。でも、中学に上がるくらいで、言葉数も減っていって。別に何かあったわけじゃないんで、ただの思春期としか言いようがないんですけど。そこにブルーハーツがあって、こういう人間が自然とできあがっていったというか。何か出来事があったほうが本当は面白いんですけどね」
福島の田舎で育った、というのは影響してますか?
「ああ……たしかに田舎の静かな町で育ったんで、自分がすること、目に映ること、耳にすること、全部普通だな、とは思ってました。そこに飽き飽きしてた感じはあるかもしれないです。それなりに友達がいて、それなりに勉強して、部活もして。13歳でそんなの感じなくていいんですけど、全部が想定内だな、みたいな。それを変えたかったんでしょうね。だから中1の頃にはいつか東京に出たいと思っていたし、今も非日常をポリシーに生きてるんですよ。普通に生きてたら普通のことしか起きないから、いかに自分の人生を歪ませられるか、を考えてるというか。平らよりも上がったり下がったりするほうが面白いと思うタイプなので」
私も群馬の田舎出身なので、少しわかる気がします。のどかなぶん、刺激が少ないですからね。
「全部当たり前のように過ぎていく日々にどこか鬱憤があって、でも自分で何かアクションを起こせるほどの行動力も勇気もない。その当時は音楽を聴くことが僕の中での精一杯のアクションだったというか。今はもう存在していない、同級生たちは見向きもしないようなバンドをひとりで聴いてる。すごく些細なことですけど、それが中学生の僕にとってはデカかった」
そうやって音楽を聴くだけの日々を過ごしていて、高2の時に小説を読んで実際にバンドをやる決意をしたそうですね。
「はい。なんとなく立ち寄った本屋で、ギターを持って男の子が飛び跳ねてる表紙がカッコいいなと思って手に取ったのが、『階段途中のビッグ・ノイズ』っていう小説で。うだつの上がらない高校生が友達とバンド組んで文化祭でグリーン・デイを唄うんです。それを読んだのがもうじき高校生活最後の文化祭が来るタイミングだったんで、まんま同じことやってみたいなと思って、バスケ部の友達に声かけて、グリーン・デイの〈BASKET CASE〉をやりました(笑)」
その小説を読むまでは、ギターを練習することも、友達集めてバンドやってみることもなく?
「まったくなかったですね。ずっとバンドへの憧れはあったものの、流されるように生きてきたんで。なので文化祭でバンドやるっていうのが初めて自分から起こしたアクションでした。すごい勇気いりましたし、周りからも相当驚かれましたね。人前で唄ったことなんてもちろんないし、ギターも触ったことなかったので。結局、Cloudyはあの文化祭の日の真似事をずっとしてる感じがあって。それくらい僕に影響を与えた日だったのは間違いないです」
じゃあそこからオリジナルの曲を作ったり、本格的にバンドをやっていく流れになるわけですか。
「文化祭終わったらすぐ、他のやつらはすぐ楽器やめちゃったんですけど、自分は誰に聴かせるわけでもなく曲作りは始めましたね。ただ、本気でバンドで生きていくって腹をくくるまで時間はかかりましたし、さらに勇気が必要だったんですけど」
遊びでバンドやるのとはわけが違いますもんね。
「大学で東京に出てきて、バンドやりたい憧れはあるけど誰にも言えないし、自信あるとか言いながらもまた踏み出せずにいて。ある日突然すごいことが起きて夢が叶わないかなあ、ってありえない妄想を抱きながら、なんとなく時間が溶けていくような日を過ごしてたんですけど(笑)」
高校の文化祭でアクションを起こせたけど、それで自分が強くなれたわけではなかったと。
「はい。結局はビビリのままなんですよね。そのくせ俺はやれるぞって気持ちだけはあって。で、友達に誘われて2022年の〈ROCK IN JAPAN FESTIVAL〉に行ったんです。その頃はバンドをやることから目を逸らしてたんで、ライヴにもほとんど行ってなくて。僕が挑戦すらできなかったことを実際に叶えてる人たちがいて、そのライヴをお金払って観に行くのが癪だったというか(苦笑)」
現実というか、自分の惨めさを突きつけられますもんね。
「だから誘われた時もあまり乗り気じゃなかったんですけど、友達がチケット取ってくれて『行く人いないから行こうよ』って言われて。My Hair is BadやKing Gnuが一番大きいステージに立ってる日で、最初は楽しかったんですけど、どんどん苛立ちが込み上げてきて」
苛立っちゃうんだ(笑)。
「この人らすげぇけど、俺も頑張ればできる気もするんだよ、って。友達は福島から来てたんで途中で帰っちゃって、トリのKing Gnuでお客さんがみんな楽しそうにしてるのをひとりで一番後ろから観ながら、どんどんムカついて。ふざけんな!ってなってたのを今でも覚えてます」
その苛立ちは自分に対して、ですよね。
「そうですそうです。その1日で自分の音楽コンプレックスを刺激されまくって、このまま人生終わっちゃダメだ、と思って。1回本気でやってみようって、ネットでメンバー探したのがCloudyの始まりです」

それで、3年で結果を出す、という覚悟のもと活動が始まっていくと。
「はい。自分は根っからの臆病者で怠け者なので、それくらいの気持ちを持ってやらないとダメだなと」
アルバムの中に〈体たらくで臆病な自分〉〈大それた事なんて所詮人間/出来る訳はないんだ〉という歌詞がありますけど、これは小柴さん自身を表しているんですね。
「そうですね。さっき、いろいろ考えてから行動するって話をしましたけど、結局それも臆病だからなんですよ。いっぱい考えて〈こんなに考えたし、ちゃんと理論立てて理由づけできてるから大丈夫〉って自分に言い聞かせないと動けないので。Cloudyの曲はすべて共通して弱さがある気がします」
サウンドはまっすぐで力強いけど、唄ってることはどこか卑屈さや小心さがあって。ラストの「狭い空」が顕著ですけど。
「これは先ほど言った、高3の文化祭の時のことをまんま歌にしました。その文化祭では、MONGOL800の〈小さな恋のうた〉も唄ったんですよ。ああいう、初心者もコピーできて、みんなで唄える曲が結局一番偉大だなと思っていて。そのイメージで作りました。自分が文化祭でもう1曲唄うなら、こういう歌かなって」
10代の自分に向けて唄っているんですね。
「これはCloudyの活動すべてに言えることなんですけど、やっぱり10代の頃の自分が見てどう思うかを何よりも大切にしているんです。あの頃のひねくれ者で、臆病で、引っ込み思案な自分を感動させたい、あの頃の自分を救いたいっていうのはつねにあるので」
〈何も無い放課後 校舎を抜け出し〉って、校舎を抜け出すのは授業中じゃなくて、放課後なんだっていう。
「そうですね(笑)。夜の校舎で窓ガラスも割れないし、盗んだバイクで走り出せもしない。尾崎豊も聴いてたし、もちろん憧れてましたけど、あまりにも平凡な自分に嫌悪を感じながらも、何もできないっていう。そんな少年の心を純粋に唄った曲です」
〈20時ぐらいにはどうせ帰るから〉ってところも、帰るのけっこう早いな!みたいな(笑)。
「福島の20時はもう暗いんですよ(笑)。この曲って何もすごいことは起こしてないんですよ。実際にとんでもないことを起こせる人って本当にごくわずかというか。僕はそういう人に憧れを抱きながらもできない少年だったので、自分みたいな人に刺さったらいいなと思ってます」
大きなことは起こせてはないけど、最後には少しだけ気持ちが前向きになっていて。なにか起きないかなって思いながら、平凡な日常を過ごしている人って、学生じゃなくてもたくさんいると思うんですよ。そういう人にとって、ささやかだけど、たしかな勇気や希望をくれる曲だなと思います。
「それはCloudyの強みだと思いますね。飾ってないというか、等身大であるというか。なんでもできそうな人が音楽やってても、〈お前音楽じゃなくてもうまいことできるだろ〉って思っちゃうから。やっぱり10代の自分が、どういうバンドに現れてほしかったか、どういうヴォーカリストがいたら感動しただろうって考えた時に、Cloudyみたいなバンドを僕はずっと待ってたんですよ。今のCloudyが、13歳の頃の僕の目の前に現れたら、心酔してるだろうなっていうくらいのスタンスで活動できてるので、それは本当に誇らしいですね」
文=竹内陽香
NEW ALBUM
『できるだけ感動の方へ』
2026.08.05 RELEASE

- 感動の入口で
- 捧ぐ
- マリア
- 無責任な肯定を
- 永遠モラトリアム
- 忘れてしまえよ
- 孤軍奮闘歌
- 情景通り
- サミダレ
- 自分勝手
- 狭い空
これまでのこと(CD限定)
