弓木英梨乃というアーティストについて、あなたはどんなイメージを持っているだろう。誰かのそばでギターを弾いてるミュージシャン? YouTube上で笑顔で超絶ギターを弾きまくる人? KIRINJIに在籍したギタリスト? NHKの番組で観たとか、シンガーソングライターとしての活動を知る読者もいるかもしれない。
そんな弓木が、ソロ名義で「Kaiho」というシングルをリリースする。ここで彼女は卓越したギタープレイはもちろん、歌で自分の心情を表現している。そこからは、満たされない思いを抱えていたこと、そして今、新しい場所へと踏み出そうとしていることが強く感じられるのだ。
今回は、さまざまな経験やキャリアを重ね、ここに来て自分の殻を破ろうとしている弓木英梨乃について迫ろうと思う。この人の慎ましさと、その上での真面目な生き方に共感する人は、きっと多いはず!
(これは音楽と人2026年7月号に掲載された記事です)
今度の曲、すごくいい感じですね。
「ありがとうございます!(笑)。うれしいです」
で、弓木さんは今までいろんな活動をしてきてるんですが。個人名義でのリリースはどれぐらいぶりになるんですか?
「えっと……2019年に弓木トイという期間限定のソロプロジェクトでEPを出したり、そのあとにチキップダンサーズ(Eテレ)の曲も出したけど。ちゃんと曲を出したのはEMIでデビューした2011年が最後かな? たぶん、そうですね」
やっぱりそのぐらい空いてるんですね。そのことについて、ご自身ではどんなふうに思います?
「そうですね……最初にEMIからデビューして自分の作品を出したんですけど、2年ぐらいで契約が終わったんです。で、そこからは流れでサポートギタリストとして仕事をしたり、KIRINJIのメンバーになったり、本当に流れに身を任せるまま音楽活動してきたので。その間は余裕がなかったし、〈弓木英梨乃の名義で何かを出したいな〉みたいに強く思ったことがあまりなかったですね」
それがこうして個人名義でリリースすることに至ったのには、どんな心境があるんですか?
「いろんなことが重なったのがありますね。今回プロデュースをしてくれたのが高野勲さんなんですけど、数年前から高野さんとエンジニアの柏井日向さんと呑み友達になっていて。で、去年の1月に新年会をやった時、ふたりが『弓木ちゃん、何か作品を一緒に作ろうよ』と言ってくれて。ちょうどその頃〈自分の作品を何か作りたいな〉と、うっすら思ってたんですよ。私も曲は作り続けていたんです。鼻歌のデモだったり、ギターリフの断片だったり、しっかり1曲デモにしたり。で、200曲ぐらいあった曲のアイディアを高野さんに全部送ったら、2ヵ月ぐらい経って『作ってみたんだけど』って5曲ぐらい送られてきて、それがほんとにカッコよかったんですよ! そこから1年ちょっとかかって、やっと1曲が完成しましたね」
しかし200曲って、作りたい思いはあったんですね。
「ありましたね。私、2024年がメジャーデビューから15周年の年で、その記念のライヴをやったんです。その時はEDMのようなトラックにギターのカッティングを乗せる曲をやりたいモードだったので、トラックを作ってもらって、そこにギターを乗せたりしたんですね。それはライヴだけだったんですけど、そうやって曲は作ってはいたし、何かをリリースしたい気持ちは、どこかにずっとありました」
ただ、お仕事がたくさんある状況は続いてたでしょうし。
「ですね。あとは自分ではなかなか動き出せなかったり、そこまで覚悟がなかったかなとも思います」
弓木さんの活動を見ると、ご自身で〈どうしてもこれをやりたい!〉ということが多くない気がするんです。話が来たから一緒にやってみたとか、声をかけられたから加入したとか。
「そうですね。そんな感じでずっとやってきた気がします」
ですよね。では、そもそも10代でデビューしたことは、今思うと、どうだったんですか?
「その頃は(自分を表現したい思いは)ありましたね。高校生の時に曲を作り始めて……自分の内側にある、人に言えないような気持ちを歌にし始めたのが、自分の音楽の原点なので。で、そのままデビューもして……私は音楽が仕事になるのがすごく早かったんですよ。だから10代20代は音楽で仕事をする、音楽はお金を稼いで生活していくためのもの、という気持ちが強かったんです。で、運がいいとも言えるんですけど、いろんなお声がけをいただいて、仕事としてやってくることができて」
最初の時期からそうだったんですね。
「そうですね。その時はすごく大きい芸能事務所にいて、お給料もらって活動する感じだったので、〈しっかりやらなきゃいけない!〉みたいな。あと、それには自分の家庭環境とか、経済的なこともあったんです」
家庭環境? 経済的な事情ですか?
「はい。私が高校生の時に、両親が自己破産してしまって」
ええー! そうだったんですね。
「それでほんとにお金がなかったんです。でもデビューをして、サポートの仕事もすごくもらえるようになったし、KIRINJIにも入ったりして。もう今だから言えますけど、お金をとにかく稼ぎたくて、もらえる仕事は何でも、全部やりました」

そうですか。そんな大変な事情があったんですね。
「はい。でも振り返ってみて、弓木英梨乃って何やってる人なんだろうな?って自分で思うこともあるんです。シンガーソングライターなのか、ギタリストなのか。KIRINJIのメンバーだった人なのか、YouTubeでギター弾いてる人なのか。セミナーもやって、教則本も出して、SNSもやって……(笑)。でも今は、そうやって一本道じゃなくて、いろんなことをやってきたのが自分のスタイルなのかな、と。だからこれからもいろんなことをやるだろうし、今はこのプロジェクトをやりたいという時期なんだろうなと思うし。それがここまで続けてこられてるのでよかったなって思いますね」
ただ、どうしたらいいんだろうと思った瞬間も?
「ありました。とくにKIRINJIがバンドの形を終了してからは、自分の音楽を表現する場所ってどこだろう?と考えることが多くて。いろんな仕事をしてても自分が満たされない感じっていうか……音楽を作って表現したいんだけども、それができてないモヤモヤした気持ちがどこかにあったのかなと」
そのモヤモヤと、2021年から2年間、マレーシアの音楽大学に留学したことは関係あるんですか?
「そうですね。〈音楽をアカデミックに勉強したいな〉って、10代の頃からずっと思ってたんですけど、その時間がほんとになかったんです。わかってないことがいろいろあるのに、それをごまかしながら毎日乗り切ってるみたいなことにコンプレックスがすごくあって。〈音楽理論とかを理解できてないのに感覚で乗り切ってるだけじゃ、いつか終わりが来るな〉みたいな不安もすごくあったし。で、30歳ぐらいになる頃って自分はキャリア10年を超えてるんですけども、それが同い年ぐらいのミュージシャンがすごく活躍し始めた時期なんですね。で、みんな本当に勉強していたり、下積みとかいろんな経験を積んでいて。そこで〈自分はこのままだったらダメだな〉と思ってたんです。で、コロナ禍にすごく時間ができたので、海外留学に行きました。アメリカは学費も生活費も高すぎるからアジアで調べてる時に、世界音大ランキングみたいなのに上位に入ってる大学がマレーシアにあったんですね。言語も英語だし、全然行ったこともなかったけど、行ってみようと思って」
そうですか。このマレーシアへの留学は、あなたの強い意志を感じる数少ない動きのひとつに思えます。
「ほんとですか? あそこで考える時間ができて、〈自分って何やりたいんだろうな〉〈海外行って勉強してみたいんだな〉って、初めてちゃんと考えた感じがします」
あと思うのが、基本的にすごく真面目な方ですよね。
「(笑)はい、そうかもしれないです」
やるべきことをちゃんとやる、みたいな。さっきの音楽を学んだのも真面目だからだし、それはギターのクリーンな弾き方にも通じてますよね。だからこそ弓木さんの演奏はいろんな人から信頼されるのだろうなと思います。
「ありがとうございます。そうですね……なんか〈正解をしなきゃ〉みたいな気持ちがずっとあるんですよ。仕事でやってるから〈求められてることをやらなきゃ〉とか。だから正解を求めすぎて、それで自分が苦しくなってたとこもあるのかな、って。もともとは好きにギター弾いて、曲作って、自分の気持ちを好きに唄って、みたいなところが音楽を作り始める原点だったのに、〈正解って何だろう〉と考えながら弾くことが当たり前になっていた。でも今回こうして自分の作品を作っていて、そうじゃなくてもいいんだとあらためて考えさせてもらっていますね。自分の作品って、べつに正解しなくてもいいじゃないですか。それだけ自分は音楽を仕事にしてきて、最初はみんなに評価されたいと思ったり、お金を稼がないといけないと思ってたりで、正解を求める気持ちがずっと強かったと思います。〈求められる人になりたい〉とか。それが30歳ぐらいから、仕事じゃなくて音楽をやるんだったらどんなことをやるのかな?とかをすごく考えるようになりました」
で、今回の「Kaiho」という曲ですけど、タイトルがアルファベット表記なのはなぜなんですか?
「それは外国の人にも聴いてもらいたいと思ったからですね。いろんな〈Kaiho〉があると思うんです。解き放つ〈解放〉もあるし、開け放つ〈開放〉もある。〈介抱〉してあげる、というのもありますし。アルファベット表記にして、いろんな意味を含ませるのがいいなというのはありましたね」
その歌の内容を見ると〈ここじゃないどこかへと抜け出したい/見たことない わたし〉と、まさに解放されようとする表現があるじゃないですか。これはあなたの本心ですよね?
「そう、今回ほんとに〈解放したい〉というのが自分の中でのテーマなんです。自分はニコニコ楽しくギターを弾くことが多いし、そういうふうに受け取っていただけることが多いんですね。でも、みんなそうだと思うんですけど、根はすごく暗いし、何も考えずに曲を作ると、だいたい暗い歌詞になるんです。色で言うとグレー、みたいな。それで高野さんのデモを聴いていたら、すごく自分らしいなって思って、そこで〈解放〉というキーワードが自分の中で出てきたんですね」
自分を解放したい気持ちがあるということですか。
「はい。ずっと、めちゃめちゃ思ってました」
それでこれまでの自分とは違うところに踏み出そうという思いが強くあるということですね。
「そうですね。それは急に〈人生を変えたい〉とかじゃなくて、自分の人生は自分が主体だということを忘れがちだからなんです。自分で決めて、自分で選んで、自分で動く。そうやって生きたいな、ということをこの数年強く思っていて。それが自分にとっての解放かなと思う。現状に何か不満とか不安とかがあった時に、小さなことでも自分で動く。そういうふうに生きてたいな、と思うんですよね」
そんな不満とかあるんですか?
「本当にあるんですよ! でもそう見えないのが不思議ですね」
だけどこの雑誌に載ってる人たちを思うと、かなり慎ましいほうですね(笑)。そこは弓木さんらしい気がします。
「(笑)そうですか。でも今回こうして曲をリリースする上では、お金とか評価とか、うまいとかヘタとかも関係なく音楽をやる場を作ることが、自分にとって大事なんです。だから自分が何かになっていく過程というか、これを通して自分が成長したくてやってるし。間でお話したように、きっと自分はこれからもいろんなことをやって、流されもするだろうし、自分でやりたいこともやるだろうし、それが自分なんだろうなって思うんです。そのキャリアのために今、こういうプロジェクトをやりたいんだろうなって思いますね。で、自分を解放できると……自分のことをちょっとずつ好きになれたり、満たされたりして。ただ人生を楽しく生きたい、ということだと思いますけど」
これまでは、そこまで自分が好きではなかったんですか?
「ですね。でも最近、すごく好きになってきているんですよ(笑)。それにはマレーシアに行ったこともすごく大きくて……日本とは習慣も常識も違うし、自分も価値観が変わったし。それに自由に弾いたギターの動画をSNSにアップしたのも大きかったですね。そういうことをしたのは、実は初めてだったのかもしれないな。正解がないことだけど、それをすごくいいって言ってくれる人や楽しんでくれてる人がいて、〈こうやって人に共感してもらえるんだな〉という経験ができて。それが自分にとってよかったなと思います」
わかりました。これから弓木さんが自分をのびのびと表現していけば、もっと開けていくものがあると思います。
「そうですね。その第一歩として今回があるのかなと思います」
文=青木優
FIRST DIGITAL SINGLE
「Kaiho」
2026.06.10 RELEASE

