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朝ドラ主題歌という大役を引き受けたスピッツ。その曲の中で示したロックバンドとしての矜持とは

text by 樋口靖幸

(これは『音楽と人』2019年7月号に掲載された記事です)




先日ついに舞台を東京に移したNHKの朝ドラ『なつぞら』。戦後の日本と北海道の大自然を背景に描かれるヒロインの物語、そのオープニングを飾るのが「優しいあの子」だ。国民的ドラマの主題歌として半年間、月曜から土曜まで毎朝流れる曲をスピッツが担当すると知ってまず思ったのは、まるで自分のことみたいに嬉しかったことと(スピッツと広瀬すずで1日が始まるなんて!)、その一方でバンドにとっては頭を抱えてしまうような難題だったのでは……という思いだった。  

これまでユーミン、桑田佳祐、山下達郎、宇多田ヒカル、ドリカム、aiko、絢香といった錚々たるメンツが世に送り出してきた朝ドラの主題歌の制作に彼らが抜擢されたことは、長らく彼らを応援してきた者として誇らしい気分ではある。けどスピッツは誰もが知るポップアイコンになろうと、朝ドラで曲が毎日流れようとも、自分たちが〈ロックバンド〉であることに強いこだわりを持っているバンドだ。2016年に発表された最新アルバム『醒めない』は、ロックに対する醒めない思いの丈を詰め込んだ情熱的な作品だった。そんなバンドが朝ドラに起用されることは、彼らにとって光栄である一方〈ロックバンドが朝ドラの曲を担当すること〉について考えぬいたはず。むしろ〈スピッツだからこそ書ける朝ドラのオープニング〉というのがソングライティングを担うマサムネの中での出発点だったのではないかと想像する。  

「優しいあの子」を第1回の放送時に聴いた印象は、スピッツらしいごく普通の曲、というものだった。グッと胸ぐらを掴むような強さや、肌を刺す夏の光のようなヒリヒリとしたものは感じられない。スピッツから届けられた久しぶりの新曲としては、やや物足りなさを感じる出会いではあったけど、それは朝ドラの主題歌のあり方としては間違っていないだろう。毎朝聴いても飽きることのないメロディ、そして安心できるテンポとオーガニックなサウンド。そこをとことん突き詰める必要が今回の楽曲制作の背景にはあったに違いない。ドラマ本編と比べて主題歌の音量が控えめなのも、そういった配慮があってのことかもしれない。なので僕はいつも曲が始まるとテレビのヴォリュームを上げているのだが、そこで聴き取れる歌詞は、「なつぞら」というタイトルとは異なる季節感が描かれている。冒頭から〈重い扉〉とか〈暗い道〉だのどうも夏らしさとはほど遠いのだ。  

ちなみに番組の特設サイトに掲載されているマサムネのコメントを抜粋すると「(主題歌の)お話をいただいてから何度か十勝を訪ねました。そこで感じたのは、季節が夏であっても、その夏に至るまでの長い冬を想わずにはいられないということ」とある。彼は主題歌を書くためにドラマの舞台である十勝へ赴き、そこで見た雄大な夏空から、それが厳しい冬をくぐり抜けてきた景色であることを強く感じたのだろう。さらに「夏に至るまでの長い冬」とは、ドラマのヒロイン・なつが戦争孤児という生い立ちから自分の夢に向かって少しずつ歩みを進めていく姿にも重なる。戦争で両親を亡くしたのを機に、北海道の酪農一家に引き取られたなつ。そこで生きる術を学びつつ、漫画映画(アニメーション)との出会いをきっかけに未来へ向かって歩き出すストーリー。東京に舞台を移したこの先の展開も、一歩ずつ彼女が夢に近づいていく様を丁寧に描いていくのだろう。「優しいあの子」はそんな主人公に寄り添った曲でもあるのかもしれない。

そして、マサムネが北海道の雄大な夏空を前に冬の厳しさに思いを馳せてしまうような人だからこそ、スピッツはロックバンドであり続けるのではないか。例えばこの曲の一節。 〈口にする度に泣けるほど 憧れて砕かれて/消えかけた火を胸に抱き たどり着いたコタン〉  

コタンとはアイヌ語で〈集落〉を意味するのだが、この一節はロックに対する憧憬を持ち続けてきたバンドの歩みと重なる。憧れは常にある。でもその理想は遠くにあってなかなかたどり着くことができない。時にその思いは砕かれそうになったり、消えかけてしまいそうにもなる。それでも彼らは歯を食いしばってロックバンドであり続けてきた。彼らにとっての〈コタン〉にはまだ先だけど、その思いはずっと醒めない――。これは何度も噛みしめてきた思いではあるのだけど、あぁ、スピッツはどこまでも青いバンドなんだろう、と改めて思わされる。ここまで世に知られる存在でありながら、彼らが目指す〈コタン〉はまだ遠い場所。そんな思いを抱くバンドだからこそ、「優しいあの子」はスピッツでしか書くことのできない主題歌になったのだ。そしてカップリングの「悪役」は重厚なバンドサウンドが疾走するロックンロールで、〈悪役になる覚悟はある/果実に手が届くなら〉と威勢よくマサムネが唄う。どこまでも夢を追うバンド、それがスピッツであることをこのシングルが教えてくれるのだ。


文=樋口靖幸


NEW SINGLE「優しいあの子」
NOW ON SALE

01優しいあの子
02 悪役



スピッツ HP  https://spitz-web.com/

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