『第65回 輝く!日本レコード大賞』でレコード大賞を受賞し、『第74回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしたことも記憶に新しいMrs. GREEN APPLE。昨年は彼らにとってバンド結成10年目という大きな節目だったが、バンドがこれまで以上に多くの人に愛されたことで、そのメモリアルイヤーを有終の美で飾ることができた。ミセスの楽曲が支持されるのは、幅広い層から共感を呼ぶ詞世界や、そこに込められたメッセージの奥深さが大きな要因だろう。傷つきながらも光を見出して進むしかない現代人に大森元貴(ヴォーカル&ギター)が綴る歌詞が刺さらないわけがないし、大袈裟でもなんでもなく、多くの人がミセスの楽曲を求めているのがまさに今だと思っている。そんな中で彼らがどんな新曲を生み出すのか心待ちにしていたのだが、早くも2024年第1弾となる新曲がリリースされた。タイトルは「ナハトムジーク」で、映画『サイレントラブ』のために書き下ろされたという。
〈夜の音楽〉という意味を持つ「ナハトムジーク」。その名の通り、夜の静寂を連想させるような繊細なメロディや、水が浸透していくように心にもスッと入っていく大森の柔らかい歌声が美しく響く。しかし楽曲が進むにつれ壮大さを増していき、心の内側にある痛みをすべて晒け出すかのような感情剥き出しの歌声、そして聴き手の感情を揺さぶるエモーショナルな演奏によって胸を抉られるような感覚にも陥った。
『サイレントラブ』は、『ミッドナイトスワン』を手がけた内田英治監督のオリジナル脚本によるもの。過去のある出来事がきっかけで声を捨てた青年・蒼(山田涼介)と事故によって視力を失った音大生の美夏(浜辺美波)が出会い、二人の不器用な優しさ、そして互いの運命が次第に交差していくラヴストーリー。コミュニケーションが制限された状況下で思いを伝え合う姿は情報過多な現代に一石を投じるようでもあり、登場人物一人一人が自分の中にある正義を貫き生きていく点も丁寧に描かれていることから、ラヴストーリーだけで括るのは少し違う気もするな、というのが本作を観た上で一番に感じたことだった。
単なるラヴストーリーではないからこそミセスが主題歌を手がけたことにも納得がいったし、絶望の中で手にした光、それを信じることを糧にして生きていく登場人物たちの姿は、ミセスの楽曲につねに横たわっているメッセージと強くリンクしているなとも思った。そしてこの「ナハトムジーク」で彼らが特に伝えたいことは、人を愛することの美しさではないかと私は思っている。そのメッセージが集約されており、個人的に特にグッときた歌詞を紹介したい。
〈塵みたいなもんでしょう/勝手に積んできたんでしょう?/いつの日か崩れても/誰のせいでもないよ〉
〈歩くのが疲れたの?/むしろ正常でしょう?/全て無駄に思えても/君は正しいんだよ〉
映画のネタバレを避けるため詳細は割愛するが、作中の蒼も美夏も、事情は違えど人生に絶望を感じていた。だが二人が惹かれ合って、互いの温もりを感じたり、大切な人がいるという事実そのものによって、それぞれの日常が鮮やかに輝きだした。愛する人の存在、そして人を信じることは日々を生きていく上で大きな原動力になりうることを、蒼と美夏を見ていて実感したのだ。
そのぶん、大切な人を失った時の喪失感や絶望もまた凄まじいのだけど。この映画に限った話ではないが、信じていた人やものが自分の前から去ったり手放さざるを得なくなった時、それまでの時間が無駄に思えたり、なんとも言えない虚無感に包まれて、人生に一切の光を見出せなくなるかもしれない。あの日の自分はなんて愚かだったのかと、自分で自分を責め続けることだってあるだろう。私の人生においても、信じていたものを失い、絶望を感じた経験が一度や二度はある。そうなると二度と同じように傷つきたくないと意識するあまり、何かを信じることから距離を置きそうにもなるが、この「ナハトムジーク」を聴いていたらそれは間違いなのだと思えた。この曲は「誰かを思いながら生きていくことは、結末がどんな形であっても美しいことなんだ」と肯定してくれているようで、たとえ無様でもいいから、自分の思いを否定せずに生きてみようと思わせてくれるのだ。
〈不器用な/愛しいボンクラ/等しい僕ら。〉
ラストに綴られたこの一節で先ほどの思いはいっそう強くなったし、やはりミセスは人の不完全さや心の脆さを愛おしいと思わせてくれるバンドであることを再確認した。国民的バンドへと成長しても人の本質から目を逸らすことはなく、心の痛みにそっと寄り添ってくれるような楽曲をこれからも生み出してくれるはず――「ナハトムジーク」はそんな期待を抱きつつ、Mrs. GREEN APPLEというバンドに対する絶対的な信頼感を改めて感じさせてくれる楽曲だ。
文=宇佐美裕世
NEW DIGITAL SINGLE
「ナハトムジーク」
2024.01.17 RELEASE