【LIVE REPORT】
〈People In The Box 2026 無限会社 初夏の社員研修〉
2026.05.29 at 渋谷 Spotify O-EAST
*下記の記事にはネタバレを含みます
「こんばんは!」……「こんばんは!」
「わかりましたか!?」……「はいっ!!!!」
以上はライヴ中におけるドラム山口と観客とのやりとりだが、大事なポイントは山口の声がけに対して観客が「こんばんは〜」などと語尾を伸ばしたり「は〜〜い」みたいにだらしない返事をしないことであり、かつ全員が発声のタイミングを合わせることだったりする。これは無限会社という彼らが主宰する会社の社員研修であり、そこまでして彼らはバンドとファンの関係を未知の領域にアップデートさせようとしているのだ――。
……という悪ノリで紹介したくなるのが彼らのワンマンツアー〈People In The Box 2026 無限会社 初夏の社員研修〉である。念のため説明しておくと、彼らには「無限会社」という楽曲があり(アルバム『Kodomo Rengou』収録)、この曲名から「バンドを会社に見立てて、ツアーをその社員研修という設定でやるのは面白いんじゃね?」ときっと誰かが思いついたのだろう。初回は去年のワンマンツアー(社員旅行というツアータイトルだった)。グッズも「社服」と称した作業服を筆頭に制服(Tシャツ)や社員証まで製作する徹底ぶりだ。ライヴも冒頭に書いたような奇妙なやりとりが展開され、これまでのロックバンドのライヴの在り方に一石を投じる……わけでもなく、ただ本人たちがノリノリで企画しているのは明らか。とにかくステージの3人は楽しそうで、もちろんそんなライヴはお客さんにも大好評。というわけで2回目となる社員研修、その最終日の東京公演は昨年のO-EAST公演同様ソールドアウトしていた。
開演時刻ジャストにお馴染みの出囃子とともに3人が登場。前回のツアーでも着用していた社服姿で現れるも、フロアに一礼してすぐ脱いでしまったのは少し残念だったが、やはり楽器の演奏には不向きな着心地なのだろう。幕開けは「ストックホルム」でウォーミングアップ。まずは始業前のラジオ体操といったところか。しかし続いて披露された「レントゲン」の演奏では激しい音のぶつかり合いを興じ、続く「かみさま」では火照った身体をカームダウンさせるようなアンサンブルを披露。前回の社員旅行もそうだったが、今まで以上に彼らは自分たちのペースで自由気ままにライヴを進行させているようだ。というか会社という設定ゆえにステージとフロアの関係は明確にされており、我々は彼らの指示に従うしかない。思考停止? いやいや、これは世間に苛まれた心身の苦痛からの逃避行動ですから。

最初のMCで挨拶がわりに「社員研修で〜す」とおどける波多野。ツアーファイナルだけにすでに3人は早くも打ち上げモードに突入しているのか、ずいぶんとリラックスした佇まいだ。続いて「映画奇譚」で再開されたライヴも、彼らの熱のこもった演奏が社員を叱咤激励する。や、もしかしたらそんな意図もなく、ただ彼らはバンドで音を鳴らすことを楽しんでいるだけなのかもしれない。というかここまで感情豊かに演奏するバンドになるとは、かつての彼らでは想像もできなかった。自身の奥底でうごめく感情を人前に晒しがたいからこそ、彼らはそいつを音楽という容れ物に封じ込めてきたのだ。しかし今目の前で繰り広げられている「沈黙」や「旧市街」は、3人の音楽を奏でる愉悦と興奮がダダ漏れで、それはロックバンド特有のカタルシスに溢れていたのだった。
お待ちかねの雑談タイム。ここで冒頭に書いたような声がけを山口が行う。彼らのライヴでは長年シンガロングやシャウトが皆無だったゆえ、お客さんの声を聞く場面に遭遇することはなかったが、社員という設定を与えられれば、こんなにも大きな声が出せるんだな……と感心してしまう。それでも波多野いわく、地方とくらべれば今日は東京人というプライドが邪魔をしてイマイチだという(おそらく冗談)。他にもここで紹介するのがバカバカしいどうでもいいエピソードが絶え間なく続く。今彼らのライヴの魅力を誰かに説明するなら「MCが抱腹絶倒」と胸を張って断言するだろう。そう思うとトークイベントという形式もアリなのではないかと考えたりもするが、そこまで悪ノリが許されるかどうかは、無限会社の業績次第かもしれない(どうでもいい)。

雑談を経て「新曲をやります」と前置きして投下された新曲が2つ。1つは彼らにしてはどシンプルかつキャッチーなメロディが際立つ曲。個人的にはなぜかフー・ファイターズっぽい曲だと思った。波多野の音楽性にデイヴ・グロールからの影響は皆無だと思われるが、そこのところはどうなんだろう。もう1つは変態的なリズムを軸とした曲で、おそらく何度も聴き返していくうちにズブズブとハマっていく沼タイプ。どちらもなるはやで音源化してもらいたい新曲である。
そしてライヴが後半にさしかかると、ステージからはシリアスな空気が少しずつ漂い始める。プレイ自体は悠然としているのにどこか不穏なオーラを音楽がまとっているのだ。「技法」「戦争がはじまる」そして「Alice」。歌詞の内容からも、なんとなくどの曲からも共通したメッセージや啓発といったものが感じられる。きっとそこにあるのは、バンドで音を鳴らす楽しさに浸ることにとどまらない、バンドに滲む感情なのだろう。彼らは見て見ぬふりができない人間であり、醜悪な世間というものに背を向けたまま音楽を生業にするわけにはいかないのだ。
終盤にさしかかる前のMC。いつもはここでグッズ紹介に時間を要するMCも、彼らのツアーにおける土産話で花が咲く。「心はクラウド上にある」という福井のスマホ紛失事件のエピソードはあまりにもグダグダで活字にするのも憚れるが、現場での爆笑レベルは過去イチだった。それはともかく、このメンツで20年近くバンドを続けているだけでなく、今もこうして部活終わりの高校生みたいな会話に興じている彼らが羨ましくて仕方なかった。バンドっていいな。

「残りあと4曲となりましたー!」と山口が叫んだのに対し「えー!?」ではなく「はい!!」と律儀に言いつけを守る社員たち、本当にそこはイエスでいいのか?と思いつつ、さらに社歌をやりますと前置きがあって披露された「無限会社」でのフロアの盛り上がりっぷりは実に爽快。しかしそこから「ユリイカ」「水晶体に漂う世界」そして「ヨーロッパ」でラストを迎える流れには、悲しい結末を迎える映画を観ているような切なさが並走していた。どんなに楽しく音を鳴らしても、楽しさを観客と共有することができても、People In The Boxの音楽は厳しい現実と向き合っていかざるをえないのだろう。だからこそ社員研修などという設定でとことんふざける必要があるのではないか。
そういえば最後のMCで波多野が何気なく言ったこと――しんどい世の中だけど、ユーモアを忘れずに毎日を過ごしていきましょう。そんなメッセージがジワジワと心に沁みた。彼らが一番伝えたいことはつまりそういうことで、でもそのメッセージが上滑りしないようにするための舞台装置が「無限会社」であり「社員研修」なのかもしれない。そのへんの真意は今度3人に会ったら聞いてみたいと思っている。
文=樋口靖幸
【SETLIST】
- ストックホルム
- レントゲン
- かみさま
- 映画奇譚
- 潜水
- 沈黙
- 旧市街
- (新曲)
- (新曲)
- 市場
- 技法
- 戦争がはじまる
- Alice
- 無限会社
- ユリイカ
- 水晶体に漂う世界
- ヨーロッパ
〈People In The Box 2026 無限会社 初夏の社員研修〉 -追加公演-
6月7日(日)
渋谷 CLUB QUATTRO
開場/開演 16:15/17:00
https://eplus.jp/sf/detail/0243200001-P0030421P021001?P1=1221
※e+のみ
