今の僕にとって音楽は自分の生活と一致してる。それを私小説のような作りにはしていないだけで、自分の思いが詰まりまくっている
閉店の10分前に到着した〈手打ちうどん たむら〉は、綾川町という高松市から少し外れたところにあるお店だった。外観は店舗というよりも民家に併設された製麺所といった感じ。「麺の小と大を選んだら、自分で茹でるんですよ」という説明とともに、店内の厨房らしき奥へ躊躇なく入っていく波多野。中川家の弟に顔が似た物腰の柔らかい店主が、あぁいらっしゃいと見知った客に対する笑顔を向ける。丼ごと渡された麺を自らデボに入れて熱湯に潜らせる波多野。その慣れた手つきはすっかりうどん県の住民のそれだ。麺も出汁もトッピングもセルフで完成したうどんは、不純物や余計なものが一切感じられない優しい味だった。
眺めのいい場所に連れてってほしい、というリクエストに応え、彼は再び「ベンツ」を走らせる。
「屋島って知ってます? 歴史に詳しくないんでアレなんですけど、源平合戦の舞台のひとつで……」
源平合戦の舞台となった古戦場として知られる溶岩台地。そこに波多野オススメのビューポイントがあるらしい。そんな屋島へ向かう車中もいろんな話を彼とした。もちろん彼はナビが示す目的地に向かって運転に励みつつ自分の考えを述べる。インタビューでもそうだが、彼は常に自分が発する言葉に嘘や虚飾がないか精査することに時間をかける人だ。それを運転しながら行うのは、なかなか難しそうであるのが隣りにいてもわかる。けどそうやって着地点の見えない会話をひたすら続けていく時間は、とても愉快だった。免許を取りたての友人の車に乗って、お互いの将来について語り合った10代の夜を思い出す。いい歳した男2人がそんな甘酸っぱい時間を過ごすことは端から見れば滑稽かもしれないけれど。
「音楽の純度を上げたいんですよ」
車中での会話で話がファンとバンドの関係におよんだ時、やはりこの発言が出てきた。音楽の純度を守ることは、People In The Boxとして活動していく中で一つの命題でもある。ゆえにファンと自分たちの関係を確かめるために、あるいはその関係を約束するような音楽を作る気はない。両者は音楽というものを介して繋がっている関係であり、音楽そのものをその関係に利用したり、変容させることはできない。彼は決して〈いい顔〉ができない男なのだ。傍から見てそれは〈不愛想な音楽〉として捉えられてしまうこともあるだろう。けど、そのぶん彼は音楽の純度を上げることに身を削る。そうすることが、相手に対する彼なりの誠意であり、唯一のコミュニケーションの手段であると考えているからなのだ。
「実は、僕が普段の生活の中で思っていることや考えていることが音楽の中にたくさん入るようになったんですね。そう見えるかどうかは置いといて(笑)。つまり、さっきも言ったけど、今の僕にとって音楽は自分の生活と一致してるってことなんですけど、それを私小説のような作りにはしていないだけで、めちゃめちゃ自分の思いが詰まりまくっている。だから作品以外に余計なものはなるたけ排除していきたいって思うようになって。お客さんとの関係性もそう。作品以外のものはすべて余計だなって」
『Tabula Rasa』はそういった不純物を排した作品であること、今まで以上に自分の生活の中で感じたことが詰まりまくっている音楽であることを説明したところで、車は目的地に到着した。
「ここから山道を歩くんですけど、2キロぐらい。そこに景色のいいところがあって……大丈夫ですか? もっと近いところもあるんですけど」
もちろん2キロの道のりを歩くことに同意した。車を降りて彼が先導したのは、屋島の北嶺に続くハイキングコースだった。強い風が吹き抜ける中、山道を2人で歩いていく。
「前にここで……イノシシと遭遇したんですよ。今日は大丈夫かな」
俺が会いたいのはイノシシじゃなくてキミが飼ってるウサギなんだけどな。そう思いながら彼のあとを大人しくついていった。
文・写真=樋口靖幸
この続きは近日公開予定。お楽しみに。
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