ひとつの物語のために紡がれた12曲。吉澤嘉代子、5年ぶりのフルアルバム『幽霊家族』がとにかく素晴らしい。家族をモチーフに、自身の記憶をめぐる旅。それはどこかおとぎ話のように幻想的でありながら、実在する人物や実話をもとに描かれたゆえのリアリティがある。吉澤が自身の家族との思い出と向き合うことで、現実とファンタジーが作品の中で交差しているのだ。時はすべての事象を過去に変えていく。そして人はそれらをすべて抱えて生きることはできない。薄れていく痛み、遠くなるあの風景、形を変えていく街の姿。すべては新しい体験や観照の連続によって淘汰されていく。だが、彼女はその中から大切な記憶に手を伸ばし、〈あれは一体なんだったのだろう〉と改めて検証することで、自分が生きてる理由を見つけようとする。そうすることで彼女は〈今を生きる〉というシンプルな結論にたどり着き、安心して明日を迎えることができるのだろう。
(これは音楽と人2026年4月号に掲載された記事です)
久しぶりのアルバムですが。
「聴いていただけましたか」
つくづく吉澤嘉代子の音楽はアルバムとして聴くべきだなと思いました。
「あ、うれしい」
タイトルどおり家族をテーマにしたアルバムですが、以前から温めていたものだと?
「そうですね。ジャケットも含めて何年も前から構想はあって。ただ、自分の中ではしっかりと腹を括らないと向き合えないテーマでした」
腹を括るというのは?
「家族について書くのってすごくデリケートなことなので、最後まで書ききれるかどうか不安で。でも何年か前に地元の埼玉県からお話をいただいて書いた〈メモリー〉という曲(『第75回全国植樹祭』大会テーマソング)で、故郷にまつわる情景を歌にしたので、これはもう今回のタイミングだと思って」
どうして家族をテーマにしたアルバムを作りたかったんでしょうか。
「アルバムはいつも、誰の人生においても普遍的であることをテーマにしたいと思っていて、そうなると家族は確実に書くべきものというか。でも、これは書き始めてから気づいたんですけど、自分の家族のことしか書けないものだなって。家族の形は人それぞれだし〈これが家族だよね〉というものがなくて。結局は自分語りになってしまいました」
アルバムを聴いて思ったのは、これを作った人はもうこの世にいない感じというか。あの世に旅立つ前に、人生を回想している人が残したアルバムのような印象がありました。だからちょっと怖くもあって。
「すごくうれしい感想をありがとうございます」
家族のことを書いたアルバムって、ホームドラマみたいなほのぼのとしたものを連想するじゃないですか。でもこれは吉澤さんと一緒に時間の旅をしてるような感覚があって。すごくファンタジックでした。
「自分の感覚としては家族の本当の話をいっぱい入れ過ぎてモヤモヤしてたぐらいだったんで、もしかしたらそこへの抗いみたいなものがファンタジーとしてあるのかもしれないですね」
なんたって『幽霊家族』ですからね。
「そのタイトルを家族に提示した時、母はちょっと戸惑いがあったみたいで。『私たち生きてるのに幽霊家族なの?』みたいな。でも父が『面白いんじゃない?』って言ってくれたおかげで採用になったんですけど。あと、今回のジャケットの写真も私の本当の家族なんです」

え、そうなんですか!?
「押し花でお顔を隠してるんですけど、たまたま昨日、隠れてない写真をディレクターが送ってくれて。その写真に『幽霊家族』ってロゴが入ってるのを見たら、さすがに複雑な気持ちになったというか、母の戸惑いもわかるなとは思いました」
なぜ〈幽霊〉という設定にしたんでしょうか?
「過ぎた時間とか過去って、戻れないし出会うこともない。でもやっぱり残り続けるというか。だから幽霊みたいなものだと思って」
あと、家族という思い出を美しいものとして描いてますよね。例えば「あの家はもうない」では〈記憶はそっとそっと 手直しを許して美しくなる〉って唄ってて。
「そうですね。あと〈時の子〉っていう曲は、祖母のために書いたもので。祖母は去年、祖父が亡くなってからひとり暮らしを始めたんですけど、夜中に私のところへ電話をかけてきて、祖父のことを泣きながら話すんです。『おじいちゃんはこんなにすてきな人だった』って」
ひとりで寂しいんでしょうね。
「そうなんです。で、祖母から聞いた話をそのまま書いたのが〈時の子〉で。たぶんこれも祖母の中で祖父の記憶が美しく手直しされているはずで。でも、私はその美しい思い出を大切にしたかったので、可憐な主人公としてその曲をプレゼントしました」
じゃあ〈軍服に水筒を下げて/遠くから帰ってきた姿に〉っていう歌詞は、おばあちゃんから聞いた話なんですね。
「聞いたままの話を書きました。19歳でおじいちゃんと出会って、駆け落ちしたとか。そんな恋バナをたくさん聞かせてもらって。でも、おじいちゃんがいた時にそんな話は一切しなかったし、ラヴラヴな感じでもなくて」
わかります。自分の母も父を亡くすまでは文句しか言わなかったけど、今は父とのいい思い出ばっかり話すんですよ。
「それこそ私の母も、あの2人にしかわからない愛があったってことを今になって知り、それが救いになったみたいです」
いい話です。つまり記憶の中から自分の何かを取り戻す作業というか。
「そうですね」
吉澤さんってずっとそれを音楽でやってますよね。今回は家族がテーマだけど、いつも自分の記憶や過去と向き合っているじゃないですか。
「うん……やってますね」
人によっては自分を救うために過去の記憶から逃れようとする生き方もするけど、吉澤さんは増えていく過去の記憶を大切にしながら生きている。
「記憶を見つめたいんですよ。自分があの時どう感じたのか、それを忘れたくないし忘れてはいけないと思っていて。だから子供の頃の記憶は手放さないようにしてるんだけど、それでもどんどん忘れてしまう。だから、なるべく掻き集め続けたくて。傷跡みたいなものを、ずっと観察していたいというか、そういう感覚があります」
そうしないと生きていけない?
「本当のことを知りたいんです。そうしないと、誰も本当のことを教えてくれないから。自分が知ろうとしないと知り得ないし、知らないまま自分を騙し続けることはできない。人はよかれと思って知らないふりをするだろうし、そうやって世界は回っているのかもしれないけど」
過去を見つける時間とか労力を、別のことに使おうとは?
「もちろん思い返す作業って白目を剥くような痛みを伴うので、もういいんじゃないかとも思うんです。けどその時の自分の手を放したくないんです」
吉澤さんにとっては、それが生きてる実感なのかもしれないですね。
「……生きてる実感。あんまり考えたことはなかったですけど、そうなのかな」
痛みも伴うけど、そうすることで生きることが少し楽になるというか。
「あぁ、そうですね。そうやってひとつずつ荷が下りるというか、ひとつずつ整理していく感じだと思います。自分の中で正体不明で靄がかってる大きな暗闇みたいなものが、少しずつ分解されて等身大になっていくことで、〈これなら向き合える〉って思えるから。今回だと家族に対してどう思っているのか、それが形になることでハッキリわかるんです。〈そうだったんだ〉みたいな」
よかったですね。
「しかも思ってたよりも温かいものが残ったなって。それがうれしかったです」
すごく温かいアルバムだと思います。しかも今回は自分の記憶だけじゃなく、おばあちゃんの記憶まで。
「たしかにそうですね。今までは自分を納得させるので精一杯だったんですけど、今回はちょっと違ったかもしれない。おばあちゃんが喜んでくれたらOK、みたいな」

最後にちょっと嫌な質問をしますが、いずれ家族もいなくなるわけじゃないですか。そういう未来が待っていることについてはどう思われますか?
「恐怖しかないですが、ただ、私が先に逝くよりはいいと思うので。家族にとっては私に看取られることが幸せなのかなって思うのと同時に、弟だけは元気でいてほしいなって思います」
そうですね。親御さんにとっては子供に先立たれることほど不幸せなことはないので。
「うん。あと弟に、『嘉代ちゃんは生きててね、そのほうがいいから』って言われたんで。『家族の喪主はやりたくない』って言うから『私がやるから大丈夫』って。その約束は守りたいなって思います」
すてきなご家族だと思います。
「えーどうでしょう?」
こんなアルバムを作れるってことは、きっとそうですよ。
「うん、それはよかったと思ってます。そういえば今年のお正月に実家へ帰った時に感じたことがあって。朝起きた時、まだ寝ぼけ眼で天井を見て、どこにいるのかわからなくなって〈あ、実家だ〉って思い出したんですけど。隣の部屋に弟がいて、弟がずっとオルゴールを作ってる音が聴こえてきて」
オルゴールを作ってる?
「はい。弟がオルゴールを作る人で、今回1曲目と最後の曲にオルゴールで参加してくれてるんですね。で、ちょうどお正月が作業の佳境だったみたいで、親戚の集まりにも出ず部屋にこもってて、隣の部屋からオルゴールの音が聴こえてきて。しかも下の階から祖母が父を呼んでる声がして、それを聞いていたら〈幽霊家族じゃん〉って(笑)」
はははははは。
「その時なぜか過去にいるような気がしたんです。今体験していることも、実は過去と遭遇しているような感覚になって。それってこの作品を作ったからだと思う。もう出会わない、交わらない人たちと時間をたどるアルバム。そういう作品ができたことで、現在ですら過去のように感じてくるというか。つまり今を大事にしようっていうシンプルな気持ちなんですけど、それをまだみんな生きてるうちに感じられたのはよかったなって」
実家に帰ると、ものすごい勢いで時間が巻き戻るじゃないですか。まさに過去に戻ったような感覚になるし。あと、温かい気持ちにもなれる。
「そうですよね。私も実家に帰るたびに思います。電気のスイッチのところに貼ったディズニーのシールを見て〈なんでここに貼っちゃったんだろう〉とか〈どうして星空の壁紙なんて選んだんだろう〉とか(笑)。そうやっていろんな過去に触れるけど、やっぱり久しぶりに帰るから、部屋が真っ暗になると電気のスイッチがどこにあるかわからなかったりして。そういう何気ないことで〈私はもうあの頃には戻れないんだな〉って」
機会があったら吉澤家の家庭訪問をしてみたいですね。
「えーすごい、その企画。ぜひやってほしいです! たぶん私じゃ聞けない言葉が家族から聞けると思うんで」
アルバムを聴いたら〈どんな家族なんだろう?〉って興味が湧いちゃって。
「私もそれ、聞いてみたいです。雑誌には載せられないと思いますけど」
そうですね(笑)。
「どこに出したらいいかわからないけど、お願いします」
文=樋口靖幸
NEW ALBUM
『幽霊家族』
2026.03.18 RELEASE

- Into the dream
- あの家はもうない
- おとうと
- わたしの犬
- ピーマン
- 幽霊
- うさぎのひかり
- ほおづき
- たそかれ
- 時の子
- メモリー
- Out of the dream
〈吉澤嘉代子 幽霊家族 “Ghost Family Tour”〉
5月1日(金)NHK大阪ホール
5月9日(土)NHKホール
