これを10年、20年と続けたら、自治体レベルでは何か面白いことが生まれていくんじゃないかな
午後2時45分、有料ライヴが始まった。本堂には天井に吊るされた対の巨大ぼんぼり、シャンデリアよりも壮麗にきらめく金色の天蓋があり、俗世とはまったく違うムードを醸し出している。Gotchがまず唄い出したのはアジカンの「ライフ イズ ビューティフル」。〈僕たちがそれぞれに光る未来を信じているでしょう〉という歌詞が、ここまで話を聞かせてくれた全員の思いを乗せて進む舟のように感じられる。音楽は単独で輝くわけではない。それを作る人間と、録音を手伝うスタッフやエンジニア、場所を用意するために奔走した無数の人々がいる。さらには生まれた音楽を偶然耳にする若者たちがいなければ意味がない。すべてが絡まり合って〈それぞれに光る未来〉は続いていくのだ。誰かがもういいやと諦めてしまえば、その連なりは、いとも簡単に潰えてしまうのかもしれない。

続いて東郷清丸が洒脱なエレキ弾き語りを披露し、最後はロックバンドの風呂敷が登場。いい音をたっぷり浴びた夕刻、外に出てみれば境内はすっかり夏祭りだ。クラフトビール、スパイスカレー、りんご飴にかき氷。浮かれる景色。本堂前でフリーライヴも始まった。ポテトを持ったちびっこたちが駆け回る。浴衣姿の少女が笑っている。ベンチではおばあちゃんたちが話し込んでいる。コアな音楽ファンの比率は……と考えて、どうでもいいことだと苦笑した。この街の中にいる。楽しそうな人たちの輪の中にいる。それだけで充分に満ち足りていた。
ライヴ終了後、汗も拭かないままのゴッチが、楽屋ではなく準備中の境内に飛び出していき、地元の人たちと挨拶を交わしていたのも印象深いシーンだった。売れっ子ロックミュージシャンではない。ムードメーカーのゴッチさん、もしくは元同級生の後藤くんとして彼はこの場所に溶け込んでいる。事実、「同級生の後藤くんと小林くんが何か始めるなら、手伝わなくちゃ!」と輪の中に飛び込んできた人物が、この夏祭りのマルシェ出店をすべて取り仕切っているそうだ。
彼女の名前は愛田恵。出身は静岡県焼津市。2004年に結婚、伴侶が転勤族だったため、北九州や北海道など全国各地を渡り歩いてきた。授かった息子を育てる傍ら、大手コーヒーチェーンでパートを続け、接客の仕事を楽しんでいた。ただし、困ったのは中学生になった息子が突然引きこもるようになったこと。さらにはコロナ禍でモバイルオーダーが主流となり、自由な会話も許されない日々が続いたことだ。

露天商の営業許可を取り〈愛コーヒー〉の屋号で独立するのは2024年春。このままじゃ変われないから北海道の高校に行くと息子が言い出したのは夏の出来事だ。その直後にネットで見たのが〈MUSIC inn Fujieda〉のニュース。何か天啓のようなものを感じた。まず同級生のツテを辿って後藤に直談判。結婚生活もやりきったと離婚に踏み切り、浜松から藤枝に引っ越すまでが恐ろしく早かった。当時は友人知人全員に止められたというから、直情径行の人である。
プロジェクト内部に女性がまだいないのではないか、と思った愛田の勘は正しかった。スタジオと併設する宿泊スペースの、家庭ゴミとして出せないゴミはどうするのか。使用済みシーツは誰が洗うのか。キッチンスペースは整えたものの、他に何があったら食事はもっと楽しくなるだろうか。育児と接客業で培った経験から思いつくことを次々と投げていき、チームはより具体的な対応を見せていくのだ。
「私、実は栄養士の資格も持っていて、それもあって自分みたいな人間が入ったほうがいいと思ったんでしょうね。みんなでご飯を食べるのってすごくいいこと。録音するだけじゃない、みんなでご飯を囲んで、寝食を共にしながら話をする。その両方を後藤くんはやりたかったんだろうな。来てくれるバンドも『昨日ワクワクして寝れなかった』とか言ってて、もう来る前からこの場所を楽しみにしてる。そういう場所ができて外からたくさん人が来ること、地元はみんなワクワクしながら見てますよ」
すべては藤枝で自然に繋がっていた。取材対象はひとりだと思っていたのに実はゴレンジャーがいた、みたいな現場だった。普段は閉じられた空間である録音スタジオが、誰にでも開かれた場所で、飲食や歌声と共に紹介される。私たちの未来を少しだけいいものにする話だよと、それぞれの視点で伝えられているのだ。〈EN-NICHI’26〉開催の意味がよくわかった。これは〈MUSIC inn Fujieda〉プロジェクト全体から漂うムードを象徴する試みだろう。

「テルスターの横山さんに言われたんですよ。楽しくやったほうがいい、ゴッチはいつも深刻そうにやりすぎるって。言われてみたらほんとそうだよなって思い直した。今は静岡っぽいフィールでやってます。なんとかなるらぁ、ってよく言うんです。問題を棚上げしてるだけとも言えるけど。あはは!」
ゴッチもまた快活に笑う。以前からインディのミュージシャンを積極的に支持してきた彼は、地元での活動を通じ、DIYは芸術以外に適応しないやり方だと気づいていく。他人に一切関わらないのが美学、というセリフは社会に向けて放っていいものではない。ゴミ捨てのルールは知っておくべきだし、虐待疑惑や異臭問題のある近隣住民がいるのなら、くそ面倒ではあるが、放置しておくほうが事態は悪化する。シンク・グローバルに通じる話は、まずアクト・ローカルから始まるのだ。
「醜さも不具合も全部抱えて、つねにみんなで問題を話し合っていく。それを続けていくことで、もう少しみんなが生きやすくなるかもしれない。これを10年、20年と続けたら、国レベルでは無理でも、自治体レベルで何か面白いことが生まれていくんじゃないかな。そんなイメージでやってますね」
これは藤枝だから生まれた話。人々を繋いだのは、会話、音楽、そして郷土愛と呼ぶには大袈裟だが、この街での暮らしをみんなと楽しみたいという気持ちだった。だからこそ思う。これはあなたの住む街でも起こりうる話。一見は何もない地方都市の、どこからでも始まっていく話なのだろう。

文=石井恵梨子
撮影=岩澤高雄_The VOICE
