楽ではない日常に生と死のイメージが交錯しながら、時を刻んでいく
こんなふうに2時間17分の上映時間のあらゆるシーンは、基本的に吉井の日々を追いながらのものである。その過程では、彼と彼の周りの人たちに関係する何人かが亡くなった話が織り込まれていく。たとえば吉井自身が5才の時に不慮の事故でこの世を去った父親への思いを語るシーン。静岡の同級生には、伴侶をがんで失った医師がいた。
これに加えて吉井はThe Birthdayのチバユウスケへの思いも語る。そんな中に、がんとの闘病を続ける吉井自身の姿が幾度も差し込まれる。
また、死の淵にいたのは、EROも同様だった。撮影開始の頃の彼は、前年に脳梗塞で倒れてからの社会復帰を試みているところだった。その前にはクモ膜下出血も経験しているというし、撮影期間の合間には腰を悪くし、おかげで職を失ったりしている。
この映像の中では歓喜の瞬間もあるにはあるが、それ以上に決して楽ではない日常が映し出されていて、そこに生と死のイメージが交錯しながら、時を刻んでいく。それはたぶん出てくる人たちのほとんどが、それぞれに長い人生を生きてきたからだろう。いや、この中では年齢的に一番若いBiSHでさえ、吉井は彼女たちの解散のことを死生観とともに語る。ただ、それはネガティヴな意味合いではなく、むしろ逆だ。

こうした作品だけに、間では深い悲しみの感情に襲われたり、ツラい気持ちがのしかかってきたりもする。それでもカメラはこの人間たちを映し続ける。本作で監督・撮影・編集を手がけたエリザベス宮地という映像作家は、本当に素晴らしい手腕を見せている。
昨年、俳優の東出昌大に迫ったドキュメンタリー映画『WILL』で高い評価を受けた宮地監督は、吉井とはこれが初仕事となる。冒頭、初めての撮影の日は吉井をはじめとした被写体との距離をどう取ろうかという手探り感もやや感じたが、以後の映像はとても自然で、観ていてもスッと入っていける。被写体とのスタンスが絶妙なのだ。
ドキュメンタリーの映像を撮ることなんて当然ながら僕にはまるで経験がないが、推測するにかなりの気遣いと根気と集中力と、その時々の空気を察知するカン、それに対象にどう接近するかという反射神経やテクニックなどが必要とされるのではないかと思う。
一観客としては、この監督が保つ距離感がつねに心地いい。これは僕個人の考えだが、ドキュメンタリー作品では、撮影者側と被写体とがどんな関係性でもってつながっているかがものすごく重要なポイントだと思う。ぶしつけだったり失礼だったりすることなく、かといって甘すぎず、優しすぎず、時には厳しく。場合によっては自分から話を振り、質問を投げかけながら、映像を重ねていく宮地監督。中には撮影者の感情が強めに入っていると感じる刹那もあるが、それまでの積み重ねが丁寧であるぶん、おそらくそこは多くの観客のシンパシーを得られる結果になっているのではないだろうか。その寄り添い方は、この監督の才覚だと思う。
映像の中ではBiSHのラストライヴ、それにTHE YELLOW MONKEY再始動のコンサートのふたつが晴れの舞台となるが(いずれも東京ドーム公演だ)、ここではそれ以外の日常を反映させた時間と空間の記録のほうが圧倒的に長い。しかも監督はいつしかひとりで(つまり吉井抜きで)静岡に出向き、EROや周りの人たちに近づいて、ナチュラルな姿をカメラに収めている。これが3年間、断続的に続いていたというのは、果たしてどんな日々だったのだろう。とにかく、労作には間違いない。
なお吉井は本作を制作するにあたり、ニューヨーク・ドールズのベーシスト、アーサー・“キラー”・ケインのドキュメンタリー作品(映画『ニューヨーク・ドール』)のDVDを宮地監督に渡したのだという。ロック・アーティストの生身の姿を映し出すようなドキュメンタリーにしてほしかったのだろう。


宮地監督は作中のところどころに桜のイメージと、それにもうひとつ、「夢」という言葉をはさみ込んでいる。ちなみに今作の主題歌は2021年にリリースされた吉井のソロ曲「みらいのうた」だが(主題歌としての起用は映画が完成する最終盤に決まったとのこと)、EROにとっての重要曲はアーグポリス時代の「Getting The Fame」という楽曲だ。しばらく歌に向かっていなかったEROは、この2番の歌詞を書き、歌に新たな命を吹き込む。そしてこの曲でも、歌詞に「夢」が出てくるのだ。
映画は、最後にヤマ場を迎えはするが、そこですべてが昇華され、みんなが希望を胸に生きていける……なんて終わり方はしていない。そこもリアルだ。
この秋口、吉井は本誌『音楽と人』11月号でのニューシングルの取材で、「未来」という言葉を何度か口にしていた。この映画については「〈すべてがこのための人生だったかも〉と思うぐらい、いろんなことの今までのつながりが見えるものになってます。ほんと神様の脚本というか」と話してくれている。なお、このインタビューの中で彼は自分の終活を考えているとか非常に興味深い話をしているので、関心のある方はぜひ本誌を探してみてほしい。
最後に、話を一番始めに戻そう。自分たちの、僕にしたって残り時間は少ない。だけど、それはそれで受け入れて生きるしかないのだ。そして短い時間かもしれないけど未来はあるし、そこに夢を抱いたっていいはずだと思う。どっちにしたって、精いっぱい生きていくしかないのだ。誰だって、どんな人だって。いつかは来るタイムリミットの、お迎えの日まで、自分なりの一生懸命で。
映画『みらいのうた』は、そんなふうな思いを巡らせてくれた。
文=青木優
映画『みらいのうた』
2025.12.05 ROADSHOW

■監督:エリザベス宮地
■出演:吉井和哉 ERO
■配給:murmur
■配給協力:ティ・ジョイ
©︎2025「みらいのうた」製作委員会
