なにわ男子の長尾くんが主演を務める映画『おいしくて泣くとき』。幼い頃に母親を亡くし、今は大衆食堂を営む父と二人暮らしをしている高校生の心也(長尾謙杜)と、家に居場所がない同級生の夕花(當真あみ)。そんな孤独な2人の恋、そして別れを描く切ない恋物語だ。横尾初喜監督が大切にしたという今作が伝える真っすぐなメッセージとは? 長尾くんの撮影現場での様子も教えていただきました!
(これはQLAP!2025年4月号に掲載された記事です)
原作は森沢明夫さんの同名小説。横尾監督がこの作品を手掛けることになった経緯や映画化する上で大切にしたことを教えてください。
原作の森沢明夫さんの小説を数年前に読んで以来、絶対に映画化したいと温めていた企画です。主人公・心也とヒロイン・夕花の淡い初恋を中心にしながらも、恋や愛を超えた強いつながりが描かれている作品で。大事な相手のために、勇気を出して、愛を持って行動した結果は、ちゃんと報われるんだよという真っすぐなメッセージがあり、映像化する上でもそこは大事にしたいと思いました。
また、物語の中では、心也の父親が営む子ども食堂や、夕花の厳しい家庭環境など、現代の社会問題も織り込まれています。そうした日本の現状は森沢さんも綿密に取材をされていた部分だし、僕自身も幼なじみが経営する子ども食堂のドキュメンタリーを撮らせてもらったことがあったため、ウソにならないようにリアリティーを大事に描きました。
ただ、現実に触れつつも、映像では純粋でキラキラとした心也と夕花がステキに映ることも意識して演出したので、エンターテイメント作品として楽しんでいただける映画になったと思います。作中で2人があてのない逃避行をする姿は、まるで心の旅をするようなもので。観客の皆さんには、ピュアな2人の姿を見て、自分も何かを信じて恋をしてみたいと思っていただけたらうれしいです。


主人公・心也を演じた長尾謙杜くんとヒロイン・夕花役の當真あみさんの印象はいかがでしたか?
主人公の心也は、ケガで挫折をして悶々としているけれど、本当は芯の強い少年です。長尾くんも実際にお会いしてみると、ずっと空手をやっていたせいか、キラキラしている中にも芯の強さが感じられて。実年齢より下の高校生役ですが、若く見えるので違和感もないし、心也にぴったりだと思いました。
また、僕は俳優陣と対話しながら役を作っていくタイプなのですが、長尾くんはすごくコミュニケーション能力の高い方。長尾くんに『ここまで旅をしてきて、心也はどう感じていると思う?』と聞いたら、『(夕花を)守りたい気持ちがどんどん強くなっていった』と真摯に話してくれて。お芝居も、ちゃんと相手の芝居を受けてするし。なにわ男子のステージも見させていただきましたが、どこかにスイッチがあるんじゃないかというぐらいアイドルの長尾くんとは違っていましたね。
それから夕花を演じるあみちゃんは、撮影当時は17歳。本読みの段階から、台本をめちゃめちゃ読み込んでいて、本当にすごい子だなと感心しました。それから彼女は、カメラを通してもスクリーンを通しても、本当に目がキレイなんですよね。心の美しさが目に表れているし、きっと将来的にも唯一無二の俳優になるだろうと確信しています。


純粋な高校生2人の恋。切ない別れのシーンもありますが、描く上で大切にしたのはどんなことでしょう?
心也と夕花はもともと幼なじみ。なかなか歯車が合わなくて恋に発展しなかったけれど、2人で旅をするうちに周波数が合っていって、やっと歯車がかみ合った頂点で別れが訪れる……という展開になるよう、感情の高まりをもっていきました。
クライマックスでもある駅での別れのシーンは、作中で一番カタルシスを感じるシーンでもあります。心也が大声で叫ぶ“約束”に対して、夕花が振り返って『ありがとう』と返すのですが、あみちゃんは珍しく感情を作るのに苦労していたんです。何テイクも重ねたのですが、その間、ずっと長尾くんは同じ熱量で叫び続けてくれて。途中でのど飴をなめてはいたのですが、喉がつぶれないか心配になるほど。
でもその迫真の演技が、あみちゃん演じる夕花に心也の想いを届けてくれたんじゃないかなと。無力な高校生が言える精いっぱいの言葉だというのが伝わってきたし、心也の涙ぐんだ表情も素晴らしくて、本当にステキなシーンになったと思います。


別れのシーン以外にも、監督がお気に入りのシーンはありますか?
学校からの帰り道で、心也と夕花が“笑っているように泣いている”シーンは特に気に入っています。学校でのつらい出来事を吹き飛ばすように土砂降りの中を笑いながら歩く2人の姿が、森沢さんの原作では、頭に映像が浮かぶぐらい繊細に綴られていて。とても大事なシーンなので、僕もできるだけ原作に忠実に撮りたいと思って、散水車を用意していたんです。そしたら僕は天気に関しては“持っている”男なので、実際に雨が降ってきて(笑)。
長回しで撮影したのですが、本当にあみちゃんの長いまつげから雫が滴って、『泣いているようにも見えて』と書いてある原作通りのシーンになりました。もちろん雨は足しましたが、本物の雨の持つ力も映像に表れているのではと思っています。物語の中盤のキーとなるシーンだし、映像と音楽の美しさにもこだわっているので、ぜひ注目していただきたいです。


長尾くんは、今作が劇場映画初主演。現場ではどのような座長でしたか?
長尾くんはフラットな性格で、みんなと仲良くなって穏やかな現場を作っていくというタイプ。最初に、『みんなと並んで一緒に旅していくというのが好きなんです』と言っていて、僕が目指す現場の方向性と似ていたので、すごくやりやすかったですね。
また、撮影の途中で、長尾くんが差し入れてくれたのがインスタントカメラ。『スタッフ同士で撮り合って思い出を作りましょう』と言ってくれて、なんてステキな差し入れを持ってくるんだろうと感動しました。撮った写真はアルバムにしたのですが、スタッフみんなが笑顔で写っていて。森沢さんが描いた愛に溢れた世界観にみんなで向かって行けたな、とうれしく思いました。
それから長尾くんは、自由な人。大人気アイドルなのに、休憩中にマスクもせずに『ご飯食べてきます~』と一人で出て行ってしまうので、プロデューサーは内心ヒヤヒヤしていたみたい(笑)。でもそういうところも含めて、愛くるしい方なんですよね。



文=室井瞳子
横尾初喜監督
よこお・はつき/1979年4月25日生まれ、長崎県出身。2017年に『ゆらり』で長編映画監督デビュー。それ以降、数多くの映画、ドラマ、MVを手掛ける。『おいしくて泣くとき』の原作者・森沢明夫の著書を映画化した『大事なことほど小声でささやく』の監督も務めている。
『おいしくて泣くとき』
(松竹配給/4月4日より全国ロードショー)
出演:長尾謙杜、當真あみ/安田 顕、ディーン・フジオカ ほか
©2025映画「おいしくて泣くとき」製作委員会