4年ぶりにリリースされるアルバム『いまも忘れらんねえよ。』。これは結成15周年アニバーサリー企画として半年間で10曲リリースされてきた配信シングルをまとめたCDプラス、バンドと縁の深いアーティストらによるトリビュート5曲を収録したCD2枚組の作品だ。注目すべきはほぼ既発曲で構成されたDisc1より彼と親交のあるアーティストらによるトリビュート盤のDisc2で、なかでも忘れらんねえよ結成のきっかけとなった柴田隆浩(ヴォーカル&ギター)のアイドルであり憧れの存在である橋本絵莉子(チャットモンチー完結)との共演を果たした「Cから始まるABC」がアツい。バンド幻想を捨てきれない彼の執着心が起こしたミラクルがここにはあるのだ。でも、ここで掘り下げたいのはそれじゃない。Disc1にも収録されている「音楽と人」である。 彼がこの曲を書いたのは、深夜の居酒屋で俺と2人で胸ぐらを掴み合うようなケンカをしたのがきっかけだという。 あの時、柴田と俺がどんなやりとりをしたかは、歌詞を読めばわかるだろう。 〈俺らはまるで一緒じゃないのに、 同じ酒場で朝を待っている〉――。 本気で彼と繋がるには、 ここまで痛みを伴うのかと呆れたのと同時に、それでもこの音楽を五臓六腑まで染み込ませるためには、 柴田と〈友達になる〉という儀式が必要だと思った。で、決めた。一泊二日の熱海旅行。半分楽しみで半分憂鬱だった。どうせアイツと酒を呑めば、また胸ぐらを掴むことになるんだから。それでも彼の音楽がそれを求めているのは、疑いの余地もなかった。というわけで、さびれた温泉街の酒場と、紅葉シーズンに突入した観光地をめぐった2人の暑苦しいドキュメントをここに。
(これは『音楽と人』2024年1月号に掲載された記事です)
待ち合わせ場所の品川駅まで車で向かっていると「すみません、15分遅れます」と柴田から連絡が入る。どうやら彼はまだこの企画の意図を理解していないようだ。取材に遅れるなら連絡を入れるのは当然だが、こっちの目的はあくまでも旅行だ。2日間、2人きりの時間を共有してお互いの距離を詰める。会話はアルバムの話に限らず、とことん自分のことをぶつけ合う。同じ景色を見て、同じ酒を呑み、泥酔しながら朝を待つ。あくまでも取材はその過程にあるもので、もはやこの旅行に出るための口実でしかない。待ち合わせに遅刻するぐらい、どうってことない話だ。
15分遅れで合流した柴田は、大きめのバッグとコンビニ袋をぶら下げていた。会うなり袋の中から手渡してきた缶コーヒーは、どうやら遅刻のお詫びらしい。じゃあ旅の始まり、ってことでカメラを柴田に向けると、途端に作り笑いの表情を浮かべる。「15年やっても写真の苦手意識は変わらないな」と指摘すると「だから酒でも呑まないと撮影は無理なんですよ」と、今度はコンビニ袋に入った缶チューハイを取り出すが、自制心が働いたのか呑まずにしまう。さらに「これからどんな話します? アルバムの話とかしてもしょうがないっすよね。あ、でも音楽の話を好きにすればいいのか」と、車中の沈黙を打ち消すように話題を切り出した。密室の会話に緊張しているようだ。
車は一路、熱海に向かって高速道を走る。遠くに見えてきた富士山に「ほら、富士山が綺麗だよ」と指差すも「別に。俺、ああいうのに何も感じないんですよ。昔ヨーロッパに一人旅したことがあって、モン・サン・ミシェルが見たくて行ったんだけど1秒で飽きた」。こんなヤツと旅行に行くカノジョなんているのか?と思ってると「俺、カノジョと2人で旅行に行ったことないんですよ。温泉とか1ミリも興味ねえし。だったら鳥貴とかつぼ八で呑んでるほうがよっぽど楽しい」。じゃあなんでこの企画をオーケーしたんだ?と尋ねると〈自分を変えたい〉からだという。殻を破りたいし、そのためには興味がないことにもとりあえず突っ込んでみないと。そういえば4年前、撮影で彼とサウナに入った時も同じことを言っていた。サウナなんて何がいいんだ?と思ってるけど、試してみないと何も変わらないから。そう言って必死に汗を流していた彼を思い出した。
車が海沿いの道に出ると、「あ、海だ! やっぱ海はいいよね。山と違って海には世界を感じる。あの向こうにも世界があるから」と、言い訳を垂れる。海見たら呑みたくなっちゃった、と袋から缶チューハイを取り出す。撮影に御誂え向きの駐車場を見つけ、車を降りて撮影タイム。海を見ながらプシュッと開けたチューハイを呷ると、突然「俺は誰にも自分の本性を晒してない」と言い出した。え、どういうこと?と思いながら、慌ててスマホのボイスメモを立ち上げた。きっとこれは普通の取材でも酒場のカウンターでも聞けない話だ。そんな予感がした。
本性を晒せないっていうのは、カノジョでも誰でも?
「うん、基本的には。酔っ払ってる時以外は誰にも。親にもそう。だから酒を呑んでる」
だから酔っ払うとああなるのか。
「特に好きな女の子には晒せないですよ。自分が悩んでることとかビビってることなんて言えないし、言ったら絶対に嫌われるから。ずっと取り繕ってた」
そこまで取り繕ってるようには見えないけど。
「そこが俺の小器用なところで。上手くやれるんですよ。あと、人っていつか自分から離れていくものじゃないですか。それがわかってるから本性は晒せない。そして取り繕う。俺、友達を作るのも困難になってる。例えば小中学校の頃は普通に自分を晒してた。友達と遊んでても、気を遣ったり相手のことを考えながら喋ることとかなんてなかった。でもそういう感覚が高校で完全に失われたの」
中学はスクールカーストが二軍で、高校で一軍だっけ?
「そう。高校デビューして一軍になったんだけど、もともと最初から一軍のヤツと一緒にいると〈二軍だったくせに〉って思われないよう、すごい話題を考えなきゃいけないって思うようになって。〈俺が話さないといけない〉とか〈この沈黙はダメなんじゃないか〉とか」
嫌われたくなかったと。
「でも当時はまだ中学の友達と会うと気を遣わない自分に戻れてた。何も考えず友達と一緒にいれるあの感覚は失われていなかったの。でも……高1の終わりぐらいかな。同じ二軍出身で一軍デビューしたイマキっていう友達がいて、そいつには気を遣わなくてすっごく仲良かったの。でもそいつが別のヤツとツルむようになって、俺に冷たくなったんです。それがすーっごく嫌で。それで俺はイマキにも気を遣い出してから、人に気を遣わずにいられる感覚が失われて」
さっきも言ったけど、よくこの企画にオッケー出したな。
「仕事だって思うと大丈夫なの。だから今日はギリ大丈夫。3人だと全然平気なんだけど、2人になると一気にプレッシャーになって。だから逃げる。誰であってもそう。今のメンバーとも2人きりにならないようにしてる。飯とか2人で食うの無理」
酒があれば大丈夫だけど?
「あと仕事っていう括りがあれば。だって友達じゃないから」
俺は柴田と友達になるつもりでここまで来たんだけど(笑)。
「昔の俺だったら逃げてたよね。でも〈君の音〉って曲で〈僕はもう逃げないよ〉って唄ったし(笑)。で、今時点での感想は、案外大丈夫だったなっていう」
それは良かった(笑)。
ここまでシラフでも大丈夫だったから、安心して酒を呑むことにしたんですよ。そう言って缶チューハイを空けた柴田が助手席に乗り込んでから30分後、車は熱海に到着した。駅前の商店街を散策するも、彼が好んで歩く道は表よりも裏路地、しかも風俗店の廃墟や昭和の残滓を思わせる建造物に目が行くようだ。いい感じに寂れてますね、とようやく旅情をかきたてられた様子の彼と、今夜の宿泊先へ。素泊まり一泊二日で1人5500円という安宿の外観にビビりつつ、向かいのソープランドの怪しいネオンに興奮気味の柴田は、まるで修学旅行生みたいに無邪気だった。