2023年にソロデビュー20周年を迎える吉井和哉。その活動を最初から追いかけてきた『音楽と人』ですが、彼のアニバーサリーイヤーを記念して、過去の記事を特別公開するスペシャル企画を実施していきます! 題して『吉井和哉20th × 音楽と人』。数ヵ月にわたって、アルバムリリース時のインタビューを順次公開していきます。まずは一作目『at the BLACK HOLE』によせて綴ったテキストから。
(これは『音楽と人』2004年3月号に掲載された記事です)
漆黒の闇に包まれて、彼は帰ってきた。
ザ・イエロー・モンキー活動停止からおよそ3年の間。繰り返される平凡な日常の中で、彼は何を思い、考えていたのだろうか。心の闇を唄うしかない。ブラックホールに終わりはない。そんな彼の深い闇を綴った、YOSHII LOVINSONと『at the BLACK HOLE』によせて。
ロビンソン・スターシップ
文=嶽本野ばら
LOVINSON――貴方のデビューアルバムを聴いたよ。
LOVINSON――確かに、貴方がプレスリリースに記したように、このアルバムは暗くて重いですね。
僕は貴方のドライといえばきこえはよいけれどアンダーグラウンドな音を耳にして、ふと、LOU REEDを想い出しました。行き場所を持たず、自暴自棄。シニカルを装った、アメリカ、否、世界に絶望し続けたLOU REEDを、貴方もこのアルバムを作る時、一度は頭に浮かべたのではないでしょうか。『SPIRIT'S COMING』という曲で、貴方は03年の7月にNYに行った時のことを歌っている。貴方が立ち入り禁止なのに、渡ろうとして警官に怒られた橋は、ブルックリン橋なのかな。アルカイダがテロの攻撃目標にしていたNY名物の橋。そういえば、LOU REEDの曲にタイトルだけなら陽気なクリスマスソングと間違えてしまう、ベトナム戦争をテーマにしたやりきれない曲がありましたね。
「にわか雨 にわか雨 にわか雨/諦めろ 諦めろ 諦めろ/諦めなきゃ始まらないこともあるんだ」。貴方はそう綴り、僕は頷く。ねぇ、LOVINSON。過去のことなど忘れた振りをして、空元気を出しながらとりあえず、前に進んでいく僕達は、正しくはないのかもしれないけれど、間違ってもいないですよね。そんな方法しか思い付けないのですから。
LOVINSON――。『at the BLACK HOLE』を聴き終えてからLOU REEDとは別に、もっと強烈に貴方、そしてこのアルバムとオーバーラップしたものがあるのです。単純だねと笑われてしまうかもしれないですが、それはDAVID BOWIEの『ZIGGY STARDUST』。実は僕は余りBOWIEを聴かない。それでも『ZIGGY STARDUST』だけは飽きることなく、 今でも聴く。貴方のアルバムが 『at the BLACK HOLE』だから、宇宙つながりで『ZIGGY STARDUST』を連想したのかもしれないし、『ZIGGY STARDUST』はBOWIE自身が火星からやってきたという設定の架空の異星人を演じて作られたコンセプト・アルバムで、『at the BLACK HOLE』もまた、吉井和哉ではなくYOSHII LOVINSONという何処の国からやってきたのかが定かではない人物の名義で製作されている、20歳になった少女の物語で幕を開くコンセプチュアルな作品だから、どうしても二つのアルバムを重ね合わせてしまうのかもしれない。だけれどLOVINSON、貴方のアルバムの後に改めて『ZIGGY STARDUST』を聴いてみるとね、貴方が『at the BLACK HOLE』に託した、貴方が “僕の心の闇” と呼ぶ、戸惑いや、苛立ちや、膨大な痛みや、少しの希望の正体が、僕にはみえてくるのです。
何時だって、貴方はセンチメンタリスト故の照れ隠しなのでしょうか、不可思議な言葉でしか、自分の気持ちを伝えてはくれない。だから参考書が必要になる。『at the BLACK HOLE』のサブテキストに『ZIGGY STARDUST』を選ぶのは見当違い? 火星からきたZIGGYは『Rock'n'Roll Suicide』――ロックンロールの自殺者――というラストの曲で、こう繰り返します。「You're not alone gimme your hands」「You're wonderful gimme your hands」。英語が苦手な僕だってこれくらいのセンテンスなら、辞書をひかずとも意味を汲み取れます。「君は一人なんかじゃない。さぁ、その手を差し出すんだ」「君は素敵だよ。だから、その手を僕のもとに」。
LOVINSON、僕はこの『Rock'n'Roll Suicide』の最後のフレーズを、貴方に捧げたい。そう、恥じることは、自分を責めることは大切ですが、貴方だけがそんなに多くのものを背負い込まなくったっていいと思うのです。もしかすると『Rock'n'Roll Suicide』の中で、ZIGGYは「貴方はもう歳をとり過ぎて失ったものを取り戻せない。でも何かを選ぶにはまだ若過ぎる」と歌いましたが、『at the BLACK HOLE』を作るに至った貴方は「歳をとり、もう失ったものを取り戻す権利がない。選ぶべき時があった筈なのに僕は、果たして本当に必要なものを手にしたのだろうか」という疑問を抱えていたのかもしれません。
でもね、LOVINSON――。貴方は ZIGGY によく似ているけれど、ZIGGYじゃない。ZIGGYは70年代に、僅か一年半でこの世界から消え去ってしまった。貴方は音楽を始めた頃、ロックスターに憧れ ロックンロールの自殺者になろうと決めたんじゃないかって勝手に推察してしまう。でも、貴方は自分を葬り去るチャンスを失ってしまって、今、この時代を生きている。もう今更、自殺することは出来ない。命の貴重さを、生きることの大切さを、知り過ぎてしまったから。そう、ロックンロールの自殺者になるには、貴方は歳をとり過ぎてしまった。カッコ悪いね、LOVINSON。だけれども、僕はそんなカッコ悪い貴方が、そのことに開き直ろうともせず、みてくれだけは仰々しい、玩具のピストルを手にして戦い続けている姿が好きです。
最近、僕は想う。死んで伝説となったロックスターのレコードに耳を傾けながら。彼は生きていたなら、この時代に、一体、どんな歌を歌ったのだろうって。伝説に恍惚となるよりも、もう誰からも相手にされなくなった彼の今の新しい歌を、僕は聴いてみたい。
だから、貴方にはもっと連れていって欲しいのです。向かおうとする次なる場所へ。沢山、見せて欲しいのです。貴方が綺麗だと感じたものを。今まで貴方は海の眩しさを、太陽の野蛮さを、夜の艶めかしさを、はかなきものの美しさを、僕に教えてくれました。だから、貴方がもうネタはないよと空っぽの鞄を開けて時代遅れのマジシャンのように微笑んだとしても、僕はその鞄にはまだ仕掛けがあるのだと疑わず執拗に新しいマジックをせがみ続ける。「これからも僕は僕の心の闇を歌っていくしかない。ブラックホールだから終わりはないのです」と、貴方はいいました。終わりがあればラクでしょう。しかし貴方の航海が果てしなく続くことにこそ、きっと意味があるのです。
「無くしたパラソル/ずぶ濡れだし 滑りやすい/ジャンクいい 丘の上/街には街灯 灯りあったかそう/みんな帰りたい ほんとはもう」――セカンド・シングルでもあるラスト・チューンでそう呟きながら、貴方は「もう誰のせいにもしないって」と締め括り、一寸先も解らぬブラックホールの中を突き進んでいく覚悟を示しました。僕だって、僕達だって、もう帰る場所など持たない。だから、貴方と一緒の船に乗るのです。ZIGGYより、神様より、貴方を信頼しているから。少しばかり弱音を吐かれようが、迷われようが、裏切られようが、何時だって、貴方の想いを僕達は受け止めます。
親愛なる、そして勇敢なる孤高のキャプテンYOSHII LOVINSON――。貴方の航海に付き合いたいのは、ロビンソン・クルーソーの物語のようなスリルが欲しいからなんかじゃないんだ。勿論、『宇宙家族ロビンソン』みたいなドタバタ・コメディを期待している訳でもない。それでも、貴方と旅をしていれば、胸がつまることのほうが多いかもしれないけれど、自然に笑顔が零れる時があるだろう。それだけで充分なのです。だから、最後にもう一度だけ、この言葉を貴方に贈ります。
You're not alone gimme your hands. You're wonderful gimme your hands.