ウサギに会うため飛行機で香川県へ向かった。飼い主へのお土産は用意したものの、ウサギと戯れるためのエサをお土産に買うのを忘れていたことに気づく。飼い主からの事前情報によると今ウサギは換毛期のため、いつもより愛らしい顔つきがお見せできなくて残念らしい。まぁそんなことはどうでもいい。こっちは飼い主がウサギと戯れてる光景を目の当たりにしたいだけなんだから。
ウサギの飼い主とはPeople In The Boxを率いる波多野裕文のことだ。華麗に跳躍するウサギの動画が彼のInstagramで時折あげられるのだが、そもそも数年前から彼がウサギを飼っていることだったり、そんな彼が3年近く前に東京を離れ、生活の拠点を香川に移しているという事実にイマイチ現実味を感じられずにいた。東京でライヴを観たり取材で対面する彼は今までと何ひとつ変わらないが、実際の彼は香川に住んでてInstagramで動画をあげてしまうほどウサギを愛でているし、新作『Tabula Rasa』も香川の自宅スタジオが制作の拠点となっている(もちろんメンバーとのプリプロやレコーディングは東京で行われている)。そんな事実にかこつけて、今回のアルバムツアーがひと段落したタイミングで香川への取材旅行というのを企画した。取材というのは名目で、単に波多野とゆっくり話がしたいだけだ。彼が東京との往来で利用している成田発着のLCC(格安航空会社)の便で高松空港に着いたのは12時過ぎ。まずは波多野オススメのうどんを食べにいくことが決まっていた。
到着ロビーに波多野の姿を発見。やぁやぁよく来たね、みたいな感じでこちらに手を振りながら近づいてくる。そのまま2人で駐車場へ向かい、彼の愛車〈ベンツ〉に乗り込む。もちろん〈ベンツ〉とは車種のことではなく彼が所有する国産車に彼が名付けた呼称である。その〈ベンツ〉はカロッツェリアというカーナビを搭載していて、それを波多野が慣れた手つきで行き先を入力する。「連れていきたいうどんのお店の営業が1時までなんですよ」。時計を見ると12時半なので、少し焦っている様子だ。そういえば数日前にバンドのマネージャーから来たメールに「当日、空港まで波多野が車で迎えにいきます」とあって驚かされた。というのも彼が車の運転どころか免許を持っていること自体、意外だったからだ。そもそもピープルの音楽や彼のイメージから生活感はあまり感じられない。とはいえ車がなければこっちでの生活は成り立たないだろう。〈ベンツ〉は駐車場を出るとしばらく大きな道を走った。彼の運転は予想通り慎重かつ丁寧だ。わき見運転もなければハンドルの握り方も教習所の教本通り〈時計の針が10時10分〉を指す位置に固定されている。二車線の道路での車線変更はどうも苦手のようだが、目視による後方確認を怠らないので同乗者に不安を与えることはない。BGMはなぜかデスチャ。90年代にアメリカのチャートを席巻したR&Bグループ、ディスティニーズ・チャイルドである。
道中、香川での生活について話をした。移住したことを公表しなかったのは特に必然性が感じられなかったから。別にロハスな生活をしたかったわけでもなく、いろんなきっかけや縁があって東京を離れ香川に住んでみようと思ったという。メンバーはそんな波多野の考えに異を唱えることもなく受け入れてくれたのと、むしろ移住してからのほうが上京した時にいろんな人と会ったり出歩く機会が増えたそうだ。
「東京はいまだに好きな場所ではあっても、僕にとっては思っていたよりも選択肢が多い場所じゃなかったことに、こっちに来てから気づいたんですよ」
彼は今、とても自由な生活を手に入れたという実感を持っているようだ。
「こっちに来てからのほうが、生活と音楽が直結しているというか。それが目的だったわけじゃないけど、自然とそうなった」
これまでピープルの音楽に彼の生活感を感じ取ったことは一度もないし、そもそも彼が普段どんな暮らしを送っているのかということに関心を持つこともなかった。それは『Tabula Rasa』においても変わらない。だから「生活と音楽が直結している」という彼の発言にはちょっとだけ驚かされた。