『音楽と人』の編集部員がリレー形式で、自由に発信していくコーナー。エッセイ、コラム、オモシロ企画など、編集部スタッフが日々感じたもの、見たものなどを、それぞれの視点でお届けしていきます。今回は、小学生の娘を持つ編集部員が、社会現象を巻き起こしたあのマンガ、そしてオープニング主題歌を聴いて感じた思いを綴ります。
この原稿の書き出しがいつも家族ネタになってしまうことに気が引けてしまうんだが、今はほぼ家にこもってる状態だからまぁ仕方ないだろうって自分に言い訳しながらこのコラムを書きます。
というわけでウチの娘は4月に小学校6年生へと進級したものの学校に行ったのは始業式のみ、あとはずーっと自宅で暇を持て余してる状態が続いてる。そんな娘が今、どハマりしているのがマンガ『鬼滅の刃』だ。昨年放映されたアニメ版をきっかけに2019年のコミックス年間累計売上は『ONE PIECE』を上回るほどの売れ行きで、現在19巻まで発売中の全巻が入手困難な状態となっている。さらに今年10月には映画も公開される予定で、子供に限らず世代を越えて支持されるメガヒット作であることは間違いないだろう。かくいう我が家も家族全員でコミックの奪い合いが日々繰り広げられている。
ストーリーの概要をざっくり言うと、人を喰らう鬼とそれをやっつける人間との闘いを軸に〈人間の業〉を描いた冒険譚。グロで残酷なシーンがありつつ、時折コミカルな場面やキャラクター描写が挟まれることでシリアス一辺倒にならず、ストーリーを楽しむことができる。〈鬼殺隊〉と呼ばれる鬼と戦う剣士たちの多彩な顔ぶれも魅力のひとつ。ちなみに娘の推しは主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)と共に鬼と戦う我妻善逸(あがつまぜんいつ)で、普段は臆病で弱虫なのにいざ鬼と対峙するとメチャメチャ強いのが魅力なんだとか。
ここまで「鬼滅の刃」がヒットしたのは、鬼と人間の闘いを描いた単なる勧善懲悪のドラマではないからだろう。何が善で何が悪なのか。鬼=悪、人間=善という図式では説明できない鬼と人間との熾烈でやるせなさを伴う戦い。そこには必ずと言ってもいいほど、鬼が背負う悲しみや苦悩、そして愚かで弱い人間のありようが描かれている。大げさに言えば生まれながらにして人間が背負った罪、つまり原罪について考えさせられる作品でもある。そして思春期を迎えたウチの娘がこのマンガにハマった理由はどうやらそこにあるらしい。例えばこんなセリフが彼女のお気に入りというか、今の自分にはすごく刺さるのだという。
「幸せの道はずっとずっと遠くまで続いてるって思い込んでいた/破壊されて初めてその幸福が/薄い硝子の上に乗っていたものだと気づく」
当たり前だと思っていた日常が失われた今だからこそ、というのもあるかもしれない。友達と遊ぶことも会うこともできない日々。小学校生活最後の運動会や修学旅行はどうなるのか。ニュースを見ても明るい未来はどこにも見当たらず、もしかして元の生活には一生戻れないんじゃないかという不安。そんな状況下で出会った「鬼滅の刃」は、彼女にとって単なるファンタジーではなく、今自分が置かれている状況とどこかでリンクするリアルな世界として受け止めようとしているのだ。自宅にいながらも、彼女は自分自身の何かと戦っているのかもしれない。
そんな娘がもうひとつ夢中になっているのが、LiSAが唄う「紅蓮華」だ。言うまでもないが「紅蓮華」は「鬼滅の刃」アニメ版のオープニングテーマである。娘は毎日サブスクで聴き込んでいるんだが、最近はそれでは飽き足らず、耳コピして拙いピアノで弾きまくるようにまでなった。そのプレイは今までピアノの先生から譜面を渡されて弾いていたどの曲よりも荒々しく、エモーショナルだ。どちらかというと穏やかで大人しいタイプの彼女に、こんな激しい感情があったのか、と親である自分が驚いてしまうほど。この曲には自分が思っている以上に聴く人の心を強く揺り動かす力があることを改めて実感した。
アニメの放映が始まって数ヵ月後の2019年8月号で、「紅蓮華」がシングルCDとしてリリースされたタイミングでLiSAの取材を担当した。当時まだ「鬼滅の刃」がどんな内容かも知らなかったが、それよりも〈ありがとう 悲しみよ〉というフレーズを自ら書いて唄っている彼女が、どんな気持ちでこの歌を唄っているのか、それを知りたくてインタビューした。LiSAはシンガーとして挫折や絶望に心が折れそうになりながらも、夢や希望を捨てず唄い続けている人であることをその時の取材で知った。「鬼滅の刃」のストーリーに寄り添って書かれた「紅蓮華」は、自分の弱さや悲しみを乗り越えていこうとする彼女自身に向けられた歌でもあったのだ。
そして今、「紅蓮華」が再びチャートを賑わせている。シングルの売り上げは10万枚を突破、オリコンの週間デジタルシングルランキングでも4ヵ月ぶりの1位に返り咲いている。加速する〈鬼滅ブーム〉とともに、改めてこの楽曲が好きになった人がそれだけいる、ということなのだろう。さらに、今この状況下で「鬼滅の刃」や「紅蓮華」と出会った人にとって、それらは彼女が紅白歌合戦に出ていた頃とは違う感じ方、受け取り方をしていることは想像に難くない。ウチの娘がそうであるように、折れそうな心をどうにか希望に繋げようと、踏ん張っている人たちにとって、支えのような存在になっているのかもしれない。
最後に、「鬼滅の刃」でもうひとつ娘が大好きだというセリフを紹介したい。これは鬼と戦って死ぬ間際にとある剣士が主人公に残した一節で、まさに「紅蓮華」でLiSAが唄っていることと同じメッセージである。
「胸を張って生きろ/己の弱さや不甲斐なさにどれだけうちのめされようと/心を燃やせ/歯を食いしばって前を向け」
出典:ジャンプコミックス 鬼滅の刃 17 受け継ぐ者たち/鬼滅の刃 8 上弦の力・柱の力(集英社刊)
文=樋口靖幸
SINGLE「紅蓮華」
NOW ON SALE
01 紅蓮華
02 “PROPAGANDA”
03 やくそくのうた
04 紅蓮華 -Instrumental-