【LIVE REPORT】
羊文学
Hitsujibungaku Asia Tour 2025〈いま、ここ (Right now, right here.)〉
2025.10.09,10 at 日本武道館
塩塚モエカの大きな瞳が、うっすらと潤んでいるように見えた。アンコールの1曲目、ニューアルバム『D o n’ t L a u g h I t O f f』収録の「春の嵐」の演奏中である。
〈痛い、痛い、痛い、痛い、痛い/わたしはこころが痛い〉
切実な歌声が、武道館の広い空間に響く。最新作でもとりわけコアな部分に通じる、彼女の個人性の深いところが吐露された楽曲であると、僕は考えている。続いていく日常の狭間で生まれ落ちる感情、それらを昇華させる轟音。思えば羊文学というバンドは、このことをずっと実践してきた。ただ、『D o n’ t L a u g h I t O f f』に宿る痛み、せつなさの度合いは、これまでの作品と比べても図抜けているように感じる。この歌のあと、塩塚は満員のオーディエンスに向けて、少し話をした。
「まだ……相変わらず? 自分がいていいのか、わかんないままの20数年間でしたけど(笑)」。
この言葉に、先ほどの「春の嵐」にあった歌詞をまた思い出す。
〈存在の証明をどうやってしていいか/わかんないが苦しいよ〉
淡々とした話しぶりではあったが、その背後に、これまで抱えてきた苦しみや迷いがうかがえる。その後、「〈いとおしい日々〉という曲でも書いたんですけど。もしかしたら、明日はもっとできないことになってるかもしれない。20年後かもしれないし……でも20年後でも、自分が生きてて、〈生まれて良かったんだ〉って思えるための今日とか、今この場所なのだとしたら……それは全然、無駄なことじゃなくて」と彼女は言葉を続けると、ステージ両脇に設置されたヴィジョンには、目のあたりに右手の指をそっと持っていく彼女の姿が映し出された。
そしてこの話を、ベースの河西ゆりかが受ける。
「いろんなことがあるけど、負の感情みたいなものが音楽に出ることもあって。羊文学はその感じが出てるよね(笑)。今回のアルバムも、この2年間の気持ちが入っていて、それがマジすぎて。そういうアルバムだからこそ、聴いてほしいです」


9月半ばから始まったアジアツアーの最終日。それに臨む直前、『音楽と人』本誌では塩塚と河西にインタビューを行った。取材自体は、実になごやかな雰囲気で行うことができたのだが、話がアルバムの中身に入ると、塩塚の内面にある影が感じられた。
「なんとかしていいほうに行ける人生にするには、どうしたらいいんだろう?って考えた時に、〈この先はもうちょっと適当に生きてみるか〉とか思うんだけど、そんな急にできないわけじゃないですか。なんかほんと……生きるって難しいですね」
これはインタビューでの彼女の言葉だが、『D o n’ t L a u g h I t O f f』には、現在の塩塚のリアルがこれまで以上に詰まっているように感じる。そこにあるのは自分自身のあり方、生き方についての迷いや葛藤。
過去のインタビューでもこうしたことを都度聞いていて、作品の奥に塩塚自身のその時々の心理や本音がさまざまな形で投影されていることはわかっていた。ただ今回は、その質感、ベクトルがとりわけシリアスで、逃げようのないくらいの痛みを伴っていることを強く感じる。それらはとくに〈生活〉〈日々〉〈毎日〉という表現から強く匂ってくる。毎日のくり返し、一日一日の連続の中で感じ続けているもの、蓄積されていく思い。同じくインタビューでは、こうも語っていた。
「必死に生きてる人たちを書いちゃったなと思ったんです。アルバムの曲が全部揃った時に。歌詞の中の人たちは、必死に自分に向き合ってるなって」
そう、たしかにこのアルバムにある歌の向こうには、必死に生きる人間の姿が見えてくる。こんなふうに、楽曲の根底に根付いているのは前向きではないエモーションだったりするのだが、それがバンドとしての音楽表現に転換すると、決してネガティヴにならないのもまた羊文学の魅力である。


また『D o n’ t L a u g h I t O f f』では、サウンド面での自由度が上がったことも重要な、そしてポジティヴな変化だろう。たとえば「未来地図2025」で打ち込みを、また他の楽曲ではチェロやピアノを取り入れたりしていて、それがサウンドにフレッシュな風を招き入れているのだ。
その「未来地図2025」は、ライヴでは生のドラムが入ることで、これまでの曲たちと違和感なく溶け込んでいた。羊文学は、昨年春以降サポートドラマーたちと演奏を続けていて、この日のライヴでは、CHAIのメンバーだったYUNAの引き締まったドラミングによって、このバンドの世界をいっそうダイナミックに表現する結果を生んでいた。
注目度が上がり、フェスやイベントで大きなステージに立つことが多くなった羊文学。タイアップ曲に挑むたびに表現の世界を広げたり、海外でのライヴやツアーを続けたりしながら、バンドとしての地力を向上させてきた。ただ、それを継続する過程では、さまざまな困難に直面し、乗り越えてきたはずだ。

「みなさんも、いろいろなことがある世の中の渦の中にいると思うんですけど。みんなの、明日からのいい日を願って」
笑顔になった彼女たちが今夜の、そしてこのアジアツアーの最後に演奏したのは「光るとき」だった。その時の明るさは、本当に格別だった。そして2時間余りのステージを終え、「ありがとう。また会いましょう」とい言葉を残して、彼女たちは笑顔でステージを去っていったのだった。
現在、羊文学はヨーロッパツアーを行なっており、今もまた世界を駆け巡っているところだ。続いていく日常、重なっていく感情。そこで蓄積され、また時に解放されていく何かは、これからのこのバンドをどこに導いていくのか。そしてそこで生まれる心の揺らぎは、新たにどんなものをこのバンドにもたらしていくのか。この先、彼女たちが手にするものが、大きな幸せや喜びであってほしい、と心から思う。
文=青木優
写真=三浦大輝(トップ画像、●)、信岡麻美(★)


【SET LIST】
- そのとき
- Feel
- 電波の街
- Addiction
- いとおしい日々
- つづく
- マヨイガ
- 声
- ランナー
- OOPARTS
- mother
- 夜を越えて
- Burning
- more than words
- mild days
- GO!!!
- 未来地図2025
- 砂漠のきみへ
ENCORE
- 春の嵐
- 光るとき
NEW ALBUM
『D o n’ t L a u g h I t O f f』
2025.10.08 RELEASE

- そのとき
- いとおしい日々
- Feel
- doll
- 声
- 春の嵐
- 愛について
- cure
- tears
- ランナー
- 未来地図2025
- Burning
- don’t laugh it off anymore
https://fcls.lnk.to/htjbngk_DLIO
〈羊文学「SPRING TOUR 2026」〉
2026年2月24日(火) KT Zepp Yokohama
2026年3月1日(日) SENDAI GIGS
2026年3月5日(木) Zepp Fukuoka
2026年3月10日(火) Zepp Nagoya
2026年3月19日(木) Zepp Sapporo