お笑いコンビ・麒麟の川島明がアルバム『アメノヒ』をリリースした。芸人による音楽活動に対して、お笑いありきの内容を想像する人も多いだろうが、彼のシンガーとしての資質を見抜き、本作のプロデュースまで手掛けているのは、その高い音楽性で知られるSLENDERIE RECORDの主宰者・藤井隆。自身が10代の頃から好んで聴いてきたシティポップや打ち込み系のサウンドで構築された本作は、川島による素直で柔らかなヴォーカルと相まって、驚くほど高品質なポップスに仕上がった。本作に限らず、〈良質であること〉がレーベルの基本路線として徹底されているように感じられる。それは藤井の手腕によるところが非常に大きい。「すごく頑固」と自認する藤井のこだわりと、自身に関わる人たちへの深い愛情はどうやって芽吹いたのか。長年にわたって愛され続けるスターの根幹に触れた。
(これは音楽と人2025年7月号に掲載した記事です)
川島さんのアルバム、とてもいいです。こんなにも誠実で良質な作品を届けてくれたことが嬉しいです。
「わ、ほんとですか! そんなふうに言っていただけて、とっても嬉しいです……ちなみに、おいくつですか?」
僕、今年で50になります……って、年齢関係あります?
「すいません、これは決して否定的な意味じゃなくて、若い方の音楽の聴き方が今どうなってるのか、ちょっとわからないでしょ? でも、川島くんは20代の男の子からも女の子からも好かれてて、そういう人たちがどうやってこの音楽を聴いてくれるのかなっていうことにすごく興味があるんです」
やっぱり、聴き手の年齢層は意識されますか。
「意識はしますけど、〈はい、これが答えです〉っていうものはないんですよね。結局、自分がどう思うかでしかない。かといって、〈自分がいいと思うものがいい〉なんて1ミリも思ってないんです。もう、つねに疑ってる。自分がいいと思うものは本当に大丈夫なのか?って。それはどの仕事も同じで、お芝居でもそうだし、バラエティでもそう。たとえば、自分が覚えたセリフが舞台でパッと出てきて、〈言えた……!〉って思った瞬間って、逆に一番よくないんじゃないかって思うことがあるんですよ」
それはなぜですか?
「自分では自分に酔ってないつもりでも、外から見たらそう見えるかもしれない。そういう疑いが昔からあるので、つねに疑ってかかるんです。もちろん、自分自身の味方ではいたいですけど、少なくとも、何かできた気になってのびのびできるタイプではないし、できてないんじゃないか?って思いながらやるほうが性に合ってるんです」
とはいえ、SLENDERIE RECORDで藤井さんがプロデュースされている作品はどれも、〈藤井サウンド〉と呼ぶべき一点へと集約されていってるように感じます。己を疑いつつも、芯の部分は揺るがないんでしょうね。
「はい、結局めちゃくちゃ頑固だと思います」
あと、さまざまなメディアで拝見している限り、藤井さんはいろんな物事に対して謙虚な方だと感じました。
「いくべき時はいくし、絶対に譲らないからこそ、せめて入り口だけでもペコッとしておきたい。謙虚というよりも、人として丁寧でいたいと思ってるんです。だから、本当に謙虚かどうかはわかんない。音楽って、バラエティ番組とか舞台のように全員のチームワークで作るものではなくて、唄っている人のものだと思うんです。たとえば、今回みたいに川島くんに『唄ってください』と自分からお願いして、それを引き受けてもらう。その時、自分の中に〈こうしたい〉という強い思いがないと相手に失礼な気がするんですよね。もちろん、川島くんの好みは聞きますし、知りたいと思ってます。でも、自分の中には〈この髪形がいい〉とか〈この服を着てほしい〉とか〈こういうふうに唄ってほしい〉とかが明確にあるんです。だから……全然謙虚じゃないですね(笑)。ここぞという時は図々しいくらい図々しいし、絶対に譲らないところは譲りません。だからこそ、そうじゃない場面ではせめて差し入れくらいはしたいなって思うんですよ」
図々しいとおっしゃる一方で、藤井さんは、音楽はもちろんのこと、その歌い手や制作陣、裏方のスタッフまで全員に全力で愛を注いで音楽活動をされているように感じます。
「それはもう、絶対そうです。それは、僕が愛情を注いでもらった経験があるからなんですよ。僕はアンティノスレコードというレーベルからデビューさせていただいたんですけど、その時のスタッフの方々が本当によくしてくださって。だから、僕も全力で向き合ってるんです。あと、マネージャーさんの力も大きくて。『藤井さんはマネージャー運がいい』って言ってくださる方もいるくらい。やっぱり僕は商品なんで、棚の前のほうに陳列してもらってナンボ、みたいなところがあるんですよ。そういう自覚が若い頃からあったから、人に対して素直に『ありがとうございます』と言いやすかったのかもしれません」
そうしてもらえることを当たり前だと思って、調子に乗っちゃう人もいますよね。
「全然いると思います。だから、そうはならないようにしようとは思ってます……なんて今は言ってますけど、このインタビューを読んで嘘つけ!って思う人はいると思いますよ。僕は本気で人と言い合いもしますし、全員にいい顔はできないから。僕の理想は、鈴木京香さんみたいな方なんですよね。僕、京香さんは日本のお姫様の生まれ変わりだと思っていて。会う人会う人が〈何か自分にできることがあれば〉ってかしずく感じ。それは京香さんが優しくて愛情深い方だからだと思うんです。でも、僕はそうじゃない。だから、せめてもらったものを返す。それが自分の精一杯なんです」
でも、その返すという行為にすごく深いものを感じます。
「さっき、愛情を注いでもらったって言いましたけど、僕はお金もかけてもらったんです。音楽に関して言うと、デビュー当時、昔より予算が無いと言われた時代でしたが、かけていただいたと思います。今、あの頃と同じことは予算的にできないかもしれないけど、あの時に受け取ったものは、気合や気概で返そうと思ってます。予算があればもっとスムーズにいくかもしれないけど、ないからこそ、必死にやる。それが結果として、すごく恩返ししてるように人からは見えるのかもしれない。でも実際は、予算がないぶん、アイディアとハートでカヴァーしてるって感じなんですよね」
そんなことを言うミュージシャンはいないですよ。
「僕はタレントだからじゃないですか? これは別に卑下してるわけではなくて、やっぱり、歌手ではないからこその発想なんだと思います」
そのおかげで、一歩引いて冷静に物事が見えるんですね。
「あとは、プロデューサーになりたい、という強い気持ちがあるからだと思います。プロデューサーは別に唄わなくてもいい仕事ですし、子どもの頃から〈どうしても唄いたい〉ってわけでもなくて。唄うのは楽しいし好きだけど、それ以上に人のことを考えるほうが好きなんです。だから、もっともっと音楽プロデューサーとして勉強していきたいし、その一方で、自分はタレントであり、コメディアンであり、芸人でもある。〈歌手じゃない〉というのは、いいとこ取りができる立場なんですよね」
人への気遣いや恩返しに対する感覚って、芸人の世界が教えてくれたものなんですか? それとも、家庭環境やご両親のしつけのおかげとか?
「なるほど。どっちでしょうね……?」