菊地英昭のソロ・プロジェクトとして、2008年に始動したbrainchild’sが、今年10月に15周年を迎えた。その節目を記念し、11月8日に2枚組ベストアルバム『WHITE LION, BLACK SHEEP』をリリース。菊地みずからが楽曲をセレクトし、タイトル通り〈白〉と〈黒〉に分けてコンパイルすることで、彼がbrainchild’sで表現したいものの根幹が見えてくる作品となった。このベスト盤についてのインタビューと撮り下ろし写真を、現在発売中の『音楽と人』12月号にて掲載。そこで、Disc1【WHITE LION】の楽曲に通じるもの、そして今現在の自身のモードにも繋がっていると語っている6thアルバム『coordinate SIX』のインタビューをここでは再掲載したいと思う。15周年を経て、また新たな表現を求めて彷徨い続けることも窺わせる本誌最新号のインタビューと併せ、今の菊地英昭を感じ取ってもらえたら幸いだ。
(これは音楽と人2022年10月号に掲載された記事です)
エマこと菊地英昭(ギター&ヴォーカル)率いるbrainchild’sのアルバム『coordinate SIX』は、色彩豊かなサウンドが強く印象に残る一枚だ。2020年、当時予定していたはずのリリースやツアーがコロナの影響で白紙にされたものの、そこから新曲やライヴ映像など配信スタイルで発表してきた彼ら。そこには常にコロナ禍で混沌を極める時代へのメッセージが真ん中にあって、brainchild’s立ち上げ当初から人間のマイナス面やネガティヴな感情にフォーカスを当ててきたエマらしさを感じるものでもあった。もちろん今作でもそういった時代の空気をたっぷりと吸い込んだ楽曲はあるものの、彼自身が書いて唄っている詞曲はそんな現実とは距離を置いたものになっている。なぜ?という素朴な疑問をぶつけてみたところ、今まで以上にエマさんのことが好きになるような答えが返ってきたのと、やっぱり音楽って最高だよなぁと思った。
よく考えたらbrainchild’sがアルバムを出すのって久しぶりなんですよね。
「そうなんですよ。4年ぶりかな」
やっぱり4年ぶんの重みって感じますか?
「コロナがあったので必然的にそうならざるを得ないというか。当初はもっと早くアルバム出してツアーもやって……みたいな目論見があったものの、それができなくて。結局コロナ禍でどう活動していこうかを模索していく中で、配信を1曲ずつ出してきたんですけど、その歩みを一枚に詰め込んだアルバムなので、どうしてもその重みはありますね」
コロナ禍とともにある一枚というか。
「そうですね。あと『coordinate SIX』っていうタイトルは6枚目のアルバムっていうことで〈SIX〉をつけてるんですけど、6枚目という座標=〈coordinate〉に向かって第7期のbrainchild’sが歩んでいく過程、というイメージでもあります」
それこそ「Set you a/n」がリリースされた頃から、もうこんなに時間が経ったんだ!?みたいな隔世の感がありますよね。
「ありますよね。〈Set you a/n〉の頃と今とでは、世間の空気も違うし」
去年出した映像作品(註:『brainchild’s We Hold On na tei de WHO 2020“Set you a/n”』)は、コロナ禍に焦点を当てた作品でしたけど、このアルバムはちょっと違うなって思いました。
「それこそ〈Set you a/n〉を出した2020年は、時代の空気とかそこに対するメッセージみたいなものをちゃんと残していくべきだって自分も思ってたんですよ。でも最近というか、このアルバムを作る過程で〈そこから切り離したものが欲しいな〉って思うことが最近多くなって」
コロナとは関係ないものを?
「もちろん歌詞の中で、ワッチ(渡會将士/ヴォーカル)は時代に踏み込んだ歌詞を書いてくれるし、それがいいなって思うんだけど、でもいざ自分で歌詞を書こうとすると、全然違うことを唄いたいなと思って」
そう思うきっかけみたいなことがあったとか?
「なんかね、コロナ禍に出てきた音楽をいろいろ聴いてるうちに、コロナとか関係なく唄ってる歌に引っ張られる自分がいたんです。〈世の中ってコロナだけじゃないよね〉みたいな。昔の俺だったら〈もっと考えよう〉みたいに思っちゃうんだけど」
去年取材した時も話に出ましたけど、そもそもエマさんがbrainchild’sを立ち上げたのって、人間や世間のマイナスとかネガティヴな側面にスポットを当てていくことが主題でもあって、まさに今はそうだよね、みたいな。
「当時はそうでしたね。コロナ禍になって1年経って、2年目に突入ぐらいの時だったから」
だからアルバムも当然そういうものになるだろうって思ってたら、意外とそうではなくて。
「それはいろんな感情が自分の中で交錯してるからで。もちろん以前話したようなことを考えてる自分は今でもいますし、コロナとか関係ない別の世界に行きたいっていう自分もいますし。それが今回のアルバムには反映されてますね」
ジャケットが作品を象徴してますけど、アルバム自体が色鮮やかで。サウンドも煌びやかだし、前作とはかなり対照的ですよね。
「『coordinate SIX』っていうタイトルもそうなんですけど、宇宙のどこか知らない座標に向かって行きたい、みたいな気持ちがあるというか。そこにはコロナもなければ戦争もなくて……っていう。だからアルバムの新曲もわりとMAL(キーボード)にスペーシーな効果音とかキラキラした音を入れてもらったりしたんですよ」
時代とか世相よりも、音楽そのものをエマさん自身が楽しんでる感じが伝わってきます。
「そうですね。今回、自分の中で原点回帰みたいなところがあったんですよ。例えば自分が楽器を始めた頃に好きだった音楽に対しての敬意を表するつもりで書いた曲があって。〈Brave new world〉とか〈クチナシの花〉は、それこそ楽器を始めた当時、その頃好きだった曲のサウンドとかフレーズとか、そういうものに敬意を込めてますね」
もともと自分が好きなものに対するオマージュというか。
「こんな世の中だからこそ、今は自分がやりたいことをやるのが一番かなって。この先どうなるかわからないような世界で、自分の音楽を変にこねくり回したってしょうがないというか。だったら好きなものを好きなようにやったほうが楽しいし、自分の感情も入りやすいんじゃないか?っていう」
その気持ちをもっと詳しく説明できます? 世界がこういう状況にあることと、音楽を好きにやることがどうしたらイコールで繋がるのか。
「例えば『PANGEA』っていう2枚目のアルバムは、(東日本大)震災という大きな負の衝動というか、それに突き動かされて作ったんですけど、音楽ってそういう衝動がないと面白味がないというか、深みがないと思っていて。でも今、自分の中で何に対して衝動があるかと言ったら、コロナとか戦争とか社会とか、そういうことに対してじゃないなって思ったんです。ていうかもういろんなことがあり過ぎて、どうしていいのかわからない。じゃあそんな今の自分が衝動を受けるものは何?っていうところですね」
それが音楽だったと。
「そうですね。好きな音楽をやってるのが一番幸せだろ、みたいな感じですね」