【LIVE REPORT】
ヤバイTシャツ屋さん〈ヤバイTシャツ屋さん "ぶどうかん" TOUR 2022 FINAL -日本武道館-〉
2022.08.25 at 日本武道館
死角なんて一切なし。幅広い年齢層の顧客、スタッフ、そして家族といった、バンドを支えるすべての人に対する感謝で溢れていた。
ヤバイTシャツ屋さんが8月25日に初の日本武道館公演〈ヤバイTシャツ屋さん "ぶどうかん" TOUR 2022 FINAL -日本武道館-〉を開催した。満を持して迎えた公演当日、このバンドのユーモアセンスとサービス精神は開演前から発揮されていた。例えば、バンドの公式ツイッターでは新旧問わずいろんな曲をやること、予習復習しなくても楽しめることをしっかりと告知し、新規ファンにも優しさを見せていた。さらに会場前での記念撮影も、オフィシャルのカメラマンのみならず、集まった顧客にスマホ等で好きなように撮らせるという大盤振る舞い。そんな彼らなので、ライヴもさまざまな演出が仕込まれているのだろうと期待値が上がる一方だったが、その期待を裏切らない素晴らしい公演だった。謎の覆面ユニット・Buyer Client(通称バイクラ)の正体が自分たちであることを明かしたり、バンドの公式マスコットであるタンクトップくんの着ぐるみと子役が登場しファミリーミュージカル風の寸劇を見せたり、公演中も撮影OKの時間を設けたり。だが、特筆すべきはメンバーそれぞれの家族とステージ上でセッションしたことだろう。
「武道館でライヴをするなら、みんな俳優さんとかゲストを呼ぶじゃないですか。僕らもゲストを呼んでるんですよ!」という、もりもりもと(ドラム&コーラス)の紹介によって登場したのは、くっきりとした目鼻立ちがどことなく見覚えのある男性と女性。なんと、もりもとの父と姉だった。「なんでお母さんはいないんですか?」とこやまたくや(ギター&ヴォーカル)に問われると、「ちょっと大人の事情で……」と、しどろもどろなもりもと。そんなやりとりの後に披露されたのは「大人の事情」だった。父と姉はコーラスで参加し、さらに、間奏でもりもとがトランペットを披露する際には傍でじっと見守るという、何とも微笑ましい光景がステージ上で繰り広げられていた。
それに続くように「私もゲストを呼んでる」としばたありぼぼ(ベース&ヴォーカル)が打ち明けると、「まさか親じゃないよね?」と念を押すこやま。「そりゃあねえ、また親っていうのは……私のルーツとなったアーティストの方々です」と紹介。すると、着飾った女性が箏を演奏しながら登場。さらにジャケットで決めた男性は津軽三味線を弾いている。会場が優美な空気に包まれた後、すかさずこやまが「え、誰ですか……?」と尋ねると「親です」と返すしばた。そう、今度はしばたの両親と共に「どすえ 〜おこしやす京都〜」が披露されたのだ。彼女を愛おしそうに見つめる両親の姿が印象的だったし、その光景は彼女の家庭の温かさを感じさせてくれた。
ここまで来れば大体予想はつくが、続いてこやまがしっとりと「眠いオブザイヤー受賞」を唄い始めると、ピアノを弾きながらエレガントな雰囲気の女性が登場。すかさずこやまが「ピアノ、お母さん! コーラス、お父さん!」と紹介し、今度はこやまの両親と共にセッション。こやまの父はマイクを片手に、こやまと歌の掛け合い。終盤には〈今年度最高のミルフィーユ〉というこの曲の肝となる台詞を唄い上げ、会場を大いに沸かせていた。
これこそが最もヤバTらしく、このバンドの魅力を再確認する演出だった。ステージ上で、家族に向けて感謝や思いを語る人は多くいると思う。だが、一緒にステージに立つアーティストは果たしてどれだけいるのだろう。ネタとして計画した部分もあるかもしれないが、二十代の彼らが一切の恥じらいを見せることなく、ここまで堂々と親孝行できる姿というのは、一人の人間としても尊敬の念を抱かざるを得ない。この彼らにしか成し得なかった演出は、ひねくれているように見えて誠実で、あまのじゃくに見えてどこまでも素直で、人を寄せ付けないように見えて案外人懐っこい、ヤバTの真の魅力を再確認する時間でもあった。
そもそもこの日本武道館での公演は、彼らの人を思う気持ちから誕生したものと言っても過言ではない。北海道のはこだてわいん葡萄館(ぶどうかん)本店前駐車場、愛知の葡萄観(ぶどうかん)光農園 小林農園で開催されたライヴを経て、ファイナルとして開催された本公演。ロックバンドの聖地である日本武道館公演をストレートに行うのではなく、〈武道〉と〈葡萄〉をかけてしまうところにこのバンドの一筋縄ではいかない性質が表れているが、それは何も今回のツアーに限った話ではない。というのも、彼らはライヴハウスでライヴを行うことに何よりの誇りを持っていた。だから断固としてホールでのライヴを行わなかったし、「武道館でやるならZeppで5日間やりたい」と公言し、それを実現してしまうほどの頑なさがあったのだ。つまり、意図的に日本武道館をはじめとしたホールでのライヴを避けていた。だが、バンドが小さな子供や家族連れといった幅広い層からも愛されていること、そしてコロナ禍において少しでも顧客が安心してライヴに来られるようにしたいという思いから、近年ではホールでのライヴも視野に入れるようになったのだ。
身近な人を大切にできなければ、人を愛することはできない。よく聞くこの言葉の意味を、今回のヤバTのライヴで身をもって実感したような気分だった。家族といった身近な人たちを愛し、真っ直ぐに感謝を伝えられる彼らだから、この記念すべき初の日本武道館公演にも多くの人々が駆けつけたのかもしれない。会場に集まった人々とまるでキャッチボールをするかのごとく、音楽を通じて感謝を伝え合う彼らを見ながらそんなことを実感した温かい時間だった。
文=宇佐美裕世
写真=田中聖太郎
【SET LIST】
01 dabscription(Buyer Client)
02 Tank-top of the world
03 メロコアバンドのアルバムの3曲目ぐらいによく収録されている感じの曲
04 KOKYAKU満足度1位
05 あつまれ!パーティーピーポー
06 まじで2分で作った曲
07 L・O・V・E タオル
08 くそ現代っ子ごみかす20代
09 DANCE ON TANSU
10 大人の事情
11 どすえ ~おこしやす京都~
12 眠いオブザイヤー受賞
13 Tank-top in your heart
14 タンクトップくんのキャラソン
15 ZORORI ROCK!!!
16 泡 Our Music
17 癒着☆NIGHT
18 肩 have a good day -2018 ver.-
19 げんきもりもり!モーリーファンタジー
20 Beats Per Minute 220
21 ウェイウェイ大学生
22 鬼POP激キャッチー最強ハイパーウルトラミュージック
23 ちらばれ!サマーピーポー
24 寿命で死ぬまで
25 Give me the Tank-top
26 ヤバみ
27 かわE
28 NO MONEY DANCE
ENCORE
01 無線LANばり便利
02 案外わるないNHK
03 ハッピーウェディング前ソング
ENCORE 2
01 喜志駅周辺なんもない(コール&レスポンスなしver.)