【LIVE REPORT】
Hump Back
〈Hump Back pre. “打上シリーズ2025” "打上文字焼"〉
2025.05.29 at Zepp DiverCity(TOKYO)
「私はもう10代じゃないし、10代のやきもきした気持ちは抱えてない。それを唄うと嘘っぱちになっちゃうじゃないですか。だから〈拝啓、少年よ〉みたいな曲は、たぶんもう書けないんです」
最新アルバム『Hump Back』のインタビュー時に林萌々子はこんな話をしてくれた。結婚、妊娠出産という人生の一大イベントを経験した彼女にとって、素直な言葉だったと思う。母親になった彼女たちは、10代や20代前半の頃に抱えていた焦燥の中にはもういない。でも、その中心にいないからこそ届けられるものがある。この日、3人のパワフルなステージがそれを証明していた。

メンバー全員が同時期に妊娠&出産というミラクルを経て、オカンバンドとしてライヴハウスに戻ってきたHump Back。産休&育休が明けて何本かライヴは行っていたが、5会場を廻るこの〈打上シリーズ〉で、いよいよ本格的な現場復帰と言えるだろう。登場していきなり「結婚して、安定して、俺たちのもやもやなんで忘れちまっただろうと思ってる人もいると思うけど、子ども産む前よりカツカツでやってるんで。今日は爆発させてもらいます」とフロアを煽る林。その言葉どおり、初っぱなの「宣誓」から豪快な爆音でロックンロールバンド・Hump Backの健在っぷりを突きつけていく。

かき鳴らされるギターもステージ上を自由に動き回る姿も、ライヴが楽しくて仕方ないと言わんばかり。ただ、テンションは高くても、それによって演奏がグチャグチャになることはない。ライヴ活動を休んでいる間もしっかり練習を詰んできたのだろう。3人のプレーには終始安定感がある。〈マイノリティこじらせた 10代の女子高生は/「今日も憂鬱」と泣いている〉と唄う「クジラ」、〈夜が怖いのかい?〉という不安が滲む「オレンジ」。どちらも2019年リリースのアルバムに収録された曲だが、林のおおらかな歌をぴかと美咲によるリズム隊がどっしり支え、豊かなサウンドがぶあつい毛布のように会場を包みこむ。そして林はこう叫んだ「お前らを抱きしめにきたよー」。



その後も「ナイトシアター」「生きて行く」「夢の途中」など、20代前半から中盤にリリースされた曲が続く。どこにもいけない。大人にもなれない。当時の林は、そういったどうしようもない不安や青春時代のモヤモヤを曲にしてバンドで鳴らすことで、自分の気持ちをつねに整理してきたのだろう。しかし目の前にいる彼女たちの演奏から感じるのは、当時のヒリヒリした感覚を投影するのではなく、むしろ音楽に閉じ込めてきた痛みや悲しみを抱きしめるような優しさや度量の広さだ。あの頃と今の彼女たちは近いようで、遠いところにいる。そして「拝啓、少年よ」の前に林はフロアにこんな言葉を投げかけた。
「ツラい思いは優しさに変わる。悲しさや痛みは自分の深みに変わる」。
少女だった林萌々子はたくさんの痛みや悲しみを曲にするしかなかった。そして曲にすることでその思いを大事な宝物として自らのそばに置いてきた。そうやって大切にしてきた当時の感情が、大人になった今の彼女たちのライヴに深い愛情と優しさを与えているのだ。「拝啓、少年よ」「ティーンエイジサンセット」はその場にいる人すべてを抱きしめるような包容力に溢れていたし、最新アルバムの楽曲でそれはさらに明確になっていく。

温かなメロディに愛する子どもへの愛おしさが滲む「オーマイラブ」では、3人の純粋な愛が会場全体を明るく照らす。続く「明るい葬式」は〈30になった僕はもう決めたのさ/ロックンロールであの子を食わせてゆくのだ〉と、力強く宣言。たくさんの拳と歓声がフロアから上がる。この曲の前に、10代、20代前半までしんどいことも多くて、大人になることが怖かったと語った林。でも大人になったからこそ感動できる景色があったり、愛すべきもののためにカッコつけたいと思う自分がいるとも続けた。自分よりも愛すべき存在ができて、安心して帰れる場所もある。自分のことだけに必死だった少女はもういない。けれど、あの頃のひとりぼっちだった寂しさは誰かに寄り添う優しさに。思うようにいかないツラさは誰かを鼓舞する勇気に。悲しみを隠す強がりは誰かを守る覚悟に。自分に向けていた思いが愛する子どもへの愛情に変わり、音楽を通して目の前にいる青春時代を過ごす少年少女へもまっすぐ飛んでいく。ステージとフロアを包む温かいオレンジのライトも相まって、なんとも美しい光景だった。

冒頭に触れたインタビューで林はこう続けていた。
「だけど、今の私の視点で――自分の息子が目の前におるような気持ちで歌を作ったり唄ったりすることによって、受け取る子たちの心の中にも何か当てはまればいいなって思ってたんですよね。これはあなたの歌だよ!って思ってもらいたいと思って」
今回のセットリストで出産後に作られた最新アルバムの曲は2つしか入らなかった。アルバムリリース後のワンマンシリーズなのだから、もっとアルバム曲を入れてもよかったはずだ。でもそうしなかったのは、出産やストリーミング解禁やテレビ出演など、変わりゆく今のHump Backが、地続きのまま今の場所にいること、そして目の前のあなたとどう向き合おうとしているのか、あらためて提示したかったのかもしれない。結果として、あの頃よりももっと逞しくて、力強くて、優しくて、カッコいいロックンロールバンドになった3人がそこにはいた。〈泣いたり笑ったり忙しい おもろい大人になりたいわ〉と唄うアンコールの「番狂わせ」は、願望ではなく3人のたしかな実感としてキラキラと輝いていた。6月18日からのツアーは、さらに愛に溢れた旅になるだろう。
文=竹内陽香

【SET LIST】
- 宣誓
- LILLY
- クジラ
- オレンジ
- 恋をしよう
- ひまつぶし
- VANS
- ナイトシアター
- ボーイズ・ドント・クライ
- 生きて行く
- 夢の途中
- がらくた讃歌
- 拝啓、少年よ
- ティーンエイジサンセット
- 僕らの時代
- オーマイラブ
- 明るい葬式
- 星丘公園
ENCORE
- 僕らは今日も車の中
- 番狂わせ
- 宣誓
〈Hump Back pre. “産休サンキューツアー2025”〉
6月18日(水)北見 ONION HOLL
6月19日(木)旭川 CASINO DRIVE
6月30日(月)前橋DYVER
7月2日(水)名古屋CLUB QUATTRO
7月8日(火)高松DIME
7月22日(火)周南RISING HALL
7月28日(月)千葉LOOK
8月5日(火)music zoo KOBE 太陽と虎
8月6日(水)京都 磔磔
8月19日(火)仙台 Rensa
8月20日(水)府中Flight
8月25日(月)佐賀GEILS
9月2日(火)大分T.O.P.S BittsHALL
9月9日(火)心斎橋BRONZE
9月10日(水)KYOTO MUSE
9月17日(水)金沢EIGHT HALL
9月24日(水)mito LIGHT HOUSE
10月1日(水)長野CLUB JUNK BOX
10月2日(木)富山 SOUL POWER
10月14日(火)OSAKA MUSE
11月4日(火)福岡 BEAT STATION
11月5日(水)岡山CRAZYMAMA KINGDOM
11月12日(水)F.A.D YOKOHAMA
11月13日(木)F.A.D YOKOHAMA
11月18日(火)静岡UMBER
11月19日(水)名古屋DIAMOND HALL
12月12日(金)松山WstudioRED
12月15日(月)川崎CLUB CITTA'
12月17日(水)なんばHatch ※ワンマン