PEDROの始まりは、アユニがBiSHのマネージャーである渡辺淳之介氏から「ベースやってみない?」と言われたのがきっかけだ。つまり、アユニ・Dからの意思ではない。その時のことをファーストフルアルバムのインタビューでこんなふうに話していた。
「渡辺さんの〈やってみない?〉は〈やれ〉ってことなんで、『はい』って言ったけど……〈なんでやらなきゃいけないんだろう〉って。当時は自分がピックアップされるのがすごくイヤで」
誰かが用意してくれたレールの上を、自分を奮い立たせながらなんとか走り出したPEDRO。そこから様々な経験を積み重ねて、約5年の月日が経った現在。ニューアルバム『赴くままに、胃の向くままに』と、同タイトルで開催された日本武道館のステージには、裸足でしっかりステージを踏みながら気持ちよさそうに音楽を届けるアユニがいて、PEDROはここからまた始まるんだ、という予感がヒシヒシと伝わってきた。
まずアルバムについて。ドミコのさかしたひかる(ギター)がアレンジした「グリーンハイツ」では初のシャウトを披露しているけれど、全体的には落ち着いたトーンで、身体の力を脱いて、伸び伸びと歌声を遠くへ飛ばしている。喩えるなら、ポーンと山なりにボールを投げるようなイメージ。しっかり抑揚はありながらも、勢いや衝動に任せていないぶん、聴き手もキャッチがしやすい。
〈私は柔らかく歩く〉〈あなたと柔らかく歩く〉「洗心」
〈柔軟な心でありたい〉「清く、正しく」
といった歌詞が象徴するように、アップテンポな曲も少なく、ネガティヴを吐き出すような表現もあまりない。用意してもらったレールから振り落とされないように必死にしがみついていた頃とは違う心境であることが、はっきり窺える。自分のペースで、自分のモードで、身体を強張らせずに生きていきたい。そんな心情が確かに伝わってくる。
そして、そんなアルバムの楽曲をサプライズ披露&リリース発表した日本武道館ワンマン。まず100円という破格のチケット代は驚きだったが、ひとりでも多くの人に〈今〉のPEDROを観てほしい、感じてほしい、ということだったのだろう。それくらい、パフォーマンス自体も2021年の活動休止前までのPEDROとは違っていた。
「赴くままに」「ナイスな方へ」「音楽」と次々に新曲を披露していき、客席のファンはその様子をじっと観ている。戸惑うような空気感も明らかに漂っている。それはそうだ。夏からのツアーでも新曲はちょこちょこ演奏されていたが、ほとんどの人にとって〈聞いたことない〉曲なのだから。しかし、アルバムからも感じていたように、ステージで唄うアユニの表情はライヴでも実に穏やか。歌声も伸びやかで落ち着いている。以前だったら、フロアの空気に引っ張られて動揺していたかもしれないけれど、この日は動じることなく、今の自分が届けない音楽をしっかり目の前にいる一人ひとりに手渡そうとしている。
アユニ、田渕ひさ子(ギター)というこれまでの布陣に、再始動のタイミングでヒトリエのゆーまお(ドラム)が加わった現在の編成も、すでに安定感がある。アユニの歌が落ち着いているからか、他のふたりも自身のプレーに集中することで曲の表情が鮮やかに響いてくる。
ふと、コロナ禍で開催された無観客生配信のライヴを思い出していた。この日を準備してくれたスタッフのためにもしっかりライヴをやらなきゃというプレッシャーもあり、緊張でガチガチになっていたアユニ。それをサポートメンバーに引っ張ってもらいながら、最後には解放的なベースを鳴らしていたのが印象的だった。でも今は、ヴォーカルとしてアユニが真ん中にいながら、3人でお互いを支え合うようなトライアングルが成立している。一体感あるバンドから繰り出される力強くも包容力ある演奏が、会場全体をもり立てていく。すると客席の戸惑う空気感も少しずつ薄れていき、「洗心」「グリーンハイツ」が披露された後半の頃にはたくさんの手が上がり、歓声も一段と大きくなっていった。
BiSH解散後、アユニはPEDROとして生きていくうえで、それまで無自覚だった自分自身ととにかく向き合ったという。どうして音楽をやりたいのか。何にときめくのか。何を大事にしていきたいのか――誰かに引っ張ってもらうのではなく、誰かに道を示してもらうのでもなく、自分はどう在りたいのか、を見つめ直した。詳しくは、音楽と人1月号のインタビューを読んでもらいたいが、その中で彼女は、心地よくいられる呼吸に気づき、ブレない自分の芯を掴んでいった。それがアルバムの靭やかさやライヴでの堂々としたパフォーマンスにも繋がっているのだろう。
かつて、「生活革命」という歌で〈君が地図にない場所へ連れてってくれた〉と唄っていたアユニは、「春夏秋冬」では〈違う人間が違うままに力をあわせることができたなら/きっといい気分になるかもしれないわ〉と唄い、「赴くままに」では〈私とあなたの暮らしを混ぜ合い/赴くまま山越えよう〉とも唄っている。もう誰かに手を引いてもらって知らない景色を見るのではない。PEDROとして自分の足で立って、自分のペースで歩いていく決心をした今のアユニ。そんな彼女がこれから鳴らしていく音楽は、時に私たちの日常を彩ったり、時に背中を擦ってくれたり、時に心を軽くしてくれたり、するだろう。そうやってお互いに自分にしか生きられない人生のレールを歩いてきたうえで、どこかで混じり合えた時に見たことのない景色を見ることができたら、それを幸せと呼ぶのではないか。
「自分が認められたいとか自分が煌めきたいっていうよりかは、自分の音楽が誰かの煌めきになって、その人の人生がよりよくなれば、それが本望だなって気がついて」
これは音楽と人1月号でのアユニの発言。ニューアルバム『赴くままに、胃の向くままに』は、彼女のそんな温かい思いに溢れている。やっと自分のやりたいことに自覚的になったアユニが、どんなふうにPEDROのレールを伸ばしていくのか、楽しみで仕方がない。風の吹くまま自由に踊り、しかし決して折れることのない、しなやかな柳のような今のアユニ。ここからまた新しいPEDROの物語が始まっていく。
文=竹内陽香
2023.11.27 at 日本武道館
〈赴くままに、胃の向くままに〉
【SET LIST】
SE 還る
01 赴くままに
02 ナイスな方へ
03 音楽
04 清く、正しく
05 飛んでゆけ
06 洗心
07 グリーンハイツ
08 春夏秋冬
09 余生
ENCORE
01 自律神経出張中
02 吸って、吐いて
03 雪の街
04 感傷謳歌
NEW ALBUM『赴くままに、胃の向くままに』
2023.11.29 RELEASE
■初回生産限定盤 / UNIVERSAL MUSIC STORE限定盤(CD+LIVE CD+Blu-ray)
■映像付通常盤(CD+DVD)
■通常盤(CD)
〈CD〉 ※全形態共通
- 還る
- グリーンハイツ
- 春夏秋冬
- 洗心
- 音楽
- ナイスな方へ
- 清く、正しく
- 赴くままに
- 飛んでゆけ
- 余生
〈LIVE CD〉 ※初回生産限定盤
2023.08.24
PEDRO TOUR 2023「後日改めて伺いました」
Zepp DiverCity
〈DVD / Blu-ray〉 ※映像付通常盤、初回生産限定盤
2023.08.24
PEDRO TOUR 2023「後日改めて伺いました」
Zepp DiverCity