鞘師里保の武器は、言わずもがなダンスだろう。幼い頃から広島アクターズスクールでダンスなど学び、そこで培ったスキルや圧倒的な実力を買われてモーニング娘。に加入。グループでは絶対的エースとして活躍したのち、卒業後は語学やダンスを学ぶべくニューヨークへ留学……と、つねにダンスを念頭に置きながらこれまでの人生でさまざまな道へと舵を切ってきた。昨年1月に開催された初のソロツアー〈RIHO SAYASHI 1st LIVE TOUR 2022 Reflection〉でも、やはり得意のダンスをいかんなく魅せる場面がいくつもあった。
しかし、ファーストツアーから1年も経たないうちに開催されたセカンドツアー〈RIHO SAYASHI 2nd LIVE TOUR 2022 UNISON〉では、鞘師の武器はさらに増していたように思う。特に磨きがかかっていると実感したのは歌声。これまでも彼女の歌声は心の琴線に訴えかけるものがあったし、激しいダンスを踊ってもブレないその歌声に何度も魅了されてきた。では何に感動したのかというと、それはライヴの冒頭のことだった。数本のLEDライトだけ飾られたシンプルなステージ。彼女はその中心に立つと、ダンスをするわけでもなく、ただ真っ直ぐに立ち唄い始めた。つまり歌声だけで観客と対峙していたということ。それはファーストツアーの冒頭では見られなかった光景でもある。
昨年10月、サードEP「UNISON」についてインタビューを行った際、彼女は「ダンスを想像しなくても聴いてもらえる音楽を作らなきゃいけないって思いがある中で、歌声だけで誰かの心に響くものを作れるのかな?って、挑戦する前からクオリティをすごく気にしてたんです」「歌だけを聴かれることを考えると、なんか自信がなくなるんですよね。私がちゃんと唄いこなせるのかな?って」と語っていたが、それからわずか数ヵ月で、彼女は自分の中の不安と向き合う覚悟を決めたのか。
「歌を聴かせること」に重きを置いた点を含め、彼女のストイックな人となりを肌で実感した今回のツアー。その数ヵ月後、テレビでツアーとはまた違った彼女を見ることになった。NHK総合で放送された連続ドラマ『ワタシってサバサバしてるから』だ。この作品で鞘師は木内静江という内気な女性を演じた。木内は内気な女性で自分に自信がなかったが、そんな自分を変えたいと思いながら社内コンペに企画を応募。そして見事に入賞したことで自己肯定感が上がる姿は、ツアーや新作リリースを重ねるごとにソロシンガーとしての自信をつけていく鞘師と被って見えた。明日4月1日からBS松竹東急(BS260ch/全国無料)で放送されるドラマ『めんつゆひとり飯』では、初主演を飾る鞘師。彼女はどんな思いで音楽や演技に挑み続けているのか? 幅広い活躍の裏にある思い、そして近況を探るべくインタビューを敢行した。
まずはツアーのことから聞きたいのですが、冒頭から歌一本だった演出に驚きました。あれはファーストツアーではなかった演出ですよね?
「そうですね。今回は全編通して曲数も増えて、踊る曲も自ずと増えていって。よりダンスを引き立たせるために、最初はシンプルに歌だけにしてみました」
結果的には歌がすごく際立つ形になりましたね。本誌の取材で「唄うことだけで思いを届ける自信がない」とおっしゃってましたが、それを克服したいって思いもあったんですか?
「そこに関しては、実はそんなに意識してないんです。『前回のツアーでやっていないことをやろう』っていう周りの人の提案で実現したものであって。でも、いざ歌一本で行くとなったらやっぱり不安になって」
不安なんて感じさせない歌声でしたよ。
「良かったです。やっぱり思い切って挑戦するものですね(笑)」
鞘師さんが一番手応えを感じたのはどの曲ですか?
「2曲目に披露した〈WE THE ONES〉です。この曲をレコーディングしたあと、私の声色がこの曲に合ってるのかなとか、自分の理想のラインに届くようなレコーディングができなかったんじゃないかって不安になったんです。しかも、この曲ってライヴの熱が良くも悪くも一番伝わりやすくて。なので、自分の中から不安をなくして、私の気分が完璧に曲に乗りきらないといいパフォーマンスができないと思ってたんです。でも、いざ幕が開くと、お客さんの反応が思っていたよりも前のめりで。それに救われて私自身もどんどん気分が乗っていって、ライヴの中でも起爆剤になるようなパフォーマンスができたんじゃないかと思います」
鞘師さんのライヴって、かなり参加型ですよね。
「そうですね(笑)」
お客さんにもがっつり踊ってもらうようにプチダンスレッスンが開講されてますし。
「はははは。やっぱり、一緒に踊ってもらったほうがより曲が入ってくるんじゃないかと思ってて。私一人だけ楽しむような自己満足で終わらせるんじゃなくて、お客さんも一緒に楽しんでほしいんです」
なるほど。あと、今回のツアーは単純に曲数が増えただけじゃなくて、ラップだったり初挑戦も多かったじゃないですか。その上でどんなことに苦労されましたか?
「うーん、どうしてもお客さんが入ると私自身前のめりになっちゃって、声量が必要以上に上がったりすると喉に負担がかかるんですよね。しかもずっと踊りながら唄わなきゃいけないので、歌と踊りを両立させるための力配分がすごく難しかったです。歌とダンス、どっちを優先したいみたいなのはなくて、どっちもやりたいので。曲数が増えるぶん、自分に対して求めなきゃいけないものが増えるなぁって」
しかも1日に2公演行うこともありましたしね。
「そうなんです! それで体力と喉の調子を安定させなきゃいけないのはけっこうプレッシャーでしたね。あとは冬だったのでとにかく身体が冷えやすかったんですけど、リハーサルの時に身体が冷えた状態で踊り始めると、足が重くて動かないことに気づいたんです。で、いかに身体を暖めた状態でステージに出られるかっていう調整にも気を配りました」
そういう思いがあったから、ライヴの日は早く会場に入るようにしていたんですか? MCで「午前10時ぐらいに入った」とおっしゃってましたが。
「そうですね。事前にしっかり準備しておきたいですし、公演前にゆとりを持って過ごさないと気持ちが落ち着かないので。あまりにも早く入り過ぎて、ケータリングとかまだ準備されていない時もありましたけど(笑)」
鞘師さんのストイックさが感じられる公演でしたが、個人的に特に感動したのは「Melancholic Blvd.」です。この曲は、冬になると気持ちが沈んでいたっていう過去の鞘師さんが反映されているんですよね。
「そうですね。グループの卒業を発表してから、いろいろ考え込んだり未来を不安視していたのも冬だったので。一度考えだすと気持ちの揺れが止まらなくなってしまうタイプなので、辛かったんですけど……でも、今回のライヴで目の前にいるお客さんだったり、スタッフさんとか周りの人たちのことを思い浮かべると一人じゃないんだなって思えて。今回のツアーのおかげで、また一つ冬を好きになれる理由ができました。今年の冬はプライベートでもたくさん人と会うようにしていたんです」
それまで冬はあまり人と会わないようにしていたんですか?
「そうですね……前までは誰かと約束していても、直前で不安になってキャンセルすることもあって。でも、最近は本当にフットワークが軽くて周りの人たちからも驚かれます(笑)」
いい傾向ですね。そうやって積極的に人と会ったり、自から広い世界に出ていこうとする姿って木内さんと被ります。
「あ、『ワタサバ』見てくださったんですね! 木内さんは大人しい人ですけど、内に秘めてるものはすごく熱いと思うんです。彼女が自分の企画を実現して行く上で、今までに経験したことないような仕事をしたり、人と交流していくことで、どんどん表情とかも明るくなっていくんですけど、それは自分と重なる部分があるなって思いながら私もドラマを観ていたんです。しかもツアーとドラマの撮影が被ってたんですよ。なので、より木内さんに感情移入したのかも」
同時進行だったんですか! 正直に言うと、私はあのドラマを観た時、鞘師さんが演じてることに気づきませんでした。
「そうだったんですか?(笑)」
〈木内さん役の人可愛いな。新進気鋭の女優さんかな?〉って思ったら、対話したことある人で衝撃でした。
「あははは! 木内さんは今までに演じたことのない役柄だったので、私自身すごく新鮮でした」
積極的にいろんな役柄を演じていくことにはどんな思いがあるんですか?
「うーん……いただいたオファーにはしっかりと応えていきたいし、何でも挑戦していくことで自分の可能性を探ってる部分もあると思うんです。鞘師里保としてどこまで進んでいけるのか私自身もわからないので、すごくワクワクしていて」
だからいろんな役柄にも挑戦するし、音楽や演技のどちらかに絞ることもないんですかね。
「そうですね。たまに〈いつまで私は挑戦し続ければいいのかな〉って自問自答する時もあるんですけど……あ、思い詰めてるわけじゃないですよ(笑)」
(笑)新しい挑戦といえば、6月にはビルボードで初めてライヴが開催されますね。
「そうですね。プレッシャーも感じるんですけど、バンドセットだからこそ表現できるものがあると思うし、そこに向けて曲を作れたらいいなと思ってます」
楽しみにしてます。息が詰まりそうになったら、日課の散歩で気を休めてください。
「あはははは。そうします(笑)」
文=宇佐美裕世
初のビルボードライヴ公演
6月4日(日) 大阪 Billboard Live OSAKA
1stステージ 開場 15:30 / 開演 16:30
2ndステージ 開場 18:30 / 開演 19:30
6月18日(日) 神奈川 Billboard Live YOKOHAMA
1stステージ 開場 15:30 / 開演 16:30
2ndステージ 開場 18:30 / 開演 19:30