【LIVE REPORT】
羊文学〈羊文学TOUR 2022 "OOPARTS"〉
2022.6.28 at Zepp DiverCity
暗闇から差し込むまばゆい光。轟音のスキ間から浮かび上がるポップなメロディ。ステージのところどころにあったメンバーの笑顔、笑い声、飾らない雰囲気――羊文学というバンドが多くの人々のほうを向き、両方の手を広げているかのような光景だった。そしてそれは、希望そのものだった。
「みなさん、ようこそOOPARTSへ。ありがとうございます」
ヴォーカルとギターを担当する塩塚モエカはにこやかにあいさつした。東京・Zepp DiverCityでの2日間。その最終日は、6都市を廻るツアーの楽日でもあった。
今回のツアーはこのバンドにとって過去最大規模の旅で、メンバーも手応えがあったのか、塩塚はライヴ中にたびたび「ツアー、終わっちゃうね」と名残惜しそうに話した。それは、それほど充実したパフォーマンスができたツアーだったからではないかと推察する。ベースは河西ゆりか、ドラムはフクダヒロア。羊文学はこの布陣になってからもけっこうな時が経過していて、その中でもとくにクオリティの高いライヴだった。
改めて振り返ろうと思う。オープニングの3曲は、ステージ上に白い幕が降り、それが四角く囲む空間の中で演奏が行われた。海の底のような暗い空間にゆらめく3人の影と動き、そしてラウドな音は、これまでの羊文学の世界を凝縮したかのような濃密さ。それが「光るとき」からは幕が落ち、一気に解き放たれ、開かれた雰囲気へと転換する。思えばそれはこのバンドの歩みを見るかのような光景だった。
と、ここで誤解のないようにフォローしておきたいが、では今までのこのバンドは開かれていない、閉じこもったようなライヴをしていたかというと、決してそんなことはない。ただ、オルタナティヴな、あるいはシューゲイザー的なギターロックを鳴らし、その中で自分たちの音をひたすら追求する様は万人を向いたものだか?と問われたら、それはちょっと返答に困る。それは3人がバンドの世界を磨こうとしてきたがゆえに、しかもその音が漆黒の爆音であったがゆえに。
ただ、そうしたバンドの進む道にポジティヴな方向性をもたらしたのは、タイアップ曲の数々だったと思う。先ほどの「光るとき」はアニメ『平家物語』の主題歌で、ポップなメロディも心に刺さる名曲である。歌詞においては、後半に登場する〈いつか笑ってまた会おうよ/永遠なんてないとしたら/この最悪な時代もきっと続かないでしょう〉というフレーズがとくに多くのリスナーの心を捉えた。これは先ほどの作品のストーリー性にアジャストしていながら、このコロナ禍という時代を背景に塩塚が吐き出した、起死回生の希望の言葉でもあった。この日、爆音の中で彼女がそこを叫んだ瞬間は、こちらの気持ちの淀みが昇華されていくような快感が全身を駆け巡った。まるで一筋の光のように。
そして後半に披露されたアニメ映画『岬のマヨイガ』の主題歌「マヨイガ」には、物語の登場人物に勇気を与えるような言葉が並ぶ。そしてこれも聴く者の背中を押してくれるような感覚を持つ歌だ。それもまた、そう、光であり、希望のように聴こえる。そして生きる鼓動であり、日常への活力でもある。
思い返せばこの数年の羊文学のステージは、暗闇が覆い、3人はその暗がりの中で光を灯すようなパフォーマンスを見せてきた。おそらく、そうした照明、あるいは轟音の渦の中の明瞭なメロディ、さらにそこでの塩塚の歌声といった要素は、このバンドのライヴで重要なものとされてきたはずだ。そして本ツアーではそれが最大限に徹底され、より追求されながら、時にはドラマ性とともに表現されていた。その高揚が、このバンドが鳴らす音楽の領域を大幅に更新していた。
塩塚と河西の2人は、曲によっては手拍子をして、それをオーディエンスに促し、微笑みかける。ライヴの中盤から今ツアーのタイトル曲でもある「OOPARTS」に至るまではステージ後方に人の息吹や街のざわめきを感じるような映像の数々が投射され、楽曲の世界観を鮮やかに押し広げた。
「(最新アルバムの)『our hope』はいろいろ挑戦したアルバムで……〈たくさんの人に聴いてほしい〉というテーマを設けて、アルバムを作りました。そのきっかけはいろいろあって、『平家物語』で〈光るとき〉を作らせてもらったり、『岬のマヨイガ』で〈マヨイガ〉を作らせてもらったり……そういう開けた曲が私たちでもできるんだとわかったこともあるんです。でも一番大きいのは、次にやる曲ができたことです。この曲だったら思いっきりポップにアレンジしても自分たちでもやれるんじゃないかって……自分で作って、勇気をもらった曲です」
塩塚がそう言ってから演奏されたのは、「パーティーはすぐそこ」だった。3人の演奏も、そしてこちらの心にまっすぐ迫ってくるかのようなライティングもまた素晴らしい。何よりもステージ上のバンドがあらゆるものから解き放たれているかのようで、それはとても輝かしい瞬間だった。そして本編の最後を飾ったのは、旅に出る〈君〉の無事を祈る「ワンダー」であった。
アンコールを待つ間、僕はこの春、取材の席で顔を合わせた時の塩塚のことを思い返した。『音楽と人』本誌の6月号に掲載したそのインタビューで印象深かったのは、彼女は高校生の時から音楽を仕事だと捉えていたということだった。しかし仕事・ビジネスというには、羊文学の音楽には、塩塚のその時々の心情や恋愛感情が素直に織り込まれていて、それは時に生々しかったりする。たとえば「電波の街」は新宿に住んでいた頃の〈早くここから逃げ出したい〉という気持ちが込められているのだという。
ただ、おそらく彼女はそうした中で、自分自身のことと、舞い込んでくるタイアップのオファー内容とのバランスをとる術を徐々に身に着けていったのだろう。今夜、彼女が「このバンドをもう10年ぐらいやってるんですけど」と話した場面もあったが、その間には様々な時期があったことと思う。そしてこの数年の塩塚は、いつ会ってもタイアップやコラボなどの曲作りに向き合っていて、その締め切りに追われっぱなしだ。しかし今はそうした努力のひとつずつがバンドの血肉になり、実を結びつつあるように思える。その結果、こうしてオープンになりつつある3人の姿が見てとれるというわけだ。
アンコールのラスト「夜を越えて」の轟音で、このツアーは終わった。それは同時に、羊文学の新章の始まりのようにも感じた。 塩塚と河西の上気した笑顔、相変わらず長い髪のおかげで表情がよく見えないフクダの姿。それは一歩一歩前に進みながら、希望の光をたぐり寄せようとする若者たちの像に見えた。
文=青木優
写真=Yuki Kawashima
【SETLIST】
01 hopi
02 mother
03 雨
04 光るとき
05 砂漠のきみへ
06 なつのせいです
07 あの街に風吹けば
08 電波の街
09 金色
10 キャロル
11 くだらない
12 予感
13 OOPARTS
14 パーティーはすぐそこ
15 マヨイガ
16 あいまいでいいよ
17 ワンダー
ENCORE
01 人間だった
02 powers
03 夜を越えて
羊文学 オフィシャルサイト