【LIVE REPORT】
ヒトリエ〈HITORI-ESCAPE TOUR 2022〉
2022.05.30 at 恵比寿LIQUIDROOM
「4ヵ月だよ? ようやく、リキッドルームにたどり着けました!」
シノダ(ヴォーカル&ギター)がそう高らかに叫び幕を開けた〈HITORI-ESCAPE TOUR 2022〉の振替公演。東京公演は本来2月8日、9日に行われる予定だったが、シノダの体調不良によって延期が決定し、その振替公演が先月30日、31日に恵比寿リキッドルームで満を持して開催されたのだ。その2日間のうち、今回は30日の公演についてレポートする。
超満員のフロアには開演前から熱気が立ち込めていたが、観客以上に熱を帯びていたのは他の誰でもなく、シノダ、イガラシ(ベース)、ゆーまお(ドラム)の3人だったのではないだろうか。そう思わせるほど、彼らは1曲目の「curved edge」から切れ味鋭い演奏を展開していく。続く「ハイゲイン」「日常と地球の額縁」でも3人は衝動の赴くままに鳴らすが、その光景はまさに痛快無比。大袈裟だが、こんなにも熱い空間は世界中どこ探しても他に見つからないのでは?と思うほど。シノダのいつも以上に熱の込もった歌声に、イガラシの重厚感あるうねるようなベースライン、そして、ゆーまおの躍動的だけれど繊細なドラムさばきが一体となって、観客を熱狂の渦へと巻き込んでいく。その後も緩急の緩がほぼ見当たらない状態で、普段披露されることの少ない「Swipe, Shrink」、そして新曲「風、花」、再びレア曲「ピューパ・シネマ」といったように、新旧問わずさまざまな楽曲が畳みかけるように放たれ、序盤から会場の熱気は最高潮に達しているようだった。
中盤、シノダが天を仰ぎながら唄われたのは「うつつ」。しっとりとしたサウンドに哀愁や悲しみが滲む詞が印象的な楽曲だが、バンドとして進んでいきたいという想いや逞しさが感じられ、前回の全国ツアー〈ヒトリエ Amplified Tour 2021〉の頃とはまた違う聴こえ方がしたのは気のせいではないはずだ。そして、その後は再び急加速。「カラノワレモノ」では、「必死に垂直に飛ぶ姿を見たい」というシノダの声に応えるように、全身全霊で飛び跳ねる観客の姿がとにかく圧巻だった。ヒトリエと観客、それぞれのこのバンドに対する想いが呼応して生まれるグルーヴは、当然だが今この瞬間でしか味わえないものであり、それと同時に自分自身が生きていることも不思議と実感するほど、膨大なエネルギーが飛び交っていたように思う。
憶測に過ぎないが、その背景には今のヒトリエがとてもポジティヴな状態にあることが深く関係しているのではないかと思う。発売中の『音楽と人』7月号のインタビューで、ゆーまおが「義務感だけじゃなくて、日に日に好奇心を取り戻してる。4人から3人になって一回止まった感じはやっぱりあったし、バンドを再構築していくことはほんとに大変だなって思ったけど……俺らが再構築するぶん、4人で作った曲がもっとたくさんの人に刺さる可能性は増していくだろうから。だから立ち止まりたくない」と語っていたことを、公演中にふと思い出したのだ。義務感に縛られ、十字架を背負ったままバンドを続けていくことが悪だとは思わないし、そういった想いがあるからこそ生み出せるものがあると思っている。しかし、その苦しみはいずれ楽曲やパフォーマンスにも良くない形で反映されていくだろうし、結果的にはバンドの未来に暗雲をもたらす気がしなくもない。だが、今の3人のモードは言ってしまえば真逆だ。個々にやりたいことと向き合いつつ、バンドで音を鳴らすことやヒトリエを更新していくことに喜びを感じながら、前向きに未来へと歩みを進めている。それはつまり、初期衝動の復活と言い換えてもいいのかもしれない。そんな彼らだからこそ、最近の楽曲は自由度が高く、どこか開けた印象のものが多いのだろう。特に響いたのは、この日の終盤にも披露された「ステレオジュブナイル」だった。
〈愛せない自分を愛せないまま何年経ったっけ/まあ、どうでもいいよな/このまま行くよ〉
〈最終回にしたくない/現在、過去、未来永劫、不正解さ〉
この楽曲を演奏している時、いつも以上に3人が目を合わせる瞬間が多い気がして思わず目頭が熱くなったし、演奏される前に放たれた言葉にも胸を打たれた。それは、シノダの「柄にもないこと言いますけど、あなただけに愛を込めて」という言葉。ライヴの定番曲である「アンノウン・マザーグース」を演奏する際、「wowakaより愛を込めて」と言うのがお決まりだが、こうして愛を向ける対象をはっきりと言い放つことで、あなたと今のヒトリエが真っ直ぐに対峙し合うこと、そしてwowakaが遺したヒトリエを自分たちのやり方で継承していく、という強い想いが感じられたのだ。だから、この曲も然り、終始熱量に満ちていたこの日の公演は、ヒトリエというバンド、そしてヒトリエを愛する人々を、次の景色へ連れていくことの約束みたいだと思えたのだ。
瞬く間に本編が終了し、迎えたアンコール。再び3人がステージ上に登場すると、シノダがどこか虚ろな目で「わかりますか? 見ての通り、私は皆さんの前で放心状態でいます」と一言。喋るのもやっとの状態なので、ゆーまおがシノダの言葉を代弁する瞬間もあったが、ありったけの力をぶつけて音を掻き鳴らす姿は、ロックバンドがロックバンドとしてあるべき姿を教えてもらったような気もしたし、己が信じるロックを貫き続ける彼らは今後も覚醒し続けるのだろう、と確信せずにはいられない素晴らしい公演だった。
文=宇佐美裕世
写真=西槇太一
【SET LIST】
01 curved edge
02 ハイゲイン
03 日常と地球の額縁
04 Swipe, Shrink
05 Milk Tablet
06 風、花
07 ピューパ・シネマ
08 伽藍如何前零番地
09 うつつ
10 カラノワレモノ
11 SLEEPWALK
12 劇場街
13 トーキーダンス
14 ステレオジュブナイル
15 3分29秒
16 青
ENCORE
01 終着点
02 センスレス・ワンダー