『音楽と人』の編集部員がリレー形式で、自由に発信していくコーナー。エッセイ、コラム、オモシロ企画など、編集部スタッフが日々感じたもの、見たものなどを、それぞれの視点でお届けしていきます。今回は加熱式たばこ愛用の編集者が綴る、忘れたくないあの頃の自分について。
久しぶりに紙巻たばこを吸ったら、頭はクラクラするし喉がイガイガした挙句にオエってなった。で、あーなんかこの感じめっちゃ懐かしいと思いながらも、カラダがしんどくて根元まで吸うことができなかった。ちなみに吸ったのはセブンスターという昔ながらのニコチンたっぷりの銘柄で、それは若いバンドマンから「俺のたばこ吸ってください!」と勢いよく差し出されたんで口にしてみたものの、加熱式たばこにすっかり身体が馴染んでる自分には劇物に近いシロモノだった。
昔はたばこを吸いながら取材を受けるアーティストが多かったし、こっちも当たり前のように吸いながらインタビューした。けど今はそういう環境で取材をすることがほぼ皆無なので、初対面の相手だと喫煙者かどうかもわからない。取材以外の現場で、例えばレコーディングとかライヴハウスの楽屋とか打ち上げとか、そういうところに同席して初めて喫煙者であることを知ることが多い。
自分が長く担当してきたミュージシャンの中でも、昔はヘビースモーカーだったけど禁煙した人はたくさんいる。例えば「1000円になってもたばこは吸い続ける」なんて昔は豪語してたMUCCミヤは何年か前にスパッとやめた。機材車に乗るたびシートがヤニでベタベタしてた某バンドは、何年か前にメンバー全員が加熱式たばこに切り替えた。かくゆう自分も3年ぐらい前から加熱式たばこにシフトして以来、紙巻たばことは縁を切っている。今でも紙巻たばこに執着しているのはミュージシャンだと山崎まさよしぐらいか。あとは……ウチの編集長。ええっと、どっちも頑固者ですね(笑)。
加熱式たばこにはいくつかのメリットがある。一番は煙が出ないこと(出てるのは水蒸気)。髪の毛とか服がたばこ臭くならないし、喉がイガイガしない。あと禁煙のお店だらけのご時世でも「電子たばこはOK」というお店は増えている。だから紙巻と加熱式をTPOで使い分けてる人も多いらしい。けど、懸念材料もある。充電しないと吸えないのが面倒なのと、実際には紙巻より有害物質が多いとか健康リスクは高いという説もある。そして、最も加熱式たばこがダメなのは、吸ってる姿が全然カッコよくないことだ。
10代の頃にたばこを吸いたいと思ったのは、それがカッコよく見えるから。きっとみんなもたばこを吸うきっかけはそんなもんだったと思う。大人のカッコよさを求めて、映画のワンシーンに憧れて、夜中の自販機でこっそりたばこを買った中1の夏。恐る恐る煙を吸い込んだ途端、頭から血の気が引いてクラクラしていくあの感覚に酔いしれたり、カッコよく煙を吐く練習をしてみたり。けど今はたばこを吸うことが〈カッコいい〉と思われていないし、もっといえば加熱式たばこなんてさらに存在自体が不恰好だ。あれを口元に当ててふわぁ〜って水蒸気を出してるロックンローラーなんて、誰も見たくもないだろう。
もともとカッコつけるためのアイテムだったのに、健康とか合理性とかを優先して、一番大事な部分を失くしてしまった加熱式たばこを吸ってる自分はほんとクソだなって、いつも心のどこかで思ってる。けど、不思議とやめようとは思わない。なぜそう思わないのか、オエってなったセブンスターを吸った時に気づいた。
セブンスターの持ち主は樋口侑希。WOMCADOLEという滋賀県出身のロックンロールバンドのフロントマンだ。彼とは初めて会ったツアー先でいきなり深酒した仲なので、ヘビースモーカーであることは知っていた。半年前、取材の前に「たばこ吸いに行きません?」と声をかけられた。撮影と取材の合間にニコチンを注入したかったのだろう。でも、喫煙所に着いてから加熱式たばこを持っていないことに気づいた。「ごめん、持ってくるの忘れたわ」と伝えると「俺の吸ってください! 何本でもいいんで!」と彼に差し出されたのがセブンスターだった。こっちは久しぶりの紙巻たばこと格闘している最中、彼は至福な表情で煙を燻らせていて、それがまたサマになっていた。そんな彼の姿を見て、毎日一箱吸っていた20代の自分を思い出し、あの頃の自分を忘れたくないんだなって思った。カッコ悪いし、往生際も悪いけど、加熱式たばこでもいいから喫煙者でいたい。そんな都合のいい言い訳があの時に生まれた。
WOMCADOLEのニューアルバム『旅鴉の鳴き声』は、これまでロックンロールで必死に背伸びをしてきた彼らが、虚勢を張らずバンドで音を奏でた一枚だ。ここで歌を唄ってる樋口は、初めてたばこを吸った時の自分みたいだと思った。背伸びしたい、カッコつけたい、大人になりたい。そんな青い気持ちのまま恐る恐るたばこに火を点けた自分、をそのまま唄ったような歌。彼にはまた近いうちに取材する予定だが、その時は俺も頑張って紙巻たばこを吸ってみようかなと思ってる。セブンスターはさすがに厳しいけどな。
文=樋口靖幸