一個一個、今自分にできることを、ちゃんと一生懸命やっていくだけ。病気した時から自分の指針になるのがそういう考え方だった
とはいえ、アーティストのエゴってありません?
「願望を入れてしまったらストレスが溜まるし、いついつまでに出さなきゃ、このタイミングなら何かと絡めてやれることがあるとか、そういう利欲を考え出すと作品にも下心が蔓延するでしょ。それこそ計画的にやってたら、自分をもっとネタにしてたかもしれないし(笑)。そうじゃなくて、素直に一生懸命やって出るもの。ポロッと出てしまったもの。そういうものだけを作品にしたかった」
今回、いわゆる闘病記でもないですしね。作っていくうちにコロナの話も少しずつ混ざっていったんですか。
「そうね。特に緊急事態宣言の時はスタジオにも入れなくて、一回中断したの。その間ちょっと寝かして、また動き出した時に歌詞を見直して。そういうのはあった」
「エカクシャナ」には〈神様はそんなに暇じゃない〉のあと、〈救われる資格を持たなきゃ〉って言葉がありますよね。ここはすごく興味深いんですけど。
「なんつうの? 神頼みってあるじゃない。信仰心もないまま初詣だけは行っとこう、みたいな(笑)。ご利益頼みも全然いいと思うんだけど、ただ、悪いことばっかしてご利益だけ俺によこせっていうのはよくないかなって。せめて普段の行いは考えたいなって。あの、病院のロビーってテレビが付いてて、大勢の患者さんが見るであろうチャンネルに設定されてるんだけど、もう絶対ワイドショーなんだよね。その当時ってちょうど芸能人の不祥事とか、あとは日大アメフト部の話、あとはトランプさんと北朝鮮が初めて会うみたいな。そういう話ばっかり聞こえてきて、みんな、あれはよくないねぇって勝手に言ってて。こっちは身体がよくないんだから評価してる場合じゃない(笑)」
テレビ見て文句垂れるくらいだったら、せめて、日々、救いのあるような行いをしていたいと。
「うん。理不尽な世の中だから、せめて救われることを自分で啓発してやっていこうよって。そういうことかな。意味がわからない、切り貼りみたいな歌詞だけど。でも単語一個一個を調べていけば面白い言葉が多いと思う」
ええ。だからケモブレインの状態をそのまま出している曲かと思いきや、ちゃんと希望というか、進むべき道みたいなものは入っているんですよね。
「かもね。要は、未来というより今なんだよ。〈エカクシャナ〉っていうのは刹那、ほんと一瞬のことだから。たとえば俺がこれから行く銭湯のこと考えて(笑)、〈あそこに行ったら気持ちいいだろうなぁ〉って思いながら喋ってたら、今のこの取材が疎かになってしまう。そうならないように取材を受けるなら一生懸命話す。ちゃんと充実して、いい取材だったなって思えるようにする。銭湯にうつつを抜かして今を蔑ろにするなよっていう。この一瞬があることが幸せだし、アルバムを一生懸命作って、あぁ取材受けたいなと思って、それが叶って、いろんな積み重ねで今があるわけじゃない。その一瞬一瞬が全部大切なことだったでしょ?っていうかね」
今の話、ラストナンバーの最後の一節に繋がりますね。〈完璧な時は今〉っていう。
「あぁ、そっか。確かになぁ。……今しかない、っていうのが痛烈になってるのかな、病気した時から。今これをやっておけば将来この計画が上手くいく、っていう話じゃなくて、生きてるんだから今できることを、一生懸命、今やるしかない。病気した時から自分のモットーというか、指針になるのがそういう考え方になっていったと思う。一個一個、今自分にできることを、ちゃんと一生懸命やっていくだけかなって」
日々、実践できてます? けっこう言うに易く行うに難し、な話ですよね。
「たぶんできてると思う。退院して、毎日これはやろうってこと決めて。もちろん治療のリハビリもあったけど、それ以外の習慣にしても、早起きして散歩するとか。散歩のコースも近くのお寺、神社とかを全部廻るものにして。だいたい2キロ、朝40分くらいかけて散歩して、必ずお参りして。それは今も毎日やってる。雨の日も嵐の日も傘さしてね(笑)。あとは朝の腕立てと腹筋。毎日、必ずこれだけやるって決めて。苦にならない数だけどね。あとは座禅とか。自然とルーティンになった。そこから一日スタートして、自分で一個ずつ、今日はこれに集中してやろうって決めたことをやって」
これ文字になったらストイックな人だと思われそうですけど、今、すんごく楽しそうに話されてますよね。
「はははは。そうね。苦しかったらたぶんやんないよね。身体鍛えるためにやってるわけでもないし。朝の散歩も楽しみだしね。ちっちゃい池のある神社に飛べないカモがいてね」
あ、ツイッターに写真上げてますね。ガァーちゃん。
「そうそう(笑)。あの子が生まれた頃に俺が闘病生活を始めたから、ほんとちっちゃい頃から知ってるの。片羽根が変形してて飛べないから、兄弟みんな飛び立ってもあの子だけひとり残ってて。でも今年の夏にヒナを産んでたから、うわ、メスだったんだ!と思って、なんかすーごく愛おしくなっちゃって。そういうのが楽しい。毎日同じことやってても新しい発見があったりして。それって生きてないとできないし、病院の中にいると、新鮮な空気吸うだけでも嬉しくなるし、ただ食べるとか、ただ息をする、ただ普通に歩くっていうのがありがたい。その感覚をね、なくしたくないんだよね。だから闘病中にしてたルーティンをいまだにしてたいんだと思う。忘れたくない」
息をするとか普通に歩くことを超えて、音楽ができるっていうのは、どれくらいの喜びになりますか。
「ねぇ、どうなんだろう……。でもコロナになって全然音出せない日々が続いてたんだよね、3月末から5月の末ぐらいまで。で、途中、4月の末くらいかな? 知り合いの店から『昼間だったら大きい音出していいよ』って言われて、そこで大声で久しぶりに唄ったら……なんかわからないけど〈うわ、いいなぁ! 歌っていいなぁ!〉って。ギターの響きに合わせて唄うだけですっごく幸せで、それをインスタグラムのライヴで流したら見てる人もみんな喜んでくれて。あぁ音楽って、やってる俺も幸せになるし、聴いてる人も幸せになるんだなぁって。なんか、純粋なその感覚はすっごく大きかった」
はい、その感覚は本当にわかります。
「理由は何もないけど、音楽ってやっぱりやるべきだなぁって。ただ鳴ってるだけで幸せで、それでいいじゃないって。もちろんレコーディングのための細かい段取りも大事なんだけど、この気持ちを失わないままどうやってパッケージできるか、それはすごく考えたこと。まず音楽をできてよかった。メンバーとその喜びに満ち溢れながらレコーディングした感じ。それは出てると思うし、そういうものになってよかったな」
文=石井恵梨子
NEW ALBUM『ニルヴァーナ ・サン』
2021.01.27 RELEASE
01 ザ・ムーンレイカー
02 ニルヴァーナ・サン
03 エカクシャナ(ケモブレインの言葉)
04 哲学の道
05 トゥナイト
06 シスプラチン
07 ザウルス
08 O2
09 スマイル
10 無原罪の死者の魂
11 完璧な時
勝手にしやがれ オフィシャルサイト http://katteni-shiyagare.com/