自分でもビックリしてしまうほど、そこに感傷は皆無だった。感染拡大防止の対策を取って行なわれたPeople In The Boxのアコースティックワンマン〈PITB acoustic 2020〉。舞台から3人が鳴らす音楽に、ひたすら身体を委ねるだけの2時間。自分が5ヵ月ぶりに観るライヴだとか、公演当日に東京の感染者数が過去最高を記録したとか、そういった余計な情報から解放された状態で音楽に触れられることが、とてつもなく心地よかったのだ。さらに改めて昨年リリースした『Tabula Rasa』が、時限装置のようなアルバムであることも実感した。当たり前のことが当たり前じゃなくなりつつある世の中に対する現状認識。それをジワジワと炙り出しのように描いたアルバムで、彼らはあたかも今のコロナ禍に翻弄されている世界を予見していたかのように――や、実際にはコロナによってこれまで見て見ぬ振りをしてきた現実が浮き彫りとなっただけであるのだが、そんなアルバムの楽曲を中心に、彼らは粛々と自身の音楽を奏でていくだけだった。そうやって現実を音楽という見えないもので突きつけてくる彼らの行為に、不思議と愛情のようなぬくもりや優しさも感じられたのが嬉しかった。公演直後、会場で波多野にインタビューする時間をもらった。彼と会うのは昨年11月の香川への取材旅行(註:音楽と生活をめぐる旅。香川県へ移住したPeople In The Box波多野裕文を訪ねて)以来で、その間に世の中は激変してしまったが、彼は何ひとつ変わらない様子だった。
向こうではお世話になりました。
「こちらこそ。楽しかったですね」
なんかすっごい昔の出来事のような感じで。
「もはや懐かしいですね。ここ最近の激動のせいもあって」
個人的には今日ライヴを観るのも5ヵ月ぶりで、それがピープルで良かったなぁと(笑)。
「ありがとうございます。でも、僕らはラッキーだったんですよ。会場がホールだったし、予定していたのがアコースティックツアーだったからできたようなもので」
まずは今日ライヴをやってみた率直な感想を。
「うーん……言葉にするのが難しいな」
じゃあ僕から感想から言うと……自分でも拍子抜けするぐらい普通のライヴでした(笑)。
「あははは」
3月からずっとライヴを観てなくて、久しぶりにライヴを観たらどんな気持ちになるんだろう?ってドキドキしてたんだけど……最後まで平常心だった(笑)。
「実際いつも通りにやったんで、僕らも。例えばセットリストもコロナ前に作ってあったのから変わってなくて」
もともと3月に予定してたライヴを、そのままやった感じ?
「そうそう。コロナでツアーが延期になって、その間に新曲を作ろうと思えば作れたし、この先ライヴをいつやるかわからないから特別なセットリストにしてもよかったんですけど、なんかそういう今だからこそというような特別感みたいなものに気持ちが乗れない自分がいて」
つまりコロナに関係なく、これまでと同じようにライヴをやった。そういうことですよね。
「そう。で、たぶんそれは僕ら自身、コロナ前とあんまり変わってないんですよ」
変わってないっていうのは?
「例えばコロナになって、音楽に限らずいろんな物事に対して〈これまで当たり前だったことがこんなに尊いことだったんだ〉とか、気づきがあった人ってけっこう多いと思うんですよ。あとは混乱したり不安になったり。でも僕の場合、それがほとんどなくて。もちろんバンドで言えばライヴができないとか、個人の生活レベルでの変化はありますけど」
けど東日本大震災があった時の波多野くんは、とてもショックを受けていたと記憶してますが。
「震災の時はモロに食らってましたね。そう、やっぱり今の状況って震災の時と重なりますよね。でも、今の僕らはすごく落ち着いているんです」
そうじゃないと今日みたいないつも通りのライヴはできないだろうし。
「まずひとつに、たぶんそれは僕らって今までも公言はしてないけど『ここから半年はライヴを休もう』とか、『作品づくりに向けて一度リフレッシュしよう』とか、活動休止っぽい期間というのを設けながら活動してきたバンドで。だから5ヵ月ライヴがやれないのもそれほど特別なことではないんですね。あと僕自身はやっぱり震災の経験が大きいと思ってて」
「いろんなことに気づかされた」って当時は言ってて。しかもそれがピープルの音楽だったりバンド活動のあり方に繋がっていった印象があります。
「それこそ震災によって今まで当たり前だったことが当たり前じゃないんだってことに気づかされたし、音楽以前にいち生活者としての己の無自覚さに気づかされたし。そのせいでそれまでの自分の表現のあり方と現実のギャップに苦しんだんです。だからそれ以来、次にもしこういう事態が起こっても、自分もバンドもまったく揺るがない状態でいられるようにしたいっていうのが個人的な裏テーマとしてあったんですね」
音楽だったりバンドがブレないために。
「そもそもコロナ禍で起こってる悪い物事って、政治だったり集団心理が引き起こすことだったり、こと人為的なことに関してはコロナ前からあったものがコロナによって表面化しただけで、根っこは変わってなくて。もちろん現実的なことを言えばものすごく大変な事態ではあるんですけど、例えば身近なところでいえばライヴハウスだったりライヴにまつわるスタッフの人たちにとって今の状況は生活の根幹にかかわる問題だし」
それは波多野くん自身もそうでしょ?
「もちろん生活者としては僕もそうですけど、ミュージシャンとしての自分に変化は何もないですね」
コロナだからこういう曲を書こうとかいつもとは違うライヴをやろうとか、そういう気持ちにはならなかった。
「たぶんそれは……そもそもピープルがここ数年作ってた曲で言ってることと変わらないからで。さっきも言ったけど、今まで蓋をしていたいろんな事象がコロナによって顕在化しただけで、特に『Tabula Rasa』はそういう今の世の中をテーマにした――僕に見えてる世界をそのまま書いたアルバムだから、それを現状のような以前とは違う環境で今まで通りそのまま表現するだけでいいというか、むしろよさを発揮するというか」
わかります。『Tabula Rasa』で言うと、俺、ここ最近取り憑かれたように「懐胎した犬のブルース」を聴いてて――。
「あ、それは嬉しい(笑)」
たぶんコロナによってあの曲の聴こえ方が変わったからなんだけど。
「つまり聴き手のほうが環境の変化によって受け取り方が変わってるってことで」
そうそう。で、去年香川に行った時にも話したけど、『Tabula Rasa』は波多野くんから見た世の中が音楽になってるアルバムで。「生活と音楽が一致している」って言ってたけど。
「そう。ただそれを私小説っぽい作りにはしていないだけで」
で、その視点というのが、コロナ以前には世間が蓋をしていて見ないようにしていたもので、それがダダ漏れになった今だからこそ、聴こえ方が違うんだろうなって。
「今のピープルって、3人でコロナのこととか政治の話とか、けっこうするんで、そういう視点と音楽活動のあり方が乖離しない体制が自然と出来上がってる気がします。なので特別な主張を加えることもないというか」
ただひたすら音楽の純度だけを上げていく。
「そうですね」