『音楽と人』の編集部員がリレー形式で、自由に発信していくコーナー。エッセイ、コラム、オモシロ企画など、編集部スタッフが日々感じたもの、見たものなどを、それぞれの視点でお届けしていきます。今回は、若手編集者が、ある出来事を通して気づいた思いを綴ります。
夏といえばお祭りや花火、大型フェス――外に向かって人が動いていく、エネルギッシュで開放的なイメージがある。とはいえ今年はそうもいかないけれど、それでも夏自体にはポジティヴな要素がたくさん感じられると思う。その反面、個人的にはつらいことがいくつかある。そのうちのひとつであり、一番厄介といってもいいかもしれないのは――虫問題だ。
私がその問題と直面したのは、つい最近だ。ある日の23時すぎのこと。自宅で仕事をしていて、少し疲れたなとパソコンの画面から目を離したところ、視線の先に違和感が。玄関の扉上に設置されたメーターに、黒い物体が張り付いている。いやいや、まさか。仕方なく、恐る恐る玄関に近づいていくと……そう、言わずもがなゴキブリ(以下、Gと略す)だった……。一人暮らしを始めて早5年目ではあるが、実は家でGと遭遇するのはこれが初。もう逃げたい!という気持ちを押し殺し、Gが大人しくじっとしているうちに、私はパソコンの前に戻った。殺虫剤を常備していなかったので、それに代わる必殺技は何なのか調べていると、界面活性剤が効果的だと言うじゃないか。すぐさま手元にあるファブリーズを手にし、そうっと背後から近づいく。そして、噴射! するとGは突然の刺激に驚いたのか、足早にメーターの裏に逃げて隠れてしまったのだ。長い触覚がちらりと見え、〈キャー!〉と叫びたくなったけど、グッとこらえた私は、なぜか母親にLINEしていた。私は、Gをどう駆除すればいいかわからず母に連絡したのではない。ただただ、恐怖や不安をひとりで抱えるのには耐えられなかっただけなのである。
私はもともと性格的に、人に悩みや不安を打ち明けることがそこまで得意なほうではなかった。悩んでいる物事に対して、どうすればそれが解決するのか、どうしてこういうことで悩んでいるのか、と考えたり、何か辛いことがあっても「みんな大変なんだから自分も我慢しなきゃ」と耐えてしまって、ずっとモヤモヤとしているばかり。それでもだんだん歳を重ねて、いろんな人と接していく中で、少しずつ考えが変わってきた。この仕事を通して、話を聞かせてもらったミュージシャンの発言にも大きく影響を受けていると思う。例えば、「音楽と人」で初めてインタビューをさせてもらった、ステレオガールのヴォーカル・ANJUは、「自分が思っていること、感じていることが自分だけのものだと思いがちだけど、ある程度人と同じだから」と語ってくれた。確かに自分が感じている不安や暗いものは、どこかで今同じように抱えている人もいるかもしれないし、あるいは、過去にそういう思いをしたけれど今は乗り越えた、という人もいるだろう。だから、自分の内側に抱えすぎず、一旦人に話してみたほうが、意外と自分の考えすぎなのかもしれないと気づけたり、その不安を別の角度から捉えて、冷静に受け止めることだってできるようになるかもしれない。あとは単純に気持ちが軽くなる。時間はかかってしまったような気がするけれど、学生時代に比べて、少しずつこんなふうに思えるようになったのだ。だから、今回も自分の不安を軽減するために、身内だったとはいえ、人に伝えるという行動をとったのかもしれない。
母親とのLINEで少しほっとした私は、やはり殺虫剤が必要だ、という結論に至り、お店に買いに走りたいところだったが、時間もないので急遽大家さんにそれをお借りした。その後は勇気を振り絞って、無事なんとか駆除に成功。終わったあとは、これ以上繫殖されたらイヤだったので、玄関を消毒したり一通り掃除をして、すべてのエネルギーを使い果たした。夜遅くにたかが虫一匹が部屋に迷い込んだだけで、こんなに心が乱されてどうするんだ、もっとクールにさっと対応できたらカッコいいのにな、とも思い、自分が情けなくて落ち込んだ。だけど、ひとりで何でもスマートにこなしてしまえたとしても、場合によっては、少し寂しいと捉えることだってできるかもしれない。人に頼る、また、人に頼られること。自分はもともとそれがうまくできないほうだったし、さっきも言ったように、人に心の内を明かすのがどちらかというと苦手。だから人付き合いもうまいほうではないと思っている。一人で過ごす時間だって大好きだし、大勢の人とワイワイするのは自分の中で苦手分野に分類されるくらいだ。それでも結局、一人じゃ何もできないし、繋がっていたいんだ。真夜中の騒動で突き付けられたのは、そんな自分の中にある純粋な思いだったのだ。
とはいえ、夜中に家族や周りの人を振り回すようなことだけは、もう避けたい。ひとりで冷静に対処できるようにならなければ。そこは、自分の中での課題だったりする。だから、もっと虫に対して、穏やかな気持ちで向き合えるようになりたいし、そうなれるよう努力しなければならない。自分との闘いは、まだまだ続くのだ(笑)。
文=青木里紗