6月2日、NHKホールにてアルバム『822』を引っ提げ去年10月からスタートしたツアー〈人間の森〉が千秋楽を迎えた。開場中からバンドメンバーがポツポツとステージに表れ即興演奏を始め、最後に森山が登場して1曲目が始まるというシームレスな幕開け。このツアーで彼が目指したのは、音楽だけが屹立する舞台だった。これまで森山のコンサートの醍醐味と言えば、テーマパークでアトラクションを楽しんでいるようなエンタメ空間にどっぷりと身を浸すことだった。しかし、これまで演歌歌手とアイドルグループがステージでバトルしているような舞台演出をバックに歌を唄ってきた彼が、今回のツアーでは日常との境目をなくすことに心を砕いてきたのだ。僕が観た6月1日の公演では、デビュー以前に書いた「ソフィー」を披露していたのだが、その曲を唄う彼の姿は、当時小さなライヴハウスのステージで孤軍奮闘していた彼の青さを思わせる生々しさに溢れていた。そうやって彼は自分の中でずっと変わらずにある〈何か〉を、このツアーを通じて取り戻そうとしていた。そんなツアーを振り返るべく、千秋楽の数日後にインタビューを行ったのだが、彼は長かったツアーの終わりを実感できないまま、すでに忙しない日常に身を投じていた。
ツアーが終わったばかりですが、どんな日々を?
「いつも通りというか、打ち合わせしたりレコーディングしたりしてましたね。来週ぐらいから少し羽根を伸ばそうかなって思ってますけど、まだ終わったっていう実感はあんまりないですね」
僕はNHKホールの1日目を観まして。いつも森山くんのライヴを観ると思うことなんですが、〈この人、こんなツアーを半年以上もやってたんだ……〉ってちょっと途方に暮れました(笑)。
「ははは。僕が途方に暮れるのはわかるけど、樋口さんが途方に暮れる必要はないでしょ(笑)」
あんな舞台を繰り返す日々って、ちょっと想像できないというか。
「でも前回のツアーのほうが途方に暮れてたような気がする。というのは今回……ツアーという旅そのものだったり、バンドメンバーとの繋がりだったり、そういうものを楽しみながらやれたツアーだったので。いろんなことが日常と地続きだったし」
地続きと言えばオープニングからしてそうでしたね。開場時間からメンバーがフラリ舞台に表れて、即興演奏をしながら開演を迎えるっていう。
「そうですね。気づいたら前奏が始まっていて、そのまま曲が始まるっていう境目のない舞台で。だからギアとかスイッチを入れ替えることもなく、フラットな気持ちのままツアーを楽しむだけ。そこは今までと全然違ってましたね」
今まではひとり紅白歌合戦というか、ひたすら非日常のエンタテインメントを徹底的にやりきるステージだったじゃないですか。
「ひとり紅白って(笑)」
それこそ日常との境目がはっきりしていたわけで。でも今回は違う。
「今までのエンタテインメントとは真逆のことをやるっていうか。それは御徒町(註:御徒町凧/詩人。森山の共作者であり高校時代からの友人でもある)と高校の時に曲を作り始めた頃の衝動に立ち返った時、今までやってきたことがだんだん頭打ちになってきてるような気がしたんですね。それを今回のツアーで見つめ直すというか……原点回帰というわけでもないんだけど……上手く説明できないな」
ダメです(笑)。
「えーなんだろう………………ツアー中よく言ってたのは『リハみたいにやろう』とか……あとは…………『人との関係性がちゃんと立ち上がっている舞台にしよう』とかで。つまりバンドメンバーとか御徒町とか、そういう人と自分との関係性が音楽に反映される舞台、ひいてはお客さんとの関係性も反映されていく舞台を目指していたんです。だからそこに対する嘘をつくような行為――例えばショウとしての予定調和に逃げたり、〈これはショウだから〉って言い訳にしない舞台をやろうとしたら、ああなった」
エンタテインメントの舞台上にどれだけドキュメントを立ち上がらせるか、みたいな。
「うん。あとよく言ってたのは『音楽と歌と詩と人が、ただそこにある舞台を作りたい』ってことで。これに関しては僕自身、100%理解してやれてたわけじゃないけど、感覚としてはわかるから、その感覚を頼りにやってました」
つまり、丸腰のまま舞台に立つというか。
「そうそうそう。その状態の自分と人との関係性から生まれるグルーヴを大事にしていく感じ。だから……よく舞台にあがる寸前にみんなで円陣組んだり、気合い入れるためのスイッチを入れたりするじゃないですか。でもそうじゃないモードで舞台に上がることがテーマだった。例えばリハだと演奏を間違えた時誰かがツッコミを入れるけど、なんで舞台だとスーッとしてるの?みたいな。そういう小さな嘘を積み重ねていくことが、音楽そのものの価値を下げることになるんじゃないか?っていう。だからメンバーも大変だったと思いますよ。今までのロジックや手法が通用しないんだから」
今までの森山くんはどちらかというと〈芝居してナンボ〉の人だったと思うんです。普段の自分を切り離したところで人前に立つために、必要な要素を舞台に設定して臨む、みたいな。むしろそれこそ森山直太朗が15年かけて築き上げた芸風でもあり。
「そうだね。でも前回の15周年ツアーでそれをやり切ったことと、そのあとやった〈あの城〉(註:音楽と芝居を融合させた劇場公演)と〈なんかやりたい〉(註:所属事務所企画による実験的公演)をやったのが大きくて。それは僕以上に御徒町にとって大きかったみたいで、あれを境に僕に対して厳しくなったというか」