『音楽と人』の編集部員がリレー形式で、自由に発信していくコーナー。エッセイ、コラム、オモシロ企画など、編集部スタッフが日々感じたもの、見たものなどを、それぞれの視点でお届けしていきます。今回は増刊『PHY』を手がける編集者が、あるバンドへの思いを綴ります。
さっきようやく2冊同時進行で作ってきた増刊『PHY』と単行本『SATOち牛乳』を校了した。どっちも4月21日発売で、増刊はMUCC表紙巻頭、単行本はMUCCドラマーSATOちの連載をまとめた一冊。というわけで今このタイミングで書くのはやっぱりMUCCにまつわる話になる。
彼らとの出会いは2001年。ライヴを観てすぐ彼らのことを取材したいと思った。当時の僕はヴィジュアル系を中心に取り上げる音楽誌の編集長をやっていて、ちょうどV系バンドブームが下降し始め、雑誌を立て直す使命とともに2代目編集長の座についたものの、面白いバンドが本当にいなくてやる気を無くしていた。若手はみんなV系シーン最盛期を真似たバンドばかりで、それに群がる大人たちの目の中には¥マークが踊ってるだけ。もちろんカッコいいバンドはいたし今でも現役で活躍してるバンドも少ないけどいる。cali≠gariなんて当時からの付き合い。けど本当に心の底から「好きだ!」と思えるバンドは少なかった。
そんな衰退しつつあるシーンの中で見つけたバンドがMUCCだった。井上陽水とKORNの異種配合という独自の音楽性。2000年に出たファーストシングル「娼婦/廃」を聴いて〈これ発明品じゃん!〉と思ったのを覚えている。日本語に執着した歌詞も四畳半フォークのホラー版といった感じで、どんなヤツらがやってるんだ?と興味が湧いた。そんなこんなでアルバム『痛絶』のツアーの東京公演を渋谷O-WESTまで観に行ったのが2001年3月だった。
白塗りメイクでオバケみたいだな、と思ったのがフロントマンに対する第一印象。前髪ぱっつん金髪のベースはヘンな動きで終始自分の存在をアピールしていた。ダウンチューニングされたギターの音はめちゃめちゃカッコよかったけど、実はリーダーのことはあんまり印象に残っていない。それよりも4人の中で一番インパクトがあったのは日本人離れした力強いビートを放つドラム、SATOちのプレイだった。リズムは大雑把で不安定なんだけど、ひとつひとつのビートが太くてぶ厚い。タイコを力任せにぶっ叩いて出る音の爽快感があって、体格に恵まれたアメリカ人によるメタルバンドに近いドラムだと思った。こんなドラマーが日本にもいるなんて!と目の前で披露される「娼婦」の2ビートに身体を委ねながら興奮した。このバンドすげえ! 大好き! いつか表紙にしたい! そんなことをライヴが終わったあと、たまたまそこに居合わせた知り合いにまくし立てた記憶がある(その知り合いはその後、MUCCのマネージャーになるのだが)。
当時の彼らは事務所に所属していなかったんで取材のやりとりはミヤと直接やっていたのだが、何回目の取材だったか、彼は中野駅近くにある「アザミ」という喫茶店を取材場所に指定してきた。機材車から降りてきた4人はドカッと席に着くなりパカパカとタバコを吸い始め(逹瑯除く)、そのガラの悪さは上品なお店の中で完全に浮いていた。そして当時の彼らは取材を受ける意味も理由もちゃんとわかってないから、こちらの質問に対しても適当なことしか言わない。それにちょっとムカついて「俺はマジで表紙にしたいと思うぐらいこのバンドが好きだ。だから本気でちゃんと取材を受けろ。そしたらこのあとこの店で好きなもん頼んでいい。全部俺が金払う」みたいな啖呵を切ったら、全員「マジで!?」みたいなテンションになってテーブルに乗り切れないぐらいほど食い物をオーダーしやがった。そしたらナポリタンとかハンバーグステーキとか、どれも街の喫茶店としては本格的な料理が出てきて、実はいつもランチタイムは満員で入れない人気店であることをあとから知った。
結局「アザミ」は3回ぐらい使っただけで、その数年後に全席禁煙となったこともあって足が遠のいたままだった。が、今年になってふとお店のことを思い出した。やっぱりそれはSATOちが辞めることになって、バンドの歴史を振り返るようになったからだろう。とりあえずMUCCにまつわる2冊の作業が終わったら行ってみようと思った。で、ついさっき「アザミ 中野」と検索してみた。そしたら。
去年の12月26日、昭和36年から続いた歴史は幕を閉じていた。理由はわからない。地元に愛され続けた名店であることは間違いなく、突然の閉店の知らせに嘆き悲しむ記事が上がっていた。SATOちが脱退を発表したタイミングにほど近い時期に彼らと所縁のある場所がなくなるなんて、すげえシンクロニシティだ。中野には月イチで用事があって通ってた場所なのに、どうして今まで行かなかったんだろう、と後悔した。まぁしょうがない。存在すら忘れてたんだから。でもなんだか寂しいのは、やっぱりタイミングが重なってしまったからなんだと思う。
ただ、今これを書いてて思うのは、アザミはなくなってあのナポリタンはもう二度と食べることができないけど、MUCCはこれからも続く。SATOちもバンドを去るけど二度と会えないわけじゃない。だったらそれでいいじゃん、という前向きな気持ちだ。4月21日に出る2冊を読んで、そういう前向きな気持ちになってくれたら嬉しいです。結局最後は宣伝コラムになっちゃったな。
文=樋口靖幸
音楽と人 2021年5月号増刊『PHY Vol.18』
2021年4月21日(水)発売
表紙・巻頭特集 MUCC
定価:1,500円(税込)
仕様:A4変型判/全96ページ
雑誌コード:02162-05
発行:(株)音楽と人
「SATOち牛乳」
2021年4月21日発売
タワーレコード独占販売!
定価:本体3,000円+税
仕様:四六判・全300ページ予定
発売:(株)音楽と人