ハードコアやパンクロックといった、みずからのルーツに実直に、余韻など必要としない潔いまでのシンプルなサウンド。実にストロング・スタイルな作品でありながら、他者を寄せ付けないような、ストイックな空気は皆無。むしろプリミティヴなビートやエモーショナルかつトリッキーなギター、そして〈生と死〉をつねに見つめ続けてきたTOSHI-LOWによる平易な言葉で綴られた歌が、聴き手の人生にリーチし、心の奥底を揺さぶる。結成30周年にしてBRAHMANというバンドがたどり着いた境地、それが7年ぶりとなるアルバム『viraha』だ。〈離れたことで初めて気づく相手の大切さ〉という意味を持つヒンディー語を冠した本作について、2つのインタビューで迫った今回。長年このバンドと関わってきた2人のインタビュアー、それぞれの視点によるTOSHI-LOWへのインタビューから見えてくるものやいかに。
(これは『音楽と人』2025年3月号に掲載された記事です)
INTERVIEW①
文=石井恵梨子
過去イチでストロングなアルバムになりました。
「おお。その、ストロングの意味はどっちなんだろう。当たりの強いものなのか、例えばしなるもの、弱さを含めたところが強いとか。いろんな解釈はできるじゃない?」
いや、まんまの意味ですよ。特に後半はマジで腕力勝負、やけくそ男塾!みたいな感じもあって。
「あ、そう? まぁその、バランスよく彩りを揃えていくことは求めてなかった。それはある意味もうやったんだと思う」
弱さと強さ、愛も怒りも優しさも全部ある表現。
「うん。その幅は当然今もあるんだけど、優しさとか柔らかさとか、壮大なバラードみたいな形で出したくないっていうのはあった。ブラフマンでやりたいことって、もっとパンクとかハードコアに根ざしてるもので。あえてその手法で限定したほうが今回は楽しかった。たぶんバランス取る時って〈こっちに行けばこう見られる、じゃあ次の曲はこうしよう〉みたいに考えてると思うんだけど、そういう頭じゃなかったの。やりたいことがけっこうシンプルだった。自分たちなりのパンク/ハードコア、あとはワールドミュージックっていう」
パンク/ハードコア出身だけど、実はこういう曲も好きだっていう表現が、毎回一曲のカヴァーに表れていたと思うんですね。それが今回はなんとモーターヘッド。
「や、いいんじゃん、と思って」
好きだしやってしまえ、と?
「だから今回、好きなものに対してあんまりオブラートに包んでない。好きだからこそ引け目になること、〈俺なんかが言っちゃうのはどうかな?〉って思うことが昔はいっぱいあって。今でもその感覚がないわけじゃないんだけど。ただ、好きなんだから好きって伝えて誰に迷惑かかるんだよ?みたいな。そこは直感。気ぃ遣ってないんだよ」
にしても「Ace Of Spades」だよ? 勇気いるし、どうやったって原曲が一番カッコいい。
「絶対そうだよ。ただ、原曲を超えよう、みたいなことではなかった。ミュージシャンとしての能力を見せつけよう、とかでもなくて。結局表現したいのは〈好き〉っていう愛情で。その愛を伝えるために、このイカれた曲をどんだけもっとイカれさせられるか。その意味で言えば、自分たちのイカれた愛でもう一回ぬりつぶすことはできたと思ってる。すごい楽しかった」
世界中のファンは、中盤入ってくるジャパニーズ・テイストにびびると思う。いきなり阿波おどりみたいになってて(笑)。
「あれこそ狂ってる! でも、狂ってるものがとてつもなく美しく見えたし、そういう生き方をした人たちに俺は狂おしいほど憧れてきた。そういうものがロックであったと思うしね。いつの間にか、既存のものから外れないバンドが増えて、もちろん社会的だし会社的でもあるんだけど、思いっきりはみ出していく面白さは世の中からどんどん減っていくから。今回〈Ace Of Spades〉選んだのは、やっぱりそういう憧れだと思う。本来ダメと言われるものをどうやってひっくり返すか。一発逆転のイカれた発想というか。そういうところに振り戻したい自分たちもいたんだろうな。イカれた狂おしさを、このバンドではまだまだ求めてるんだなぁとは思った」
ブラフマン史上もっとも大胆なカヴァーが、一番ストレートなロックのド真ん中だったっていうのも面白い。
「ねぇ? 既存のものに乗りたくない、はみ出してやろう、はみ出してやろうと思って続けてきたら、一番王道に乗ってたっていう。これも逆説、パラドックスなんだけど。でもそれが真理。人生ってだいたいそうじゃん。反対側にあると思ってたものが結局自分が目指してるものだったりして。そこに対しては素直でいたい、っていうアルバムだと思う」

この曲に続く「知らぬ存ぜぬ」も、数々のジャパニーズ・ハードコア・バンドへの愛が爆発していて。
「もうドンズバ。カッコよくない?」
これはGAUZEの解散と関係あります?
「いや、ないよ。……でも、ない、って言えばそれもないなって思っちゃう、言われてみれば。やっぱりハードコアの人たちとの付き合いって長くて。俺らは〈うわっ、やっぱシビれるなぁ!〉って毎回思ってたし、それは〈真似できない〉だったけど、〈俺らもやってみたい〉と同義語だと思えることもあるんだよね。そういう意味でも、深ーいところで見させてもらったバンドだったから。臆することなく今やれたのは、きっかけのひとつではあるかもしれない」
ハードコアって、親切、丁寧な説明を切り捨てる作業だと思うんですよ。ある種の無慈悲さも必要で。
「単純に語数も少なくなるからね。いちいち〈あなたはどうですか?〉とか聞いてらんない。まず言い切んないと。自分が今まで〈うわっ!〉ってなってきたところを2分間に詰め込む、ハードコア愛の集大成みたいな曲だと思う」
アルバム全曲を聴けば、元にあるのは悲しみだったり強烈な喪失だったりするのはわかるんですけど。
「うん。基本的にはそこ以外唄ってないんじゃないかな」
それを、今はパンチ一発で表現したい?
「っていうの、いいよね?」
ふははは。いや、あなたはもっと複雑だし繊細な内面を抱えてる人だと思ってるから。そんな一発勝負でいいの?
「なんか、繰り返し浸る余韻とか、そういうものはできるだけ構成的にも排除してる。ただ、シンプルに聴こえるし短いんだけど、やってることはむちゃむちゃ濃いよ」
うん。どの曲もギターが強烈。いわゆるエモーション、言葉にならない思いみたいなもの、全部表現してる気がします。
「うん。そうだね、色をね」
だからこそTOSHI-LOWくんの言葉は説明不要、ハードコア・パンクの流儀でよかったんだろうなって。
「あ、そうかもね。ほんとはそういうものでいいと思うんだよ。言葉なんてほんとは小難しくないほうがいいと思うし。今回、そんなに誤解しようがないでしょ?」
「最後の少年」とか、わかりやすくてびっくりした。
「ねぇ。〈少年〉って、生まれて初めて使った」
これはもう、消えていった近しい先輩が浮かびます。
「これ、誤解する人がいるんだったら逆に楽しみだよね。聴いたままだよ。説明するのも馬鹿馬鹿しいでしょ(笑)」
これも、思い切ってはみ出してみた結果、一番ストレートな王道に乗っていた、みたいな話?
「そうそう。俺みたいなひねくれたタイプに、直接の歌っていうのは難しいんだけど。でも新しい可能性としてそういうものが残されてるんだったら、その真ん中も突き詰めてみたい。タイトルだけ見れば、さもありそうな曲で。唄ってる内容にしても、もう何万人が唄ってきたようなことだし。でもここに難しくこねくり回した言葉を入れてしまうと、この曲が持ってるまっすぐさが伝わらない。たった一人に強い愛があるものって、万人とは言わないけど、誰かとわかりえるものだと思ってるし。〈連れていってよ〉と〈置いていってよ〉っていう表現も、俺らしく言えたと思ってる」

言葉に関して悩む時間はなかったですか。
「あったよ。シラフで歌詞書いてたから。酒呑んで書いたりしなかったからさ、今回。もう一個目から〈んんっ? 『少年』かぁ!〉ってなるし、〈でも言っちまったんだから、じゃあどうする?〉みたいな。そういう戦いがずーっとあった。途中からは気恥ずかしさにも慣れていくんだけど」
思わず引っ込めたくなったりしないの?
「引っ込めるのが最善であれば引っ込めると思うんだけど。自分がただ気恥ずかしいから、今まで使ってなかったから、バカに思われるかもしれないから、みたいな理由で引っ込めるのはやっぱり嫌だった。それが一番伝わる言葉なんだったら、そこから始めるべきだと思っていて。それこそ直感だから。だから一番最初に〈少年〉って出てきたら、そこに対して自分も素直に、いかにその直感を探っていく」
今となれば、それも楽しい作業でしたか。
「楽しくはない……でも決して嫌いな作業ではないんだろうな。で、そういう時って自分だけでは言葉も出てこないから、いろんな本を読むのさ。OAUの時は絵本読んだり」
ブラフだとどういう本?
「いや、毎回違うんだけど。でも今回はなぜか天国と地獄みたいな本ばっかり読んでた。で、途中から気になってくるんだけど、世界中のいろんな宗教、あったかい地方でも寒い地方でも、ほとんど景色が同じなの。川があって、それを渡って、向こう側に現世じゃない国があって」
へぇ。どこでも黄泉の国の前に川があるの?
「もちろんどんな宗教も、それ以前にあるものから派生したものだから、似てくるのかもしれないけど。でも仏教にもゾロアスター教にも同じ風景があったり。もっといろんなパターンがあってもいいじゃん。でも、一度死にかけた人って、川っペりで呼ばれたとか、川を渡りかけてたら引き戻されたとか、みんな言うじゃん。ほんとに見えるのはそういう景色なんだと思って。そういう本が気づけば山になってた。今まで全然興味なかったけど、宗教的観念が天国をどう書いてるのか、地獄をどう伝えてるか、それを調べていくのは面白かった。北欧だとほんとに北欧メタルみたいな地獄なんだな、とか」
そうなんだ(笑)。そこから見えてきたものってありますか? 新しく自分に入ってきた景色。
「目に見えてるもの、今ここにあるものだけが自分を作ってはいないと思うし、ここに居なくなった人も自分にとって存在っていうのは変わらなくて。でも生きてると死んでるとじゃ大きく違う。そういうものを少し立体的に見た感じ。それは『じゃあ神様を信じるんですか?』みたいな話じゃなくてね」
観念じゃなくてもっと日常的な話ですよね。空を見上げて居なくなったあの人の魂を思う、みたいな。
「うん。存在しないのに居るっていうのはどういうことなんだろうって考えるしさ。子供が純粋に『死んだらどこに行くの?』って聞いてきた時に、すぐ答えられる大人もいないじゃん。そういうものに対する自分なりの返答の仕方。風景も含めて知りたかったんだと思う。実際に天国を信じてるわけじゃないけど。でも、こういう宗教的な考え方があるからこそ、自分の人生が終わるまで、居なくなった人たちも隣にいてくれるような気持ちになれるんだなって」
なんかわかる気がする。私、昔は嫌だったけど、今は宗教って必要だなと思ったりするし。雑な言い方をすれば、人の生き死にに関わること、全然納得できないことを受け入れるために、人間がなんとか作り出したものなんだなって。
「俺もそう思う。神様なんか基本的にいないんだけど、神様的な存在が必要で。だって説明できないし、悲しみに理屈もないし。それをどう乗り越えるかなんて、喪失したものに関しては実際ほとんど方法がない。そういう時に『お空から見守ってくれてるんだよ』って言うことが必要だったわけじゃん。だから、天国があるとか地獄があるって考え方はとってもいいことなんだなって感じる瞬間もあるし」
あと、宗教には音楽とか踊りとか、昔から芸能ごとが付きものですよね。そことも繋がってる音だと思う。
「本来そこから来てるからね。音楽より踊りのほうが早いって言われてるんだよね。雨の音とかリズムが先で、そこにあとから音程をつけていって。だから表現の根源はやっぱりリズムが先だと言われていて。それもなんかわかる。だから今回のリズム、DNA的に残ってる和モノみたいなのがすごく多い」
あぁ、いわゆる祭囃子が多いのはそれなんだ。
「心地いいんだよ、やっぱり。速いツービートでアガるんだと思ってたけど、そういう高揚じゃなくて。ダンッ、ダダンッ、ダダンッ、ダダンッ、みたいなのに興奮した。そこが一番エモいし、心が揺さぶられるっていうか、燃える」
死者も引き連れて踊っているというか。ちょっと恥ずかしい言葉で言えば、その興奮とか燃える感覚って、今生きてる喜びを刻んでいる、ってことだと思いますよ。
「……ライターでそんな言葉、恥ずかしくない?」
ダメ? そんな言葉しか浮かばないんだけど(笑)。
「でもほんと素直に作ったし、相当気に入ってる。たぶんね、相手が気に入ってようがなかろうがどっちでもいいの。俺が気に入ってるし、自分で疑ってる部分がない。そこは初めてかな。すごくシンプルにできたと思うな」