2023年にMrs. GREEN APPLEが開催した、アリーナツアー〈ARENA TOUR 2023 “NOAH no HAKOBUNE”〉と初のドーム公演〈DOME LIVE 2023 “Atlantis”〉。その映像作品がDVD / Blu-rayにてリリースされたことを記念して、当時のライヴレポートを再掲載します。今や令和を代表する国民的存在となった彼らが、大舞台の中で叶えたかった思いとは。
(これは『音楽と人』2023年10月号に掲載された記事です)
ARENA TOUR 2023 “NOAH no HAKOBUNE”/2023.07.08 at さいたまスーパーアリーナ
DOME LIVE 2023 “Atlantis”/2023.08.13 at ベルーナドーム
およそ3年半ぶりとなるアリーナツアー、その2日目にあたる公演の本編ラスト。「ケセラセラ」を楽しそうに披露する3人の姿に心を打たれた。2020年2月、フェーズ1を代々木第一体育館で締め括った〈EDEN no SONO〉ツアーでは、まだまだ自分たちのことで精一杯だった彼らが、会場のデカさやプレッシャーに怯むことなく、多くの人たちと音楽をシェアできる喜びに全身を浸していたのだ。そんな3人の笑顔はスクリーン越しでしか確認できないけれど、その表情には苦難を乗り越えたバンドの誇らしさも滲んでいた。
アルバム『ANTENNA』をリリースした直後のツアーではあるものの、〈NOAH no HAKOBUNE〉=〈ノアの方舟〉というタイトルに則した大掛かりな舞台になることはわかっていた。しかし、オープニングの「Viking」から想像していた以上のシアトリカルなステージセットに度肝を抜く。もはやこれは音楽ライヴの域を出た壮大なミュージカルであり、体験型アトラクションだ。フェーズ1を締めくくる際のインタビューで「フェーズ2は宇宙レベルのことをやりたいと思ってる」と大森が漏らしていたが、当時から思い描いていたステージをついに実現させた、ということなのか。続く「アウフヘーベン」では荒波が船を襲ったかと思えば、青く澄んだ空と穏やかな海をバックに「CHEERS」が始まる。もはやミセスの楽曲すら、壮大な物語を演出する舞台装置のひとつに収まっているかのようだ。
とはいえ彼らが物語の劇伴として大人しくしているわけがない。「Blizzard」は打ち込みを多用した音源とは異なり、あくまでも自分たちがバンドであることを主張するようなアレンジで披露される。本来ここまでファンタジーに特化したエンターテインメントに振り切るのであれば、ここはむしろ原曲の幻想的なトラックをそのまま採用するのが正解だろう。それでもあえてバンドサウンドにこだわるのは、この曲に込められた大森の寂しさや人恋しさが、エンターテインメントという枠に留めておけない感情だから。極上のエンタメ空間を緻密に構築し、それを万単位の聴衆に楽しんでもらうための贅を尽くしても、彼の根っこにあるリアルな感情を届けるためにバンドサウンドは不可欠なのだ。MCでもサポートメンバーの紹介を欠かさないのは(しかも必ず大森のイジリが入る)、フェーズ2開幕からの1年を共にしてきたメンバーシップゆえのことだろう。
中盤に差しかかり「StaRt」や「ニュー・マイ・ノーマル」の前のめりなパフォーマンスからの「Loneliness」。とにかく圧巻だった。〈私を殺してほしいのです〉と囁くように唄う大森に、感情のこもったプレイで寄り添う若井と藤澤、そしてサポートメンバーたち。その5人で打ち鳴らされるドラマチックなサウンドは、まるでバンドそのものが悲しみを訴えかける生き物の慟哭のようだ。それに対して「Love me,Love you」では2万人と愛を分かち合うことに夢中になっている3人がいる。曲ごとにどんどん移り変わるその心象風景は、天候によって左右される航路や行き先を象徴しているみたいで、まさにそれは大海原の航海そのものであった。
思えばバンドの道のりもそうだったのではないだろうか。順調満帆に見えたフェーズ1も、メンバーそれぞれにとっては常に崖っぷちの連続だったはず。さらに大森にいたってはどんなに愛されても埋まらない孤独があることを、5年間の活動の中で知ってしまった。孤独は消えないし視界不良のまま旅は続けられない。だから彼らは歩みを止める必要があった。バンドと自分自身を立て直す期間が必要だったのだ。そして彼らは去年、もう一度帆をあげ、旅に出た。そんな自分たちのこれからの航路を、どうか見守ってほしい――。それがこのツアーに込められた彼らの思いなのだろう。
実際ステージはそんな思いを巡らす暇もないほど演出とパフォーマンスが繰り出され、非日常的な時間が過ぎていく。そしてついに「Magic」で物語はクライマックスを迎え、「ケセラセラ」とともにハッピーエンドで幕を閉じた。ちなみにアンコールのゆるゆるな3人のトークは夢から現実へ我々を引き戻すための処方箋みたいなものだろう。
これまで自分たちがたどってきた軌跡を、ここまで一大スペクタルのエンターテインメントに昇華できるのは、彼らがその苦難を克服したから。それを「ケセラセラ」で3人が見せた屈託のない笑顔が証明していた。厳しくも辛い現実を3人で乗り越えたことで生まれた『ANTENNA』を羅針盤に、彼らはここからさらに壮大な物語を編纂するバンドになっていくのだろう。その序章が海底に沈んだ都市〈Atlantis〉に眠っているのだ。