月1ペースで弾き語りのライヴを行ったり、愛犬たぬきちの写真を使ったステッカーやTシャツのグッズができたりと、ここ最近の猪狩翔一(ヴォーカル&ギター)は今まで以上に自由闊達な音楽活動をしているような印象がある。そんな中リリースされるミニアルバム『YUGE』も、〈遊戯〉と書いて〈ゆげ〉と読むタイトルのとおり、バンドという枠に囚われない自由なサウンドと歌声が踊る一枚だ。バンドサウンドで必死に自我を武装していた頃が懐かしく思えるほど、今の彼は音楽で自分自身を潔くアウトプットしている。そして、そんな本作を前に改めて痛感するのは、彼にとって小西悠太(ベース)の存在がいかに大きいのか、という事実である。何がどう大きいのかはラストに収録されている「ぼくら」という曲に触れてもらえればわかるが(歌詞も含めて頷けることだらけ)、とにかく2人の中にはtacicaというバンドを続ける理由が数えきれないほどいくつもあるのだ。
(これは『音楽と人』2023年12月号に掲載された記事です)
まずは、たぬきちの近況から(笑)。
「毎日散歩行ってますよ。朝晩2回」
1日2回は大変じゃないですか? 特に雨の日とか。
「雨が降ったらカッパ着て行くし、あんまり大変だと思わないですね。僕の場合、犬の都合に合わせるのが苦じゃないというか」
ちなみに『singularity』もそうだし今回もそうだけど、たぬきちの存在が作品に影響を与えてるような気がするんだけど。
「そうですか?」
もしくは弾き語りの影響とか。
「それはそうだと思います。やっぱり弾き語りで披露してから形にすることが多いんで、どれも歌が中心にあると思います」
今の猪狩くんは、バンドっていう枠に囚われず自由にやれてる印象もあります。
「もともと今回のミニアルバムは『YUGE』っていうタイトルにするのを決めていて。というのも前に〈動物達の遊戯(ゆげ)〉っていうタイトルでライヴをやったんです」
動物縛りの曲をやるライヴだっけ?
「そうです。で、そのあとタイトルにしようって。そもそも〈遊戯〉って仏教的な言葉で、〈心のままに〉とか〈自由自在に〉っていう意味で、つまり自分の中から出てきたものを素直に出せたらいいなと思って。曲数も考えず、アレンジも自然な形で出そうと。そういう自由に作った曲が並んでるミニアルバムだと思います」
もうちょっと〈自然なアレンジ〉について説明してもらえます?
「例えば〈ぼくら〉っていう曲は、前から弾き語りでやってきたんですけど、それをいざバンドアレンジにするとなったらけっこう苦労したんですよ。ドラムを入れてみたりいろいろ試したものの〈うーん……〉っていう感じで。で、結果的に小西の好きにベースを弾いてもらって、〈これでいいか〉みたいな」
あはははは!
「だから『YUGE』に関しては、無理にバンドサウンドにしなくてもいいんじゃないかと思って。逆にベースとアコギだけで成立する曲ってすごくないですか?」
珍しいなと思った。
「それを良しとできる作品ってことで」
じゃあ他の曲もあんまりバンドサウンドを意識せず?
「そうですね。例えば〈ナニユエ〉とかは鍵盤だったり女性コーラスだったり、入れたいと思ったものは入れちゃうっていう。ライヴでどうするかはとりあえず考えずに、みたいな」
tacicaの音楽自体が大きく変わったわけじゃないんだけど、音楽の材質みたいなものがちょっとずつ変わってきてる印象があるんですよ。具体的に何がどうって説明できないんだけど、材質が違う感じ。
「材質が違うっていうのは僕も思ってますよ。それは次の作品のテーマにしようと思ってるぐらいなんで」
マジで!?
「詳しいことは言えないけど(笑)、次回の作品は材質の変化がテーマになってると思います」
あともうひとつ感心したことがあって。今言われたようにバンドサウンドを意識しないで作った作品なのに、むしろバンドらしさを感じる1枚でもあって。
「あ、それも思います。最近、弾き語りをしてるからっていうのもあるんですけど、よりバンドらしさみたいなものに執着しちゃう……バンドらしさっていうか、自分以外の音? そういうものへの執着があって」
どういうこと?
「誤解を恐れずに言うと、弾き語りをやればやるほど……バンドが好きになるんですよ。正直に言えば……楽しくないんですよ、弾き語りって」
……あはははは!
「や、やりたくないとかそういうことじゃなくて。僕にとっては〈楽しい〉とはちょっと違う感覚なんですよ、弾き語りをやることは。バンドより自分と向き合わなきゃいけない行為なんで、〈楽しい〉っていう言葉が当てはまるものではない」
バンドマンにとってはしんどい行為だと思いますよ。自分しか戦う武器がないし。
「そうそう。どうあがいても自分から出てくるものしか鳴らないのが弾き語りで。だからバンドみたいな音での化学反応とかミラクルみたいなものは起きない。そこが逆に弾き語りの面白さでもあって、だからやめられないんですけど、やればやるほど〈自分はバンドありきなんだな〉って思ってしまうんですよ」
武者修行とか度胸試しみたいなものだからね、バンドマンにとっての弾き語りは。
「だから弾き語りを主戦場にしてる人と一緒になると、ちょっと申し訳ない気持ちにもなったりして。たぶん僕の弾き語りは楽しんでるようには見えないだろうなって(笑)」
しかもそこで新曲を初めてやったりしてるんでしょ? いい度胸してるなって。
「だから〈楽しい〉っていうのとは違うんだけど、それでも弾き語りってバンドと並行してやることでいろんなバランスがとれるんです。どっちがどうとかじゃなくて、どちらもあってこそ、みたいな感覚がある」
弾き語りのおかげでtacicaの音楽の風通しが良くなったというか。
「それはありますね」
で、さっきも話に出ましたが、今回の作品で一番すごいなって思ったのは「ぼくら」って曲なんですよ。特にこの曲の小西くんのベース。
「あれ、いいですよね?」
めっちゃいい(笑)。正直に言うと、これまで小西くんのベースにそこまで耳を奪われるようなことってなかったんですよ。でも、これはバンドマンとしての自己主張が感じられる印象的なベースラインで。バンドサウンドじゃないのに、ものすごくバンドらしさを感じる曲になってるなって。
「そうなんですよね。すごくよかったんですよ、ベースが。もともと小西のベースはいいんですけど」