ポルノグラフィティの新藤晴一が初めて手がけるオリジナルミュージカル作品a new musical『ヴァグラント』。8月に東京・明治座と9月に大阪・新歌舞伎座にて上演される本作は、新藤がプロデュース、原案、作詞、作曲のすべてを担当するという大がかりなプロジェクトである。彼がミュージカルというエンターテインメントの世界に大いなる憧れを抱いているのは知っていたが、その憧れを一介のミュージシャンが形にするには、人並み外れた強い気持ちや熱意が不可欠だろう。まもなく作品が完成し、あとは上演を待つばかりとなるタイミングで彼を取材することになったのは、そこまでしてミュージカルを作りたいという思いの強さに触れたかったからだ。100年前、大正時代の炭鉱の街で繰り広げられる彷徨う(=ヴァグラント)者たちが描くファンタジー。その舞台を誰よりも心待ちにしているのは、新藤本人なのだ。
(これは『音楽と人』2023年8月号に掲載された記事です)
本題に入る前にポルノグラフィティの話からしたいんですけど、今年1月に武道館でツアーを締めくくりましたが、武道館のライヴを振り返ってみてどうですか?
「……よくあることだと思うんですけど、ひと区切りついちゃうとどんなツアーだったか忘れちゃって……あ、思い出した。〈悪霊少女〉から始まるライヴで」
予想外のオープニングでした。
「今回のツアーはいろんな人からバンドの演奏をすごく褒められて、それが嬉しかったですね。ちゃんと音楽そのものをみなさん聴いて楽しんでくれてるんだなって。もちろん武道館は演出も増やしたし音楽以外の要素もありましたけど、そこはあくまでもライヴの導入であって、ちゃんと音楽で伝わったものがたくさんあってよかったな、という記憶ですね」
個人的にはポルノグラフィティって武道館が似合うバンドだなって思いました。
「やっぱり武道館は特別ですね。ロックの聖地でもあるし、観る側も立つ側も独特で他にはない空間だと思います」
火柱みたいな激しい演出もハードロックっぽくて、2人のルーツが見えるステージというか(笑)。
「あはは。ああいうのも好きですね」
舞台セット含め、全体的に演出がシアトリカルだし、ミュージカルを想像させるステージでした。で、あれから晴一さんとはミュージカルの話がしたいと思ってまして、今日は明治座さんにお邪魔して。
「なかなかないですよね、明治座で撮影なんて」
もうすぐここで念願の舞台が始まるわけですけど、今はどんな心境ですか?
「もともと舞台を作ることに憧れて始めたことなんで、すでに今は僕の手を少し離れて、プレイヤーのみなさんのものになりつつある時期ですね。つまりプレイヤーではない楽しみが今の自分にはあって。これはよく言われることだけど、自分のステージって絶対自分では観られないじゃないですか」
ポルノに関してはそうですね。
「でもミュージカルでの僕は作り手なんで、舞台を観ることができる。それをずっと楽しみにしていたので、ようやくって感じですね」
去年アルバムの取材でもミュージカルの話をしましたけど、ロンドンで『メリー・ポピンズ』を観て自分もミュージカルを作りたいと思ったというエピソードが印象的で。ほぼ初期衝動に近いものですよね。
「ギターを手にした時と同じですよね。中学校の時に金髪でステージに立ってる人を観てカッコいいと思ったのがきっかけで、自分もあれをやりたいと思ってバンドを組んだのと、ほぼ同じ衝動というか。あの時は憧れのミュージシャンがいて、バンドを組める友達がいて、文化祭というステージがあったけど、今回も憧れがまずあって。さらに自分に曲を作れるスキルがあり、たまたま事務所にも舞台を作れるチームがある。やることの規模や大きさは全然違うけど、でもそれ以外はほぼ一緒だと思いますね」
その時の取材では、ミュージカルの魅力についても語ってもらいました。ファンタジーが好きだ、という話も。
「どこか違う世界に連れていってくれるファンタジーが昔から好きなんですよ。小説だったら中学の時に村上春樹を読んで全然違う世界に行ったり、実家の四畳半でバービーボーイズを聴いてるだけで都会の恋愛劇に巻き込まれてたり、とにかく昔からファンタジーが好きで。そういうエンターテインメントの中でやっぱりミュージカルも好きで、その〈好き〉なものを〈やってみたい〉という気持ちに変わった瞬間が『メリー・ポピンズ』だったという」
そこまでファンタジーに惹かれる理由ってなんだと思います?
「エンターテインメントって自分の気持ちを代弁してくれるものだと思うんですよ。例えばミュージカルの場合、嬉しくて唄ったり悲しくて唄ったり、明日が楽しみすぎて踊ったりする。つまり感情に蓋をしないんですね。でも現実の世界に生きてると、そこまで感情を表現できないじゃないですか」
確かにそうですね。
「嬉しかろうが悔しかろうが、そこまで表現できない。でも実際にはそれぐらいの大きさで喜びを感じたいし、悲しみを感じることにどこか憧れがあるというか。今ふと思ったことなんで、考えがちゃんとまとまらないけど、そういうことなのかなって」
実際には日常生活で唄ったり踊りだすことなんてありえないけど、小さい子供とミュージカルを観に行くと、大人より夢中になってたりするじゃないですか。あれって今晴一さんがおっしゃったことが理由だと思うんです。自分の感情を大げさに表現されることで引き込まれるというか。
「そうですね。ミュージカルに限らずロックミュージックを含むエンターテインメント全部がそうだと思う。でも実際には人ってそこまで悲しい出来事とか感情には近づかないように生きてるんですよ」
そうですね。むしろ感情に振り回されないようにしてるというか。
「そうそう。でもエンターテインメントの主人公たちは無邪気に悲しいことに近づいて、すごく傷ついたりする。そうしないと物語が進まないからなんだけど、現実の世界は感情の振り幅がすごく狭いところで生きていて、でもファンタジーの世界にいる人は、そんな危険なことをやってくれる。そこに感動できるんだと思うんです」
すごく興味深い話です。いつ頃からそういうことを考えるようになったんですか?
「いつだろう? 例としてわかりやすいのは…………僕、小さい頃から『ドラえもん』が大好きで。あれもよく考えてみたら、のび太ってジャイアンに勝てないのをわかってて、いじめられた仕返しをするじゃないですか。あれって冷静に考えたら現実的じゃないんですよ。おとなしくジャイアンの言うことを聞くか、一緒に遊ばなければいい。そのほうが人生としてプラスじゃないですか」
でもそれじゃ話が面白くない。
「面白くないし、ドラえもんのいる意味がない。でもエンターテインメントの世界にはドラえもんがいて、そこに子供たちはワクワクする。さらに言うと仮にドラえもんがいたとしても、暗記パンさえあれば出木杉くんより勉強ができるし、しずかちゃんにも好かれるはずで。でものび太はジャイアンに仕返しするっていう(笑)」
ははははは!
「喩えとしてどうなのかな。『ドラえもん』じゃ稚拙だったか」
いえ、すごくわかりやすかったです(笑)。ミュージカルに対する思いはわかりました。で、ミュージカルを作るにあたってまずはどんなアクションを?
「森雪之丞さんは僕の歌詞の師匠なんですけど、雪之丞さんはミュージカルを作られてるし訳詞もやられてるので、『ミュージカル作りたいんですよね』って話をしたら、『とりあえず一幕だけでも書いてみれば』って言われて。それでまずは一歩踏み出した感じで」
その時に自分の中で書く題材はすでにあったんですか?
「『ヴァグラント』とは別のものでしたけど、ストーリーはありました。それを舞台チームの人に見せたら、内容はともかく熱意だけは伝わったみたいで、それで今回の演出をしていただいてる板垣さん(板垣恭一/脚本・演出)とお会いすることになったんですけど」
どうでしたか?
「最初はすごいけちょんけちょんに言われちゃって(笑)。〈これじゃちょっと話になんないです〉ぐらいの。物語の骨組みが全然できてなかったんです。それで板垣さんから物語を構成するロジック――この登場人物の行動原理はどこにあるのか、この感情はその人の何層にもなってるどこの位置にある感情なのか、表には出てこないけど一番下にある願望は何なのか、そういうキャラクターを作る上でのロジックみたいなものとか、あとは人物相関図をこう作るとドラマが生まれるとか、いろんなことを教えてもらって」
演劇のイロハみたいなものですかね。
「たぶん事務所の舞台チームの人が板垣さんに会わせてくれた理由も、そういうことだったんでしょうね。それでマンツーマンで何回も教えてもらって、合宿まで行かせてもらって。それで二人三脚みたいな感じで僕がやりたいことを、板垣さんに引き出してもらいながら物語を書いていきました」
『ヴァラグラント』は100年前の炭鉱がある村の物語、という設定ですが、どこから生まれたものなんでしょうか。
「これは山本作兵衛さんという九州の炭鉱夫だった人の本があって、それがきっかけですね。作兵衛さんが鉱夫として40年ぐらい働いたあと、閉山間際の鉱山の警備員をしてる時に描いたもので、絵と文章で当時の炭鉱とか生活の様子を書いた記録なんです。だから本自体はファンタジーでもなんでもなくて」
記録ってことは、炭鉱のドキュメントですよね。
「でもそれが100年という時間を経てこっちから覗くと、ファンタジーになるんですよ。その世界観がすごく気に入ったので、そこに〈マレビト〉という芸能の民を登場させて、ファンタジーになっていくんですけど」