演出の板垣さんにお会いしたら、最初すごいけちょんけちょんに言われちゃって(笑)。物語の骨組みが全然できてなかったんです
あの、小説とか脚本を書いたことがないんでわからないんですけど、物語を書くことは楽しいですか?
「楽しいですよ。もちろん物語を組み立てる上で考えることが多すぎて怯むことがあったし、曲だって20曲以上も作らないといけないし、大変ではあるんですけど、ひとつひとつの作業はひたすら楽しかったですね」
その楽しさってモノを作ることのワクワクした気持ちですよね?
「そうですね。新しいことをやるのって、なんにせよ楽しいじゃないですか」
10代20代ならともかく、今の年齢とかキャリアのある晴一さんが新しいことに挑戦して、しかもその道を極めた人からダメ出しまでされるわけじゃないですか。
「そうですね」
それでも楽しいって思えるほど夢中になれるってことは、それだけミュージカルに対して強い気持ちがないとできない気がするんですけど。
「だって自分で書いた物語がミュージカルとして形になって、それを観ることができるんですよ? それってすごいことじゃないですか。僕からすると、これ(『ヴァグラント』のフライヤー)を見るだけで夢心地というか。それぐらい、ここにいる彼ら(登場人物)と会いたかったってことだと思うんですよ」
確かにそうかも。あと、晴一さんの書いた曲も聴かせてもらいましたけど、〈これ、物語を書きながらどうやって作ったんだろう?〉っていう不思議な気分になりました。
「最初は当てずっぽうというか、自分がミュージカルで聴きたい曲を何曲か書いたんです。で、そのあと『いつもの晴一さんが作ってるような曲も聴きたい』と言われたんで、そういうのも作ったりして。それを板垣さんが全部のシーンに当てはめて『この曲はもうちょっとこうで』とか『ここに当てる曲はありますか?』みたいなやりとりがあって。次に歌詞を書いていくんだけど、今度は〈このシーンでこの歌詞は唄えないな〉とか思って書き直したり」
歌詞は難しそうですね。劇中にセリフの一部として唄われるわけですから。
「そうなんですよ。例えば〈このキャラクターはこのシーンでこういう心変わりをする〉という場面があって、そのために書いた曲なのに、曲に合うように歌詞を書くとキャラクターがそう動いてくれなかったり。その結果、キャラクターの設定自体に影響が出てしまうこともあるんですよ。そこの交通整理は板垣さんにやってもらいましたけど、1曲で完結するものではなく、3時間近くもある作品全体を俯瞰しながら書く必要があるんですね」
途方もない作業です。
「1曲5分で物語が完結する歌詞は普段から書いてるけど、作品は3時間近くあるし、しかも10人以上のキャラクターが絡み合ってるものもある。それを頭の中で見通す力――空間認知能力というか、バードアイみたいな目線がないとダメなんですよ。さすがにそんな能力は僕にはないし、それができる人が小説家とか脚本家になるんだろうなって思いましたね」
そういう新しい経験をされたことで、今後のポルノグラフィティの活動や音楽人生に何か影響はあると思いますか?
「もちろん思いつくだけでもたくさんありますね。あと、言葉の面でもかなり影響を受けたかな。板垣さんとの会話にもたくさん影響を受けたけど、音楽監督の福井小百合さんの話も面白くて。『感情は四拍子で動いてない』って」
どういうことですか?
「音楽って感情が溢れて生まれるものじゃないですか。溢れた感情を言葉にして、それを歌にする。つまり感情の動きって一定じゃなくて、例えば四拍子だったものが、三拍子になったり四分の五拍子が挟まれたりするわけです。今僕が喋ってるテンポも同じで、怒ったらもっと違うテンポだろうし、悲しんでたらさらに変わると思うんです。でもそういう発想ってポピュラー音楽だとあんまりないと思うんですよ」
確かにそうですね。
「キング・クリムゾンに変拍子の曲があるけど、あれは感情の動きを変拍子で表現したというよりも、より音楽的な面白さを追求したものだろうと思うので。そういう音楽との向き合い方って、たぶんミュージカル特有のものだと思うんですね。あと、ミュージカルを含む演劇ってどこか反体制的というか社会的なスタンスがあって」
単なるエンタメじゃなく、時代に向けてのメッセージがありますよね。
「この時代にこの作品をやる理由、みたいなことを演劇の人たちは考えていて。つまり今の時代をどう捉えるか?みたいなことと作品はセットというか。であれば、音楽を作る上でもそういう発想がもっと出てきてもおかしくないと思いましたね。ポルノが今この時代に何を唄うべきなのか、みたいなことを今後はもっと考えるかもしれない」
そういえば武道館で披露した「OLD VILLAGER」という新曲は、まさに今を揶揄したメッセージソングでしたよね。
「まさに今あれを曲にすることに意味があるというか。だから……すでに影響を受けてるんじゃないかな。ミュージカルに」
ポルノの今後も楽しみです。そして今日、こうしてミュージカルについてお話を伺って思ったのは、晴一さんは人間の感情そのものに、すごく興味があるってことで。
「うん、感情に興味がありますね。人の感情もそうだし、自分の感情にも」
これまでインタビューでも語られてましたけど、自分の感情に疑い深いですよね。〈これは本当に思ってることなのか〉みたいな掘り下げ方をする。
「こんなにコントロールできないものって他にないと思うんですよ。感情って自分の中にあるものなのに、それがコントロールできない。不思議だなって思う」
制御できないし、理解すらできないこともありますよね。
「そうですね。経験とか知識がたくさんあっても、結局のところ心のままに生きるのが正解だったりするじゃないですか。脳みそが理解する楽しそうなこと――例えば〈最近巷ではキャンプが流行ってます〉っていう情報でキャンプに行っても、それが本当に楽しいかどうかはわからないじゃないですか」
そういえば最近キャンピングカーを買われたんですよね。noteを読んでるんで知ってますけど(笑)。
「ははは。僕の場合はキャンプが楽しいって思えたけど、じゃあ誰もがキャンプを楽しいと思えるわけじゃない。そんな流行りすたりとか知識で楽しみを探すよりも、自分の心の赴くものに向かっていくほうが絶対楽しいわけで。つまり感情って、知識とか理屈とは全然リンクしないというか、考えてもしょうがない。そこがすごく面白い」
それぐらい晴一さんは、いろんな物事に対して考えがちというか、思考を巡らせてしまう人なんでしょうね。
「そうだと思います。世の中の出来事として〈これは悲しむべきだ〉ってことでも自分にとっては悲しくないことがあったり、〈そんなことで悲しくなるの?〉みたいなことで悲しくなる自分がいたり。考えてもしょうがないんですけど、そういうことを考えたりします」
晴一さんがミュージカルを自分で作りたいと思うぐらい好きな理由が、そこにあるような気がします。
「そうなんですかね」
そういう人がミュージカルを作ると……。
「こういうことになるのかな(『ヴァグラント』のフライヤーを指差す)」
あはははは! たぶんこのミュージカルを観たら、晴一さんらしさみたいなものが感じられるんじゃないかと勝手に思ってますけど。
「そうですか。ちなみに僕がミュージカルを作りたいって話をした時、〈ちょっとだけ舞台でギターを弾いてもらうのは?〉みたいな提案も出たんですけど」
それはそれで面白そう。
「でも僕はやっぱりこっち(客席)から舞台を観るのが楽しみだったんで。もう少ししたらそれが実現するんですよ」
僕も今から楽しみにしてます。
「ぜひぜひ」
文=樋口靖幸
撮影=神藤剛
ヘアメイク=大島千穂
スタイリング=清水勇一
撮影協力=明治座
a new musical『ヴァグラント』公演情報
東京公演:2023.08.19(土)~08.31(木)明治座
大阪公演:2023.09.15(金)~09.18(月・祝)新歌舞伎座