【LIVE REPORT】
〈15th anniversary - People In The Boxの大団円 〜『Camera Obscura』release tour 〜〉
2023.7.22 at 有楽町ヒューリックホール東京
大団円、という言葉を冠した追加公演。それはこの1年、バンドが駆け抜けてきた15周年がついに完結する、という標語みたいなものだと思っていた。というかその言葉の意味すら深く考えることもなかった。ちなみにアニバーサリーイヤー幕開けのツアー〈People In The BoxのS字曲線〉というタイトルも、自分たちの15年の歩みをS字カーブに喩えたのだろうと解釈したものの、いざ調べてみるとかなり意味深なタイトルだってことがわかってほくそ笑んだ記憶がある。なので今回も念のため調べてみた。
「だいだんえん【大団円】〈名〉 小説や演劇などで、めでたく終わる最後の場面」
(新国語辞典 第十版/三省堂より)
もともとは演劇用語ということ以外、自分で把握してた以上の意味はそこにはなかった。なるほど、ハッピーエンドですか。バンドのめでたい1年の締めくくりなんだから大団円と言われれば確かにそうかもしれない。だからといって彼らは「めでたいめでたい」と騒ぎ立てることもなければ「もうすぐツアーが終わるの寂しいよね」といった名残惜しさを噛み締めることもなく、いつもどおりにライヴを遂行するに違いない。そもそもピープルインザボックスがそんなことで一喜一憂したりバカ騒ぎをする連中じゃないのは承知の上だ。さらに今回は周年ツアーであると同時に『Camera Obscura』のリリースツアーでもある。『Camera Obscura』は〈世界のしんどさ〉をフィクショナルかつコミカルに訴えたアルバムだ。つまりアルバムにちなんだツアータイトルをつけるなら「カタストロフィ」とか「滅亡」といった意味合いのほうがまだ妥当だろう。それでも彼らが「大団円」と名付けたのはどうしてなのか。謎解きを楽しむつもりで会場に向かった。
初めて訪れたヒューリックホール東京は有楽町マリオンの11階にある劇場型のホールだった。もともと映画館だったところにオープンした会場だけに、座り心地のよい大きなシートと、奥行きのある縦長のフロアには緩やかな傾斜がついていて、快適に舞台を楽しめることが開演前から想像できた。音響効果なのかうねうねと波打つ天井や、側面の壁もなぜか流線形のデザインが施されていて、どこか船の客室も想起させる。そういえば会場のロビーにかかる階段もアーチ状の曲線を描いていて、会場全体が流線形のデザインでパッケージングされてるようだ。こんな場所でツアーの始まりと終わりを迎えることにした彼らは、本当にセンスがいい。きっとライヴも流線形のごとく美しい曲線を描くのだろうと期待した。
オープニングの合図はいつものSEだ。照度の低いブルーライトの中に3人のシルエットが浮かび上がる。それぞれが持ち場について始まったのは「螺旋をほどく話」。『Camera Obscura』の2曲目に位置するこの曲は、本来なら透き通る鍵盤の音色で幕を開けるのだが、波多野が手にしているのはギターであることに驚いた。え、ピアノじゃないの? ていうかそもそもステージにピアノが置かれていない。そういえばS字曲線のツアーでも出番がなかったけど、あのツアーは15年を振り返るようなセットリストだから鍵盤がなくても成立していたわけで、とはいえ『Camera Obscura』はそうはいかない楽曲のオンパレードなんだが……。しかし、目の前のステージでは3人による演奏が当たり前のように進行していた。その三角形から生まれる音は目の荒いスポンジで擦りつけたみたいにザラザラとしていて、座り心地のいい椅子の上でリラックスしている身体を小突いてくる。山口が刻むビートはメトロノームのような冷徹さでその存在を主張し、福井はこの曲の主導権を握るのは俺だと言わんばかりにブーンと長尺の低音を鳴らす。対して波多野のギターは控えめではあるものの、リズム隊のアンサンブルにちょっかいを出している。つまり3人が平静さを保ちながらも無邪気に音楽で戯れあっているのだ。そんな音源とは異なるアレンジと3人のプレイヤビリティを駆使して披露される「螺旋をほどく話」は、幕開けにふさわしい賑やかさをまとっていた。続く「スマート製品」「聖者たち」も同様だが、「完璧な庭」ではスリーピース特有のロックバンドが生み出す初期衝動のような青臭さが横溢している。いずれにせよ、今日のライヴは楽曲そのものを伝えるとか届けるとかそういったものではなく、ステージの3人がこのツアーで共有してきた喜びとか興奮とかお互いを「お前最高だな!」と讃えあう様子を見せつけられる内容なんだと結論づけた。しかし実際にはそこまで生々しいバンドのドキュメントに終始するわけもなく、曲が進むにつれライヴは次第に異なる様相を呈していく。
突然「戦争がはじまる」で会場全体に魔法がかかった。〈ラン、ベイビー、ラン〉というサビのフレーズを呪文のように何度も唱える波多野の声が脳内にこだまし、だんだん意識が朦朧としてくる。そういえばライヴ序盤、どこかの曲で青い光が客席に向かってリズミカルに明減していたけど、その残像もずっと瞼の裏から離れない。まるで催眠術をかけられているみたいに心地いい−−。
気がつくとそこは船内の客室だった。
客室というかそこは潜水艇の船内で、3人はその運航を任されていた。船長はもちろん波多野で、山口と福井は操縦士とか航海士みたいな役割を担っているのだろう。観客はさしずめ乗組員といったところか。どうやら我々はついに陸上で始まったカタストロフィから逃れるべく、ここに集まった模様だ。向かう先は海底2万マイルの世界。海底の情報を集めるソナーのように「DPPLGNGR」の不穏なアルペジオが響き、「旧市街」の小気味いい演奏が潜水艇の動力に貢献する。「机上の空軍」で3人のコーラスが乗組員の不安を和らげ、「カセットテープ」の優しいメロディはライナスの毛布みたいな安心感を与えてくれる。ここにいれば大丈夫。僕らの音楽があれば安全だから。深海へと潜航する乗り物を操りながら彼らの音楽がそう囁いているような気がした。でも、まだ自分は陸の上でやり残したことがたくさんあるんだ。そろそろ戻らなくちゃ。そう思って現実へ戻ろうとしても身体が言うことを聞かない。音楽で金縛りにあったのは生まれて初めてだ。
気がつくと、ステージではいつもの山口による物販紹介コーナーが始まっていた。まだボーっとしていて彼らが何の話をしているのか聞き取れないけど、どうやら現実に帰ってきたらしい。他の人たちもそうなのか、お客さんの反応の薄さに山口が愚痴をこぼしているようだ。でも3人はそれを気にする様子もなく、楽しそうな話題を見つけて勝手にベラベラ喋っていた。そしてライヴは最終局面へ突入する。
ジョージ・オーウェルの小説を想起させる「中央競人場」は音源で聴く以上に滑稽な曲だった。さらに〈気づかないふりをしていろ〉と執拗に連呼する「水晶体に漂う世界」は狂気をはらんだ剣呑な曲だが、ステージの3人はとても楽しそうに演奏していた。続けて投下された「ミネルヴァ」と「スルツェイ」はロックバンドの衝動と快楽が図抜けていて、やっぱり3人も海底より陸の上にいたほうが生き生きとしてるんだなと思った。そして最後に、波多野はここまでバンドを続けてこれたことを誇らしくもラッキーであると述べた上で、こんな本音まで漏らした。
「我々はこれからも粛々と……大変酷い時代ですけど……でもまぁ、楽しくやりましょう(笑)」
できることなら逃げ出したいし、逃げられないにしても目を瞑ったり頭を下げたりして今この悲惨な現実をやりすごしたい。でも、彼らに逃げる場所はない。せいぜい素潜りでもして深海に広がる夢の世界に思いを馳せるぐらいだ。だから彼らはバンドをやっている。現世を前向きに生きるためにこのバンドをやり続けるのだ。このバンドがあれば〈世界のしんどさ〉に立ち向かうことができるかもしれない。そのことを確かめるために、彼らは『Camera Obscura』というアルバムを立ち上げ、ツアーを巡り、ついに大団円を迎えたということなのだろう。最後、「ヨーロッパ」のアウトロで3人がプレイで見せた生々しい感情。それは言葉以上に饒舌で、この世に対する怒りと人間に対する失望とは裏腹に、それでも人を愛していたいという彼らの切実な思いに溢れていた。
いつか世界は終わりを迎える。今のところ旗色は悪くなる一方で、バッドエンドが濃厚だ。それでも最期はハッピーエンドで迎えたい。大団円で最後の1ページを締めくくりたい。そんな彼らの切なる思いが、この日のすべてだった。
文=樋口靖幸
写真=川崎龍弥
【SET LIST】
01 螺旋をほどく話
02 スマート製品
03 聖者たち
04 完璧な庭
05 自家製ベーコンの作り方
06 町A
07 あなたのなかの忘れた海
08 戦争がはじまる
09 DPPLGNGR
10 旧市街
11 石化する経済
12 机上の空軍
13 カセットテープ
14 中央競人場
15 水晶体に漂う世界
16 ミネルヴァ
17 スルツェイ
18 ヨーロッパ