解散の危機に見えても仕方がないし、それに対して弁明する元気がなかったことも事実
スタジオから1分ほど歩いたところには、太平洋を一望できる野外スペースがあり、たまに海を見ながら思いっきりドラムを叩きまくることもあるそうだ。そんな素敵なロケーションの中、音楽制作に没頭できる夢のような空間=プライベート・スタジオを作った経緯について話を聞いた。
「このスタジオを作り始めたのは、実家に戻って療養している時に、どうしても新曲を作りたくなったことがきっかけでした。その時は手元にあった機材で曲を作っていたんですけど、1ヵ月ほどして今度はドラムが叩きたくなったので、土木作業用の一輪車に機材を積み込んで、実家から歩いてすぐの場所にある海沿いの土手にドラムセットを組み立てて、楽しく叩いていたんです。すると、その姿を目にした父から〈使っていない倉庫を掃除してスタジオにしたらいいんじゃないか?〉と提案されまして。それで何十年も手付かずだった倉庫をスタジオにするために父と私の2人で工事を始めたんです。それが2016年のことですね」
滝が左腕の不調によりライヴ活動を休止したのが、このスタジオの工事を始めたのと同じ2016年のことだ。ライヴ活動を止めるという非常事態の中、滝は夢中になって〈モノ作り〉に打ち込むことで、先の見えない不安を振り払おうとしていたのではないだろうか。一歩間違えればバンドが空中分解しかねない危機的状況を前にした当時の彼の心境は、どんなものだったろうか。
「その前に足を骨折したり、親指の靭帯を損傷したり、身体の不調が立て続けに発生した時期ということもあって、自分の想像以上に身体と心に負ったダメージが大きかったです。でも実家にスタジオがあるというのは、いつも家族が側にいるという安心感にもつながっているので、心の落ち着きという点においてもスタジオがある生活というのは幸福感があって良かったです。ちなみに当時の私は、〈ライヴ活動は休止しているけど9mmをやりたいんだ!〉ってすごく前向きな気持ちでいたので、療養中ではあったんですがいつも以上に気合を入れて曲作りに取り組んでいました」
約1年に及ぶ療養中、滝がどのような気持ちで毎日を過ごしていたか、そして何をしていたかという情報について、我々は知る術を持っていなかった。滝は自身の置かれた状況や抱えていた気持ちなどを言葉で発信しなかった理由について、「みなさんとは音楽以外でコミュニケーションを取らないという覚悟で制作に打ち込んでいました」と語っている。そのような強い決意を胸に秘めた滝は自身のスタジオで渾身のアルバムを完成させる。
「やっぱり言葉で説明するよりも新しい作品を聴いてもらうことで、みなさんに安心してもらおうと思ったんです。そのほうが私の9mmに対する本気の想いが伝わると思ったし、ひとりの音楽家としても一番格好がつくなって考えていました。ただ……そういう姿勢や考えていることは絶対に外からは見えない部分だったこともあり、みなさんからはバンド解散の危機に見えても仕方がないし、それに対して弁明することもできないほど元気がなかったことも事実です。ではなぜ自分の気持ちを発表しなかったかというと……音楽ではなく私の言葉のほうが人の記憶に残ってしまうのが嫌だったんです。だからこそ私の9mmに対する想いを伝える手段は、新しい曲を聴いて判断してもらうしかないと考えていたんです。そういう強い想いを持って、このスタジオでイチから作り上げたのが『BABEL』(2017年)という作品です」
4人のメンバーがそれぞれ作詞や作曲を担当した前作『Waltz on Life Line』(2016年)から一転して、『BABEL』は滝が作曲を手がけたナンバーのみで構成されたアルバムだ。この作品は、結果としてコンポーザー/ギタリスト/アレンジャーとしての滝の〈個性〉が色濃く落とし込まれた1枚に仕上がったと言えるだろう。そして2018年には、滝がバンドへ待望の復帰を果たす。時を同じくして、学生の頃から愛聴していたポスト・ハードコア・バンドであるenvyにサポート・メンバーとして参加。ヨーロッパを始めとする世界各地の大型ロック・フェスへ出演し、精力的なライヴ活動を行なうなど、滝はより自由な形で活躍の場を広げていく。
「envyに参加したことによって、自分の中から生まれてくる音楽表現の幅が大きく広がったと感じています。envyの現場で経験したことが9mmへとフィードバックされることも多くて、すごく勉強になりますね。envyやキツネツキ(註:9mmのヴォーカル&ギターの菅原卓郎と滝によるベースレス・ユニット。さまざまなミュージシャンをゲストに迎えながら自由なスタイルで活動を展開中)もそうですけど、どのプロジェクトも続けていくうちに表現のクオリティがどんどん高くなっていくので、すごくやりがいを感じています。しかもやっているうちにいろんなアイディアが出てくるので、とてもいい相乗効果があると思いますね」
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活動を再開してからの滝は、9mmとしてコンスタントに新作を発表する一方で、他アーティストのサポート・ワークやプロデュースなど、全方位に向けた音楽表現に邁進していく。ここでひとつ気になるのが、〈ソロ活動〉だ。先述したように滝はさまざまな楽器を演奏できるだけでなく、レコーディングやミックスまで手がけることができるマルチな才能を持った音楽家だ。音楽制作に関するすべての工程をひとりで完結できる滝が、なぜソロ・ワークではなく〈バンド〉での活動にこだわり続けているのだろうか?
「このスタジオで曲を作り始めたことで初めて気がついたんですけど……いざソロの作品でも作ってみようと制作に取り掛かってみたら、あまり筆が乗らなかったんですよね(苦笑)。なんでも制作できる環境を作ることができたのに、いざ作ろうとしたら何をやったらいいかわからなくなってしまって。仮に楽曲を完成させたとしても、そこからどのような活動をしたらいいのかもわからないから、結局のところ自己満足で終わってしまうなって感じたんです。それだったら9mmというバンドで表現したい音楽を作り、メンバーから曲の感想を聞けたほうが楽しいなってことに気づき……やらなくなりました。極端な話、ライヴができないのであればソロ活動はやらなくてもいいかなって感じで、今ではソロ活動に対する興味がまったくと言っていいほどなくなってしまいましたね。それよりも今はバンドをやりたい気持ちがより一層強くなっています」
この言葉が示すように、滝が今も昔も変わることなく活動の中心に据えているのは、9mmという〈バンド〉だ。その一貫してブレない姿勢は、デビューから20年が経過した現在も変わることはない。今の彼にとって9mm Parabellum Bulletは、どのような存在なのか?と尋ねると、「自分が持てる最大限の力を注ぎ込むことができて、本気で自分のやりたい音楽を表現できる場所」という答えが返ってきた。では、パートナーとして今や人生の半分以上にわたって濃密な時間を共有してきた各メンバーに対する印象は、どんなものだろうかと聞いてみると、このような答えが返ってきたのだった。
「卓郎は、人の話にしっかりと耳を傾けるし、こちらの考えている意図をちゃんと汲んでくれる……とても〈いいヤツ〉です。いつも彼は、私が作る新曲をすごく楽しんでくれているように思います。あと彼の場合、歌詞を書くという面において苦労や悩みがあると思いますけど、卓郎だったらこれまでと同じようにしっかりと乗り越えていくんだろうと思っています。かみじょう(ちひろ/ドラム)は、昔に比べて職人的な魅力が増してきたように思いますね。例えばライヴで、私が勢い余って突っ込みすぎちゃった時でもブレることなくテンポをキープしてくれたり……プレイヤーとしてとてもいい職人感が出てきたように思います。相当練習を重ねてきたことはすぐにわかりましたし、それは彼に対するメンバーからの厚い信頼にも直結しているところだと思います。中村(和彦/ベース)も職人肌のベーシストになってきましたね。最近だととくに、彼が守るべきところでちゃんとボトムを支えてくれるおかげで、私はもっと強気で攻めていくことができていると思います。逆に私がバンドに復帰したばかりであまり派手に動くことができない時などは、中村がバランスを取るような形でめちゃくちゃ頑張ってくれていました。あとは、やっぱり彼のように積極的にハプニングを起こしに行ってくれる存在はとても大事だと思います。そういう人がチームの中にひとりいるだけで、表現に大きな幅が出ますから」