昨年リリースされたEP「若草」、そして新作EP「六花」。ふたつを〈青春二部作〉と謳い、前者では青春の光、後者では影を表現している。だからといって、「六花」が悲しみで彩られているわけではない。むしろ、言葉の端々から仲間と繋がる喜びを感じる曲もある。周りの人と馴染めず、自分だけの世界に閉じ籠もっていたことを公言してきた吉澤嘉代子。しかし、本作の中にいる彼女はそのエピソードと少し距離があり、人を愛する喜びだってわかってる。そんなふうに思いを巡らせつつ行ったインタビュー。そこでわかったのは、青春をテーマに作られた作品ではあるが、今現在の心模様も映し出されているということ。レコード会社のスタッフやミュージシャンといった同世代の仲間と過ごす今は、夢と現に生きて十代を謳歌できなかった彼女にとって、遅れてやってきた青春時代。そんな一日一日は、苦味を伴わず、美しいまま彼女の心に残り続けるはずだ。
(これは『音楽と人』2024年4月号に掲載された記事です)
青春をテーマに作る上で、「光」と「影」に分けたのはどうしてだったんでしょう。
「青春ってやっぱり表裏一体というか、コントラストがすごくはっきりしてるものっていう印象があったんです。それを作品でも表現したいなと思って。いざ光と影に分けて作ると、光の中にも影があるし、影の中にも光があるなってことに気がついたんですけどね」
今回は主に「影」の部分に焦点をあてていますが、吉澤さんが青春時代に体験してきたことと、どう関連しているんですかね。
「ひとつは〈別れ〉ですね。たとえば〈ゆとり〉っていう曲は、私が大学を卒業する時に書いたんです。ずっと学校とか学生っていうものにコンプレックスや恐れを抱いていたんですけど、大学に入って初めてクラスメイトみたいな存在ができて、すごく楽しかったんです」
コンプレックスと恐れはどういう瞬間に感じてきましたか?
「ちゃんと学校に通って卒業してこなかったことはコンプレックスでしたね。……当時はみんなが乗ってるレールに乗れてない子供なんじゃないかって気持ちがあったんです。今、改めて広い視点で考えてみると、全然普通なんですけどね。学校には行かずに勉強している子とかもいっぱいいるし」
そうですね。それぞれのやり方でいいと思います。
「でも、当事者になるとすごくコンプレックスがあって。なので、『学校で何を勉強してるの?』とか聞かれるだけでもすごく嫌でしたね。うまく答えられなかったです」
青春をテーマに制作することで、当時の苦しさや痛みを思い出して、苦しくなってしまう瞬間はありませんでしたか?
「私は作るテーマによってはナイーヴになっちゃうことがあるので、今回はどのぐらい落ち込んじゃうのかなって思ったりもしたんですけど、想像していたよりは大丈夫でしたね。爽やかな痛みって言うと変なんですけど……青唐辛子みたいな感じというか」
ちょっとスッとするような?
「はい(笑)。それに〈影〉の部分に目を向けて作ることは、きっと自分にとって意味のあることなんだろうなって思えたところもあって。なんかこう……この作品を作ることで供養になったらいいなって。それを信じて完成させました」
あと気になったのは、「ゆとり」という曲のタイトルです。やっぱり、ゆとり世代からきてますか?
「そうです。私がZ世代だったら、タイトルは〈Z〉とかになってたかもしれない(笑)」
あははは。ゆとり世代って、私もそうなんですけど、協調性がないとか決めつけられがちですよね。
「確かに(笑)。そうですね」
どちらかというとネガティヴな捉え方をされがちな「ゆとり」という言葉を、あえてタイトルにした理由は何なんでしょう。
「幅広い世代の方に聴いてもらいたいと思って曲は作ってるんですけど、青春をテーマに作ろうって思った時に、自分が今生きてる時代とか、生まれた時代っていうものは盛り込みたいなと思って。それで前回の〈若草〉というEPでも、同世代のミュージシャンたちと一緒にレコーディングやツアーをしたりして」
そうでしたね。ハマ・オカモトさん(OKAMOTO'S/ベース)とか。
「はい。大学を卒業した時にこのタイトルで曲を書いてたんですけど、いろいろな人間が集まる学校っていう場所で、何が自分たちを繋いでいるかっていうと、世代だと思ったんですね。それで〈ゆとり〉ってつけました」
学校って、世代や住んでいる地域とかによって、いろんな人たちがひとつの場所に集められるじゃないですか。
「はい」
そこで過ごしていくことも大変だけど、社会に出ればその時と比じゃないくらい、いろんな人に出会いますよね。世代だってバラバラだし。それでも吉澤さんが日常に立ち向かえているのはどうしてだと思いますか?
「今の環境が大きいと思うんですよね。大好きな人たちとしか仕事しなくてもいい、みたいな環境というか――ミュージシャンもスタッフも。それもどうなんだろうねっていうことを、最近友達と話したりするんですけど」
このままでいいのか、って?
「そうです。この前はDJ松永くん(Creepy Nuts)と話してて。たとえば自分が嫌だなって思うことがあって、それが仕事に影響するなら、環境を整えてもらうことができてしまう立場ではあるので。自分にストレスを与える人がいなくなってしまうというか。それはそれで『これでいいのかな?』みたいな話になって。職業柄特殊かもしれないんですけど、みんなはもっと〈あの人嫌だな〉とか思ったり、ストレスを抱えながらお仕事されてると思うんです。ストレスもある程度は大切だと思うんですけどね。今は締め切りっていう形とかで与えてもらってるので、まだいいんですけど……」
正直、今のお話は意外でした。
「あ、本当ですか?」
吉澤さんのインスタとか拝見してると、すごく今を謳歌してる感じがして。節分の日には、レコード会社の人と鬼のお面つけて豆まきをやったり。
「あはは。やってました(笑)」
でもその渦中にいる方が、このままでいいのか?って葛藤を抱く瞬間もあったという。
「今の環境にいられることはもちろん嬉しいし、幸せだし、これがずっと続けばいいなと思ってるんですけどね。ただ、本当に幸せすぎて大丈夫なのかなって……すごく贅沢な話をしてると思うんですけど」
幸せすぎて悩んでしまうんですね。
「そう。〈幸せすぎて、こんなにいい環境で甘えてていいのか?〉って。今はご褒美タイムみたいな時間です。今までも楽しかったんですよ。事務所を移籍したタイミングで私が〈今が人生で一番楽しいです〉って書いちゃったから、『今までは辛かったの?』って言われたりしたんですけど(笑)。自分が作りたいものを本当に自由に作らせてもらったっていう感覚もありますし。でも、それと同じぐらい辛いことももちろんあって。これから、楽しいことも、辛いことも苦しいこともあると思うんですけど、それでも今が一番青春だよねって思える人生を送りたいです。あとは自分より下の世代にも伝えたいんですよね。〈大人になればなるほど楽しいよ〉って」
そう思えるの、すごく素敵じゃないですか。
「ふふふ。それが大人の仕事だなと思ってて。どんなに適当に生きてても、ダメな生活しててもいいから、楽しそうにしてるっていうことがすごく大事だと思うんですよね。13歳くらいの頃に保健室登校をしていて、その時に保健室の先生が『大人は個性的じゃなきゃ』ってよく言ってて。〈大人は子供のお手本にならなきゃとか、ちゃんとしなきゃとかじゃないんだ〉って思ってすごく心に残ったんです。今思うと、個性的っていうのは楽しく生きていくこととか、自分の個性を楽しむことなんじゃないかなって。だから私も楽しそうにしていたいですね」