もし全力で青春を謳歌できるような子供時代を送ってたら、たぶん歌なんて作らないと思う
20年くらいの時を経て、その言葉の意味を自分なりに理解できたことも、大人として若い世代に何かを伝えたいって思えるようになったことも、過去の吉澤さんを思い返すと感慨深くないですか?
「確かに。私、17歳で死ぬと思ってたので」
どうしてですか?
「うーん……母にも『〈そんなに長生きしないのかな、どっか行っちゃうんじゃないか〉って思ってずっと不安だった』って言われたことがあって。そういう危うさが子供の頃はあったみたいで」
心ここに在らずというか、そういう内面的な部分が滲み出ていたんでしょうか。
「そうですね。この現実に向き合えていなかったんだと思います。夢と現を行き来して、それでやっと生きていけるみたいな。なので、今はこの仕事ができていて本当に良かったなって思います。その時間が、曲とか、今の自分が作るものの基になってるなって思いますし。もし全力で青春を謳歌できるような子供時代を送ってたら、たぶん歌なんて作らないと思うし、必要なかったと思うんですけど。自分がこれでやっと世の中と繋がれるって思い込めたのが、曲を作って唄うことだったので。当時は何にもならない時間を過ごしちゃってるなっていう焦燥感ばかりだったんですけど、それが今では一切の無駄なく曲作りに繋がってるなと思って。そう考えるとラッキーでしたね」
過去を前向きに捉えられるようになって良かったですよね。「みどりの月」に〈下を向いて蟻の行列を数えた/連れだってきっと私もそんな感じ/色や形や名前に誤魔化されてる/気づかない方がまだマシ〉という歌詞がありますけど、この歌詞から漂う悲しさみたいなものを抱いたままだったら、きっとそうは思えなかったんじゃないかなと。
「そうですね。この曲を書いたのは19歳の頃なんですけど、大学生でオーディションを受けて、それがデビューへのきっかけになっていったんです。それから初めて社会の洗礼を受けました」
大人と関わる機会が急に増えましたよね。
「はい。あの人たちはこう言ってるとか、この人たちはこう言ってるとか。あとは、自分が作った宝物のような曲に手を入れられたり……商品になるものなので、さまざまなプロフェッショナルの手に渡っていくのは当然なんですけどね。当時はそれがもう耐えられなくて、作った曲を渡せなくなったこともありました。それまでは、ミュージシャンって誰ともコミュニケーションをとらなくていいって勘違いしてたんです」
好きなように曲を作って、それをそのまま世に出せると。
「実際は違ったし、自分がしたいようにするためには、人への伝え方がすごく重要だってわかったんです。当時は伝え方がすごく歪だったので、人とよく衝突してましたね」
青春時代に人と向き合うことを避けると、社会に出た時に苦労しますよね。上手な気持ちの伝え方がわからないし、思いを伝えるにも匙加減が下手で、いつだって直球!みたいな感じになる。
「そう、わかんなかったんですよね。いきなりブチギレちゃったり、泣いて帰っちゃうこともあって、まあ迷惑をかけましたね。メールで〈おたんこなす!〉って送ったりして(笑)」
それだけ聞くと可愛いく感じますけど(笑)。
「あははは。当時は本当に礼儀がなってなかったので……メールで〈お疲れさまです〉とか〈お世話になっております〉とかも書けなかったし、できた曲をそのまま添付して、本文や件名なしで送りつけてたんですよ。そしたら〈本文なしで送るのはどうなの?〉みたいに怒られて。もう、うわー!ってなって、〈◯◯さんのおたんこなす!〉みたいなのを送っちゃったり」
今の吉澤さんからは想像できない(笑)。でも、自分のすべてを曲に込めているからこそ、他の人の言葉とか簡単に受け入れられなかったと思うんですよね。
「そうですね。曲は自分にとってすべてだし、大切なものに口出しされると、聖域を侵されてる気持ちになっちゃって。〈私の作るものが完全なもの〉っていうふうに思ってたので、少しも指摘されたくないって思いがありました。でも、その数年間で相当いろいろなことを教えてもらって。それは今曲を作る時の基礎にもなってますし、大事な時間だったんですよね。曲作りも、ひとつひとつの言葉を直すっていう感覚がまったくなくて、自然と生まれたものが正解だと思ってました。それがひとつの正解ではあると思うんですけど、今の自分の曲作りの仕方は、ひとつひとつの言葉を吟味して選ぶやり方で。そうなれたのは、デビュー前後に教えてもらった作詞の仕方が大きいんです。制作の仕方だけじゃなくて、人との接し方も何が失礼になるかとか、そういうのってやっぱり人と関わって教えてもらわないとわからないんですよね」
そうですね。大人になって、〈あれって大切だったんだな〉って後々気づくものは多いですよね。
「そうなんですよね」
それこそ「ゆとり」の中で、〈意味のない時間が どれくらいに価値のあるものだったのか/今ならわかるのに〉という歌詞があって。デビュー当初の経験だったり、吉澤さんにとっての仲間が増えた今だからこそ、こういうふうに思えるんじゃないかなって……あ、でもこの曲を書かれたのは学生時代でしたね。
「いや、実はこの部分だけ最近書いたんですよ。最後の最後に付け足して。当時は同級生よりも自分のほうが少し先に社会に出てるような感覚があって、事務所に所属して大人たちとやり取りしていたので、ダラダラとみんなで放課後を過ごしていると、なんだろうな……って思うこともあったんですよね(笑)。だけど、それって今はなかなか手に入らないものであって。今ならすごく大切な時間だってわかるのに」
そう思えるからこそ、この歌詞が書けたんですよね。逆に、たとえば今も青春に対して恐れを感じたり、人とわかりあえない孤独感に苛まれていたら、他の人たちがキャッキャしてる何気ない時間に対して、ひねくれた感情を抱く可能性もあったと思うんですよ。
「そうですね……今、〈何気ない時間〉にすれば良かったって思いました」
いや、これで正解です(笑)。
「〈意味のない時間〉ってすごく厳しい言葉だな(笑)」
でも、自分の青春時代を思い返しても、話の内容とか鮮明には思い出せないです。中身がなかったんだろうな(笑)。
「中身(笑)。そうですね。なんか……何にもならないことに意味があるというか、そういう季節を過ごしてたのになって、今なら思えるんですけどね」
文=宇佐美裕世
撮影=池野詩織
ヘアメイク=扇本尚幸
スタイリング=マルコ マキ
NEW EP「六花」
2024.03.20 RELEASE
■初回限定盤(CD+Blu-ray)
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〈CD〉 ※全形態共通
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2021年3月24日(水) 昭和女子大学 人見記念講堂
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