時速36kmの楽曲はすごく優しい。とくに、仲川慎之介(ヴォーカル&ギター)が作る楽曲は、ろうそくの火を吹き消すような柔和な風で、日常ににじむ悲しみや切なさを掬い上げてくれる。そして、歪んだギター、筋張って叫ぶような歌声、そのすべてが胸に強く迫ってくるのだ。7曲入りのミニアルバム『狂おしいほど透明な日々に』も、背中を叩いて叱咤激励するわけでも、俺はなんでこんなにダメなんだと自暴自棄になるわけでもない。ただ、不幸がちょっとでも減って日々が続いていけばいい。ある意味そんな〈普通〉の感覚が描かれている。仲川はインタビューの最中に、顔を歪ませながら何度も自分のことを〈普通〉と言った。しかしそれは彼の個性であり特徴だ。だって天才や特別には唄えない歌を唄えるのだから。彼が作る音楽は、同じような思いを抱えている人に寄り添い、その心に強く響くものになるはずだ。
(これは『音楽と人』2023年10月号に掲載された記事です)
ずっと気になってたことがあるんですが。
「えっ。な、なんですか……?」
時速の写真って、慎之介くんの顔がちゃんと見えないものが多いんですけど、あれは意図的ですか?
「あー、髪の毛で顔隠れてたりしますかね? べつに見せないようにしようっていう方針があるわけではないんですけれど、まあまあ照れくさいのかな(笑)」
写真を撮られるのが苦手?
「そんなことはないです。でもカッコつけるのはめっちゃ苦手っていうのがあって。いや、そうなんですよね……アー写とかってカッコいい表情でみんな撮ってるじゃないですか。ああいうのが照れくさいんです。だから候補の写真が何個かあったとしても、自分の顔がヒットしてないものを選びがちというか。まあね、それ以外でもカッコつけたりしてるのを人に見られてるって思うと恥ずかしくなってしまうんですけど(笑)」
じゃあステージの真ん中に立って大勢の人の前で唄ってることについては?
「そこは、そうですね……唄ってる時ってカッコつけてるっていうよりは、ただ一生懸命やっているだけなんで、それはまったく恥ずかしがるところではないというか。歌とかMCで喋る時に照れることはあんまりないんですけど……唄っている以外は、あんまり自分に自信がないのかなっていうのがあります」
自信がない。
「ステージのうえだったら一生懸命やってれば何してたっていいでしょって思うけど、そうじゃなくなったら〈俺、なにカッコつけてんの。恥っ!〉みたいになるというか」
ああ、急に冷静になっちゃうと。そういう恥ずかしさって昔からですか。
「小学生くらいからそうだったかもしれないですね。ちょっといじめられてたというか、その時にかなり否定的な言葉を投げつけられたのが原因だったのかな。今思うと。例えば、合唱祭でちゃんと唄ってると『うわっ、ちゃんと唄ってるわ!』って言われたり、体育でちゃんと走ってても笑われたりして」
ああ、なるほど。
「そういうのがあって、どっかで一線引く癖がついちゃったというか。俺そんなちゃんとやってないけど?っていうふうにしとかないとバカにされるんじゃないか、みたいな気持ちがけっこうあって。音楽の中ではだいぶなくなったし、この先もっとなくなっていけばいいなとは思ってるんですけど」
どっかにしこりのように残っていると。
「そうですね。でも今は……ほらこれとか! 襟足に金色入れてるんですよ! こんなのちょっと前じゃ恥ずかしくてできなかった。〈あいつ、金色入れてんじゃん(笑)〉とか思われるだろうなっていうのがあったから」
ははははは。誰も言わないでしょう。
「ていうか、自分の中の俺がそう思うようになっちゃってる。〈俺ごときが何をやってるの〉って自分の中から声が聞こえてくるんですよ……」
「かげろう」っていう曲で〈本当は凡人なのによ〉って唄ってますけど、自分に対して否定的というか、特別じゃない、普通のやつだっていう感覚が強くありますか?
「そうですね。特別だって思ったことは……ないって言ったら嘘ですけど、思ったことがあるのも人並みというか。誰だって思うじゃないですか、何回かは。自分すごいんじゃないかとか。そんなことはたまに思うけど、なんか、そう思ってしまう瞬間すらも凡人だなって」
考え方すら平凡だと。
「普通のつまらないやつだっていうのはかなり思います」
周りにいるバンド仲間には強烈なフロントマンもいたりするじゃないですか。そういう人たちを見て何か思いますか?
「うーん……劣等感っていうのもなくはないですけど、そんなに強くもないというか。俺の周り――例えばカワノ(CRYAMY)とかヤマトさん(ヤマトパンクス/PK shampoo)とか、ムチャクチャだなって思う部分がいっぱいあるけど、そういうのがない俺ってもしかして実はムチャクチャなのかな、って思ったり。強烈な人が多いからこそ、俺みたいな普通の人ってそんなにいないし、裏返って俺は普通じゃないんじゃないか?みたいな思考になっていて(笑)」
自分はむしろ異端だと。最初からそう思えてました?
「そうですね。曲を作り始めたのが高校の頃で、その時はそこまで競争意識とか劣等感を味わうようなこともなかったから、それがよかったのかもしれないです。曲を作り始めた最初が、自分のためでしかなかったから。で、そのままバンドを始めて、それからも曲を作る動機が自分のためであることも変わりがないので」
なるほど。自分のために曲を作り始めた当時って、どんな状況だったんですか?
「高校にあんまり居場所がないというか、けっこう息苦しいように感じてて。ありていですが、音楽が逃げ場で。休み時間に友達と弁当食べながらニコニコふざけあったりしてるけど、それは本心からのやつじゃないというか。いじられながら、〈こんなこと言われたいわけじゃないのに……〉ってニコニコしてて。そうしないと会話が進まないし」
顔は笑ってるけど心の中では全然笑えてなかったと。
「はい。そういうのから逃げるためにトイレで音楽聴きながら弁当食べるっていうのも1週間に何回かあって。そこから自分で曲を作りたくなったのはなんでなんだろう……趣味が高じてみたいなことだったりするとは思うんですけど」