ずっと自分の生活を差し置いてでもやるべきことが音楽だったけど、生まれて初めて自分のために音楽をやってる
〈波と波のはざまで/ぼくたちはマーブル模様〉〈よせて返して 今日が満ちる〉と唄われる「Marble」しかり、アルバムのオープニングを飾る「Change」の〈the colors of the sea are ever changing, you know?〉というフレーズ。またインストナンバーの「Moment」にサンプリングされた波の音など、徳島の海を感じさせる楽曲が今回多いのも、彼女の生活と地続きのところにこの作品が生まれたことを感じさせるものとなった。そしてもうひとつ、彼女の徳島での暮らしを感じさせる歌がある。それは、OLUYOがある一角とは川を挟んで、反対側のエリアにあるセレクトショップの店名を冠した「after clap」というナンバーだ。
「オーナーさんとは、2016年にOLUYOを始めてちょっとしてから仲良くなったんですけど、このお店を通して、出会いが広がって友達が増えたし、〈誰でもいいから入っておいで〉って歌詞の通り、すごくウェルカムで、めっちゃ心地いい場所で。〈afterclap〉って名前がいいなって思ってたから。これを仮タイトルにして、このお店の楽しい雰囲気が伝わるような曲ができたらいいなって思って。ただまだこれを作りはじめた頃は、歌に関して迷いがあったから、最初はインストのつもりで作ってたんですけどね」
チープなシンセの音と軽快なリズムが踊るトラックにポエトリーリーディング調の歌が楽しげな雰囲気を運んでくる。そんな曲のテーマとなったお店「afterclap」に、撮影を兼ねて案内してくれたのだが、この場所に店を開いて20年以上という店主と彼女のやりとりは、さながら仲の良い兄貴と妹といった感じだ。ケラケラと屈託なく笑う彼女の横顔を見ながら、「Heart Beats」を初めて聴いた時にも感じた、ナチュラルで伸びやかな雰囲気は、こういった徳島で出会った人たちからもたらされたものでもあるんだろうなと思った。東京暮らしの中で知らず知らずのうちに着込んでいた鎧を脱ぎ、いろんなものから解放され、軽やかさを纏う福岡晃子という人がそこにいる。徳島に移住したことは、彼女にとって本当によかったことだったんだなぁと改めて思ったのだった。
「それ、チャット時代のディレクターからも言われました(笑)。〈Heart Beats〉を発表してすぐに連絡来て、『徳島移住してよかったね』って。こっちに住み始めて気づいたことではあるんやけど、自分にとって東京は、つねに何か新しいことを提示したり、つねに走り続けてないといる意味がない場所だ、ってどっかでずっと思ってたんですよね。元々チャットモンチーありきで上京してるっていうのもあるんやけど、つねに何かと勝負してる、謎の敵と戦ってるみたいな感じがあって。ただ、やっぱ学生の頃は、〈ここ(徳島)は何もねぇ〉って思ってたし、自分の夢を叶えるために東京に行ったのもあったから、コロナ禍前までは、自分が徳島で音楽をやるイメージはまったくなかったんですよ。なんて言ったらいいんかな……たぶん、東京であかんくなったから徳島に肩落として帰ったみたいに思われるのが嫌だったんでしょうね。でもそれって、ほんと自分の意識次第というか。東京より、だいぶ自然が多いだけでしかなくて、音楽はどこで暮らしてたってできるわけじゃないですか。だからほんと今考えると、相当視野が狭い考えをしてたなって思います」
徳島で暮らし、素のままの自分で、肩肘張らずに作った音楽が収められたアルバム『AMIYAMUMA』。タイトルは、彼女の子供が生まれて初めて発した、言葉らしき言葉であり、自分にとって生まれて初めてのソロ音源であるから、この言葉をつけたのだという。
「ずっと自分の生活を差し置いてでもやるべきことが音楽だったんですよね。でもそれが、必要に迫られない、出したかったら出せる状態になって……なんとなくの流れで、ソロの音源を作ろうって思ったんだけど、いざ取り組み始めたら、本当のところ自分がやりたいことなのか?とか、〈音楽って何?〉ってところまで考えた3年間があって。でも、このアルバムを作っていく中で、自分のために音楽をやってるんだって感覚に生まれて初めてなれたというか。そういえば、こないだ近所のヒップホップ好きな10代の男の子に『どういう気持ちで曲作ってるん?』っていきなり聞かれたんですよ(笑)。その子のお母さんがめっちゃ料理が上手なんで、それも頭にあったんだろうけど、『お母さんが料理してるみたいな感じ。あれとこれが家にあるから、これ作ろうみたいな感覚とそんなに変わらんし、生活の一部で作ってる感じかな』って自然と言ってて。だから今は、音楽を作ることは自分のすべてであり、同時に取り立てて特別なものでもない。もはや生活の一部、人生の一部として音楽があるんだなって思います」
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インタビューを終え、お互い昼食がまだだということで、同じビルの2階にある喫茶店で遅めのランチをすることに。「ここ、OLUYOの食堂なんです(笑)」と、店の常連である福岡オススメのオムライスは、この日残念ながら終わってしまっていたので、店名が子供を意味するフランス語であることにちなんで、クロックムッシュを注文(ちなみに福岡は、フレンチトースト)。同じビルに店を構える、コーヒー焙煎人の方のことや(その人と福岡は、以前『徳島のほんと』というガイド書籍を一緒に刊行している)、知り合いを介して繋がったクラフトビールの醸造所とのコラボ話が進んでいることなど、食事をしながらいろいろと話してくれた。目の前に座る、彼女の生き生きとした表情を見ながら、誰かと一緒にワクワクすること、楽しいと思えるものを生み出していくこと。それが何よりも彼女の喜びであり、創作意欲を掻き立てるものになってもいるのだろうなと思ったのだった。
取材の4日後。生まれて初めてのソロアルバムの楽曲たちを、お客さんの前で披露する彼女がOLUYOにいた。リリースパーティーとして行われた初のソロライヴを、私は東京でPCの画面越しに観させてもらった。やや緊張しながらも、今回の音源(と同時発売のZINE)の制作にまつわる事務的作業(資料作成、プレス工場とのやりとり、店舗へのカセットの発送etc…)もすべて自分ひとりでやっていることや、それぞれの楽曲に込めた思いやエピソードなどを語りながら、ラップトップとベースで丁寧に歌を届けていったのだった。
先のインタビューで「人の支えとか、徳島に住むようになってからのいろんなこと。そういうものの集大成が、この作品でもあるんかなって思います」とも話していたが、ナチュラルで心地よい温もりが伝わってくる、彩り豊かな7曲が収められたファースト・ソロアルバムがようやく世に出た。OLUYOのライヴでは、ゆくゆくはアルバムを携えてのツアーをやろうと思っているとも話していた彼女。ソロアーティストとしての一歩を踏み出したaccobinの音楽の鼓動を、直に感じることができる日が、今から待ち遠しくてならない。
文=平林道子
写真=weathershop
accobin「Moment JOCKRIC ver.」MV
『AMIYAMUMA』収録曲「Moment」のMVシリーズ企画スタート! 「徳島を知るにはまず人から」というテーマの元、職人やアーティストなど様々な「徳島人」を起用した映像を発表していきます。第一弾は、リサイクル資源を利用した作品の考案など、独自のスタイルで「しごと着」を制作するクラフトマン “JOCKRIC”を起用した「Moment JOCKRIC ver.」。今後も定期的に公開されていくので、要チェックです。
FIRST ALBUM『AMIYAMUMA』
2023.05.21 RELEASE
デジタル&カセットテープ ※カセットのみ完全生産限定
01 Change
02 after clap
03 Marble
04 Moment
05 ジャムと納豆
06 New Rain
07 Heart Beats