また「引退します」とか言い出すかも。例えば大事件が起こって、音楽やってる状況じゃなくなったり
じゃあ今の吉井さんはそういう被害者意識やコンプレックスをどのくらい克服できてると思いますか。
「今ですか? いや、べつに大してできてないですけど。そんな簡単には変われないですよ(笑)、人間の本質は。でも……それを肯定したっていうのは、すごく重要だと思う」
日常的にそれが起き上がってくる時もある?
「うーん…………(思案)……」
(笑)なんかアヒル口になってますけど。
「……いや、やっぱ全国ネットの歌番組に、ねぇ? いろんな若い方たちと一緒に出るっていうと、いいのかなあ?と思ったりするんですよね。〈こんなオッサンがべつに出てく必要あんのかなあ?〉とか。やっぱそういうことは思います。そこはもうインディアンの長老の気分ですからね」
インディアンの長老?
「自らいなくなる!(笑)。命を絶ったり。食糧減るから。『もうワシはさんざんいい思いしたから君らどうぞ』っていう」
若さに対して、そんな気持ちもあるんですか。
「気持ちはあります(笑)。でもね、もしかしたら、50とか超えて、もっともっと老人になってきたら、また変わると思いますけどね。逆に。もっと派手な格好をするかもしれないし、もっと出ていきたがると思うし。今いっちばん中途半端に実は感じてもいるんですよね、それを。人としては。まあ一番脂が乗ってるといえばそうなんでしょうけど、まだ枯れきってないし、〈やっと若い時の気分は抜けたな〉ぐらいの時期……なんです、僕は。(内田)裕也さんぐらいのルックスになったら、たぶん……女装とかもしちゃうかな?みたいな(笑)」
女装!?
「裕也さん、こないだ女装してて(笑)。ビックリした! テレビ番組で。爆笑したよ!(笑)」
そこまで突き抜けられたら、と。
「僕、いまムリだもん! 女装とか! でも70ぐらいになったら、してみたいかもしれない。〈老婆になってみようかな〉とか。カウンターカルチャーって言ってたけど、裕也さんは」
今は入れ替わっている時期なんですか。
「まあ、やっと……ほんとに、いろんな意味で煩悩が整理されて。2年前ぐらいに。ほとに『VOLT』ぐらいから今のスタンスになりだしたと思うんですよね。だから……まあ逃げ道の言葉かもしれないけど、ブルースっていうのがすごく自分にとってはありがち。テクニックじゃないし、とにかく……〈もっと違うところでしょ〉っていう。優れたブルースマンは」
うん、そうですね。それから「VS」の〈まだ勝敗はわからない〉というテーマ性が引っかかります。人生の勝ちとか負けって単純に決められるものじゃないと思うんですけど――。
「ああ~……あの……どんな歌詞だっけ?(笑)」
あ、どうぞ(歌詞カードを渡す)。
「(読み返す)……ああ……ああ。勝敗っていうのは、僕の中で〈どれだけ続けられるか〉っていうことだったんですよ」
あ、そうなんですか?
「うん。だから……今までの音楽の人生の中で、いろんな勝敗があったんですよね。それはたとえば……人気の部分なのか、技術の部分なのか、先駆け的な部分なのか……〈俺、あいつに勝った!〉みたいな。そういうことを若い時はよく言ってたと思うんです。でもそうじゃなくて……まあ死ぬまでが戦いだとすれば、やっぱりそれをどれだけまっとうできるかが、自分にとっての勝敗なんですよね。だから……その場合、負けは何かというと、やっぱり、このまま何もせずに終わってってしまうっていう。うまく言えないけど……たとえば再来年また『引退します』とか言い出すかもしれないじゃない? なんか大事件が起こって」
また不穏なこと言いますね。たとえばの話で。
「たとえばの話で、音楽なんかやってる状況じゃなくなるかもしれない。ま、これまたネガティヴ・シンキングなんだけど(笑)。だから、まだ勝敗はわからない!」
ああ、なるほど。そこで終わったら、負けちゃったことになるかもしれないと。
「うん。というか、これ、僕のことじゃなくて、ほんとに若い方たちに向けて唄ってるので」
あ、そうなんですね。じゃあこの歌詞の中の〈昔の自分に戻りたい〉というのは?
「……昔はありましたね、ちょっと前は。たまによぎったこと、あります。〈あん時、やめなきゃ良かったなあ〉とか……イエローモンキーじゃないですよ、べつに」
そうですか?
「うん、そういうのじゃなくて、人として……。でももう今は、まったくそう思わない」
で、今は続けていこうという意志が強くあるということですよね。
「そうですね。というか、まだまだ……ちょっと余談ですけど、こないだチャボさん(仲井戸麗市)のイベントがあって。チャボさんは60歳で……ものっすごいカッコいいわけですよね! で、まだ僕は16年? か……何年だ、60歳って。16年か?」
マネージャー「あと16年です」
「うん、〈ここまで頑張んないとな、まず!〉って。でもチャボさんはイエローモンキーを初めて(新宿)パワーステーションで観てくれた時に、すげえ新しい奴が出てきて、って言ってくれたんですよ。ビックリしたって。で、ある意味それって……チャボさん言うんですよ、ジョークで『お前、俺のことバカにしてんだろ?』みたいに。やっぱ、つねにそういうとこ、センシティヴな人で。チャボさんも、葛藤してたはずなんですよね、新しい波とかカルチャーとか。で、自分もそういう時期あったし……。だから今の若い、イケイケの子たちも、必ずそういう時が来るから。〈その時に負けたって思うんじゃねえぞ〉っていうふうなことも……〈とにかく続けようぜ!〉ってことが言いたかったんですよね」
うん。今はそういう気持ちなんですね。
「さらに言ったら、80のB.B.キングがいますからね! でも、それまでには、平平凡凡じゃ絶対に過ぎるわけないし。病気とかね、いろんなことあるけど、まだ勝敗はわかんないけど、けど続ける。今の自分が最高だ、ってことが唄いたかった。それにやっと気づいたぜ、っていう」
うーん。そこは〈下の世代がいる〉ということへの意識が吉井さんに芽生えてるわけですね。
「たぶん、そうです。そうかもしれないですね。ちょっと兄さん気分で書いたかも(笑)」
では今は、とりあえず勝ててはいると。
「自分には勝ってますね」
ですよね。それも〈聴いてる人に何かを与えなきゃ〉っていう使命感みたいな気温地があるからという気がします。
「うん、そうでしょうね。やっぱり、何かしらの……聴き終わったあとに無言になって何か考える、っていうのが名曲だと思うんで。やっぱり、そういうのは目指していきたいですよね。さらに」
はい。それから「MUSIC」の〈どんな時も傷に染み込む/音楽があってよかったな〉というフレーズは、たぶん吉井さんの実感だと思うんですけど。そういう瞬間って多いですか?
「多いですね。ほんとに……四方八方ふさがれた時期もありましたし。たしかに、ほんっとに〈うわ、今はもうダメだ!〉っていう時は、音楽は耳に入ってこないですけど。少し回復した時に入ってくる音楽って、ある……あったんでしょうね。で、すぐにその曲に助けてはもらえないですけど。でも…………何でしょうね? うん、優しく撫でてくれるような音楽もありましたからね」
自分のキズを?
「キズであったりを。カーペンターズとか!(笑)」
で、自分もそんな歌を唄おうという心境に?
「ま、実際、自分も音楽に対して、そうやって慰められてる時もあったし。やっぱ最近いろんなファンの方とかが『どんだけ吉井和哉の曲に救われたか』って言ってくれるので。〈音楽があって良かったね、俺たち〉っていう。これもちょっと似たスタンスかもしれないですね、〈VS〉と」
救われた、か。ありますよね、そういうの。
「まあビートルズの〈ヘルプ!〉もそうですけど。あん時はまだ失恋っていうレベルでしたけどね。中学生の時に」
失恋の思いを救ってもらった?
「そうですね、救ってもらったわけじゃないけど……ま、その時は、さらにその感情をヒートアップさせてくれたんです。で、酔いしれられる、みたいな。〈いま俺、失恋してる! 最高!〉みたいな(笑)……青木さん、失恋したこと、ある?」
ありますよ! ……突然来たなあ(笑)。
「ありますか? その時、何聴きました?」
んーと……遠距離恋愛してたけど別れることになって、その別れ話をしに行く新幹線の中ではトレイシー・チャップマンを聴いてましたね。「ファスト・カー」という、お互いのスピードが変わってしまった、と言う曲を。
「ああ~、いい話だなあ! ねえ?」
いい話かなあ(笑)。
「あるじゃないですか! やっぱ人それぞれ、そういうのが! ……そうなんですよね。また詞の内容も、そういう、洋楽とかだと、よくわかんないのにリンクしてる場合があるんですよね」
ですよね。吉井さんは?
「僕、〈バイ・ユア・サイド〉がデカかったな。シャーデーの。二股かけられている時があって……」
えっ、ほんとに?
「うん。で、〈バイ・ユア・サイド〉を、その娘が好きで。すっごい、その歌が入ってきて……タイトルが、もうそうでしょ? By your side!」
〈あなたのそばに〉(笑)。
「はははは! ちょっと、あなた寄り?」
はあー! 痛い話だなあ。
「そうそうそう。ロバータ・フラックの……セカンドか。あれも聴いたなあ、失恋の時に」
吉井さんもそうして失恋してるんですね。
「うん……とにかく音楽って、そうやって、ねえ? 寄り添ってくれますよね。で、逆に自分は今まで、わりと自分のことを唄ってきた歌が多いんですよね。で、それに共感してくれる人が乗っかってた。だからほんとはヒーセのモジャモジャヘアーが原因ではなくて――」
ははははは!
「僕のそういう歌の世界が、やっぱり限定していたと思う(笑)。でも、その時の自分の魅力ってのもわかってますから、それを踏まえた上で今回〈LOVE & PEACE〉や〈FLOWER〉とか外向きの曲ができたのは、また次へのヒントだし。今度は逆に、もっともっとシンプルな恋愛の歌が作れるかもしれない。そういう、シンプルなんだけれども、奥にはものすごいものが詰まってる曲が作れそうな気が今していて。で、『The Apples』ってタイトルは〈宇宙一周旅行〉(09年の全国ツアー)が終わって、また人類創世が始まったなって気持ちだったから、だいぶ前につけたもので、それでこのアルバムを作った気持ちでいたんですけど。実際はこれを作り終えて、やっと今リンゴが1個木になったっていう気持ちのほうが強いんですよ。だから……精算したのかもしれない。ルーツを。1回、全部自分の手でね。こっからその林檎が誰かにもぎ取られるのか、デカくなるのか。あと、それを誰が食べるのか、どうなるのか、わかんないけど、また自分のストーリーは始まるんだという気持ちです」
そうですか。ほんと、いろいろあって、今の吉井さんがここにいる……という感じですね。
「そうですね。青木さんもね、その時別れてなかったら、ここにいないかもしれないですよね? やっぱ人の運命なんて、そういうふうにできてますよね。人の運命ほど歌がある!」
(笑)ですね。じゃあ「HIGHT & LOW」で〈明日は明るい〉という言葉がありますが、自分の未来像とか、想像します?
「いやぁもう物欲というものも、そんなに……ないし。地位的な、名誉も、べつにそんなに要らないし。楽しくツアーして、釣りして、おいしいもの、たまに食べれて……それでいいなぁと思いますね。でも最後には『ありがとう』って君に伝えたいっていう……ことじゃないですかね?」
うん。いや、僕にとっても吉井さんの歌は年々かけがえのないものになっていってるんですよ。
「ああ、ほんとですか? それはありがたい。そういう人のために唄っていきたいですね!」
ありがとうございます(笑)。で、そういう人がもっと増えたらいいなと思います。
「そう。だから自分ももっとレベルアップしないといけないなと思いますね。レベルアップというか、その、もっと深い歌をね。チャラチャラしてる場合じゃない! ……時もあるんだって」
場合じゃない時もある。ということは、チャラチャラしてる時も……?
「うん。チャラチャラしてる時も、ある(笑)」
文=青木優
写真=腰塚光晃
吉井和哉
ALBUM『The Apples』
2011.04.13 RELEASE
01 THE APPLES
02 ACIDWOMAN
03 VS
04 おじぎ草
05 イースター
06 CHAO CHAO
07 ロンサムジョージ
08 MUSIC
09 クランベリー
10 GOODBYE LONELY
11 LOVE & PEACE
12 プリーズ プリーズ プリーズ
13 HIGH & LOW
14 FLOWER
https://www.yoshiikazuya.com/discography/detail/16/
〈ソロデビュー20周年記念 NEWS!〉
■吉井和哉展「二◎」(ニジュウマル)リリース決定!
収録曲、ジャケット写真が公開されました。詳細はオフィシャルサイトをチェック。
■吉井和哉展「二◎」(ニジュウマル)が東京ガーデンシアターにて開催!
ソロデビュー20年の前日9月30日と当日10月1日の2日間にわたる大規模展覧会。