2023年にソロデビュー20周年を迎える吉井和哉。ここでは『吉井和哉20th × 音楽と人』と題して、『音楽と人』の過去のアルバム記事を特別公開していきます。今回は“吉井和哉”として一作目となる『39108』のインタビューを公開。
(これは『音楽と人』2006年11月号に掲載された記事です)
この度リリースされた“吉井和哉”として初のアルバム、『39108』。
このアルバムは、そのタイトル通りに、YOSHII LOVINSON時代を含めての彼の30代のまさに集大成と言えるアルバムである。このアルバムにおける吉井和哉は、今夏、日本各地のロックフェスに登場し吹っ切れた笑顔でロックしていた彼にとても近いけれども、少しだけ違う。そして、YOSHII LOVINSONとして苦しい自己探求の独り旅に出ていた彼とは違うのだけれども、少し近くもあるのだ。
そんなアルバムは、どんな色のアルバムだと言えるのだろうか。“ブラック”・ホールでもなく、“ホワイト”・ルームでもない。そんな感じだ。たとえば夜から朝へのあいだ――なんとも言えないあの美しい空の色――なんだか夜明けみたいなアルバムだ。そう、そういえば、今作の歌詞の中で、吉井は空を見ていることがとても多い。そして、LOVINSON時代にあれだけあった「死」という文字は、もう出ていない。
ともあれ、今の吉井和哉は夏フェスのモードのままである。このインタビューでも実によく冗談を言い、実によく笑った。しかしそこで誰もが思うだろう。何が彼をそうさせたのだろうか? 彼は「空から稲妻に打たれたんだよ」と言って笑う。では稲妻、とは?
彼はこう唄う。「108つの欲望をつぶしてきたけど/まだまだ消えない」(“I WANT YOU I NEED YOU”)。
そして彼はこうも言う。「煩悩に、ありがとう」。
吉井和哉は自らの煩悩を受け入れることで、自らが抱える屈託を吹っ切って、身軽になってみせたのだ。それならば、と思う。もっと煩悩を抱えてほしい。そしてもっと幸せでもっと美しい「40108」以降をエンジョイしてほしい。
それが、さらなる素晴らしい曲というかたちで我々の前にまた現れることを願いたいと思う。
今日の撮影はいかがでしたか。
「楽しかったです。あのー……すごく落ち着くお寺で、うん。なんかリラックスできたなって。空気の流れがすごくいいお寺で、気持ち良く撮影してもらったというか(笑)」
お寺の思い出って、あります?
「お寺、しょっちゅう行ってたんで。父親が、ほら、早くに亡くなってるから、比較的お寺に行って拝んだりすることがあって。ノー宗教ですけどね。で……お寺やっぱ、昔から好きでしたね。キレイだし、装飾品とか(笑)。お寺の中とか、ご本尊さまとかの周りの。すごい芸術じゃないですか」
そうですね。で、最初に訊きたいんですけど、今度のアルバムのタイトルの吉井さんの誕生日の10月8日と煩悩の数の百八が連想できることは、いつ気づいたんですか。
「(笑)……ある時ね、車を購入した時に、そのディーラーさんが僕のナンバープレートを勝手に付けて納車したんです。選べるじゃないですか。で……108だったの、それが」
えーっ、ほんとに?
「ある時、『誕生日、ナンバープレートにしました』って。『でもこれ、除夜の鐘の数ですよね?』みたいな話をして、〈ああ、そうなのかー〉って、そん時に強い認識がありましたね。で、その車、後ろぶつけて、後ろの窓ガラスが全部割れて」
はははは!
「バックしてて、電柱にぶつけて(笑)。ナンバープレートんとこがベニャッ!と曲がったの。で、〈ああー、俺はきっと煩悩がいっぱいあるんだなあ〉と、〈これは俺だなあ〉みたいなのを(笑)、すっごい思ったんですね。それ以来もうそのナンバーは使わないようにしてるけど。大仏さまの頭の渦……鎌倉の大仏とかね、百八つなんですって」
あ、そうですね。
「あと、野球のボールの縫い目も百八つですよね。何なんでしょう? 偶然なんですかね? あれ」
あー、調べときゃ良かったですね。で、今回、その煩悩をテーマにした理由を聞きたいんですが。
「……東京に曲を作る部屋を借りてたんですけど、今回のプリプロで。その部屋が108号室で、そこしか空いてなかったんです。で、ちょうど去年1年とかが自分の中で相当こう、〈ついに40代を迎える前の1年だ〉と思って、最後の戸惑いと言ったらヘンですけど、迷いとか……。〈四十にして惑わず〉とか、あるじゃないですか」
不惑の歳ってやつですね。
「うん。そのための最後の1年ってのは、ほんとに……いろいろ考えて。〈ほんと煩悩まみれだ〉と思ったんですね。ほんとに……いろんなことに対して盲目になってる部分もあったり、もしくは……なかなか吹っ切れないでいたり。とにかく……思い切って飛び込んでいけない1年だった気がするんですよ。で、そういう中で見た108という数字がひとつのキーワードになったの。〈これはきっと『108ブルース』みたいなタイトルのアルバムになるなあ〉と思ってたんですけど、ちょっとイカ臭いなあと思って」
それで〈サンキュー〉とくっつけようと。
「そうそうそうそう(笑)。うん」
だけど、あのー、ハタ目からでは、昨年からの吉井さんの動きは、とても吹っ切れてないようには見えなかったんですけどね。
「うんうんうんうん。あ、もちろん前進してるんですけど。やっぱりハジけるようなポップ感はないと思うんですよ。もう、ものすごいポップ・ソングがバンバン飛び出してるとか、そういうんじゃないですよね?」
あ、そりゃまあ極端ですけど。
「でも40代はそうしたいなと思うんですけどね。〈BEAUTIFUL〉はすごくいい曲だと思うけど、ハジけるような曲ではないし。静かに強い曲だとは思うんですけどね。でも、とにかく……いろんなものの整理をしてたんですよね、去年1年は。仕事もプライベートも」
それで自分を省みると〈煩悩が多いなあ〉と。
「うん、思ったんですけどね。ただ、作品に関しては短期で集中的に作ったし、最初から最後まで全部アメリカでやって。で、とくにうるさい注文も今回はせず。一番煩悩がないアルバムではあるんですよ。ファーストの『at the BLACK HOLE』こそ煩悩の塊だったと思うし」
そうですか。だから突き抜けたものが出てくるのかなーと予測してたけど、違いましたね。
「うんうん。うん」
刺さるものがあり、感情にデコボコがあって、〈そうか、吉井さんは抱えてるものを吐き出す作業がまだ必要だったんだな〉という重たさで。とくに今年の好調ぶりを思うと意外で……。
「うん。それはね、すごく微妙な時差なんですよ。だからみなさん、困惑してると思うんですよ。あのー、アメリカでレコーディングして帰ってきて、すぐフェスだったじゃないですか。フェスの俺はもうブチ切れてたわけですよ」
うん、そうでしたね。
「……あのアメリカからフェスの間で、俺、すごく生まれ変わったから。だからみなさん、フェスを見てからアルバム聴くと〈あれっ?〉と思うんですよ。困ったことに(笑)。だから……何だろう? 厄払いの札もらうじゃないですか。ああいうアルバムだと思うんですよ。〈39108回聴いたら燃やしてくれ〉みたいな(笑)」
す、すごいな、それ。
「その急激な変化には、自分でもビックリだったんですけど。全部憑き物が取れたようにブワーッ!って、もう。ちょうどそん時に自分の(公式HPの)コラムで書いたの、〈もう俺は突っ走る〉って。書いたのがその間の、たしか7月だったかな? 稲光が落ちたの。稲妻が」
稲妻が。それはアルバムを作り終えて、何かつかめたとか見えたものがあったんですか。
「……もうほんとに出しきったというか。30代って……30になって最初のシングルって〈楽園〉なんです。で、〈黒い海を渡ろう〉っていう歌詞があって、やっぱ30代は黒い海を渡ってたんだろうなと。泳いでたと思うんですよ。この最後の1年でほんとに最後の陸に着く、ほんとに最後の最後という……40でなんか大陸に着いたような気がするんですよ。ずっと迷ってたんですよ、今思えば。ずーっと悩んでた、30代」
うーん。過酷な航海でしたね。
「でも、でも生きてるし、後悔もしてないし。今思えば、ほんとに楽しいこともいっぱいあったし」
そうですか。んっと、話を戻して、自分が煩悩だらけだと思ったのは、どういうところがだったんですか。
「んー……何だろう、もっと自分の良さを認めてあげなかったり。自分の持ち味を素直に、使命として、もっともっと素直に出せなかったり。なんかアーティスティックになろうとしてみたり。自分を必要以上に自分らしくなく見せようとしてしまう傾向があったりとか」
へえー! 自分らしくなく?
「だって……極端なこと言えば、家にいる格好で世に出てきゃいいじゃないですか」
ま、そりゃそうだけど……どうですかねえ?
「(笑)うん。〈いや、外でそんなカッコつけてたいんだったら、家でもカッコつけてましょうよ〉って話になるんですよ。俺の中では。で、そこの差っていうのが、だんだん巨大化してくるわけじゃないですか。こういう世界って。それでバランスとれなくなるわけでしょ? みんな」
ああ、なるほど。で、そのバランスとれなくなったひとりなわけですよね?
「そそそそ(笑)。ヘタしたらプールで死んじゃったりする人もいるじゃないですか?」
ゲロをノドに詰まらせて死んじゃう人とかね。
「でも自分の場合はそういうロックンロール・ドリームみたいなものが人一倍強いし。それと年齢が重なっていくことの葛藤みたいなものが生まれるし、絶対。やっぱり……ロックのあり方も変わってくるはずだし、若い頃と。20代の頭と30代の頭とでは絶対違うじゃないですか。ロックの捉え方というか。運動能力も違うし」
でしょうね。えーと、僕がこのアルバムで思ったのは、まず車の歌で始まり、車の歌で終わりますよね。それから〈雨〉がたくさん出てきます。
「はい……(笑)」
〈愛〉〈愛している〉〈愛し合う〉も、〈WANT〉〈HAPPY〉もたくさん出ます。
「ボキャブラリーがないな(笑)」
いや、そういう思いに囚われていたんですよね、きっと。そして……自分と人との出会い、別れ。これも大きな感情となって渦巻いてて、このことがすごく大切な作品だろうなと思いました。
「……うん」
こういうことを正面から唄うのが今の吉井さんのリアリティなんだろうなと。
「そう……そうなんですよ。だけどね……最近思うんですけど。俺はすっごいオタクなんだよね。たとえば車に凝ったら、車にウワーッと入り込む。釣りに凝ったら、釣りにウワーッて入り込む。だけど3年もたないんだよ。何でも。で、ほかの趣味がないと女に走っちゃったりする(笑)。だから〈来年は違うなー〉つって」
(笑)つまり、さっきのようなことは、あくまでここ最近気にかかっていたことで。
「そうそうそう。でもやっぱり……〈晴れてる空〉とかね、〈青い空〉とか〈太陽〉とかって、多いと思うんですよ。雨があるってことは、結局そっちが見たいというか。〈もう早く次の明るい場所へ行きたいな〉というアルバムだと思います」
はい。そこですぐに明るいものを作る感覚ではなかったということですか。
「うん。やっぱり……そんな簡単に、シンプルに明るくはなれないかなって。まあ大人だから、いろいろ問題あるじゃないですか。〈大人なんだから気ままに生きちゃダメなんだよ〉って思ってたんです。〈いろんなものに責任あるでしょ?〉って。大きな会社を抱えてんだし。だけど……ほんとは自分のために生まれてきてるはずだし。〈ちゃんと責任とれば、好きなことやればいいじゃん〉って思うし……そう思ったら、こう、いろいろ吹っ切れたんですよ。だけど、まさかねえ、そんな簡単にワッて吹っ切れると思わなかったですよ。〈40代もこうだろうな〉と思ってたもん」
うわ! それはツラいですねえ。
「ははははは! でも、ほら、人によっては、ずーっとこういう人って、いるじゃないですか。得体の知れない不安とか(笑)。でも……思いもよらない、思いがけないところで急に雲が切れてく時ってあるんだなあって」
うん。そういう経験って、過去ありましたか?
「いや、初めてです。こんなの。だってそんな悩んだこと、ないですもん。20代とか……10代とか。ちっちゃな悩みはありましたけどね。ずーっと悶々としたことはなかった」
そうですか。そんなに悶々としていたとは。
「……(←テレコのスイッチをいじる)」
いやいや、やめてくださいよ~!
「(笑)スピードを変えてみたの。遅くしちゃったんだ。俺もこれ、持ってます」
あ、同じテレコを。
「これで曲作りましたよ。よく録れますよね?」
ええ。でも取材中にいじった人は初めてです。
「えへへへ」
でも今まで吉井さんが表現してきたことって〈煩悩OK!〉みたいなのだったのに、ここに来てその根本に向かうのはどういうことなんです?
「うん、自分でもビックリしてるんですけど。〈ビートに煩悩が乗ったら、それがロックでしょ?〉って始めたじゃないですか? それだけひどい状態になったってことです。もう……非常識! 不謹慎! みたいなバンドだったでしょ?」
イエモンが? はははははは!
「(笑)まあ人間はみんなマジメなんだけど、表現方法は非常識、不謹慎。何でお茶の間にそんな単語を出すの?みたいなね(笑)。〈思い出だけが性感帯〉とか(〈BURN〉)」
ははははは!
「ははははははははは! そりゃあ……女郎が眠る墓場に連れてかれるわっていうね。『音人』で、その当時(笑)。だから……あれを……〈いいのかな? そういうこと言ってて〉っていう時期だったんじゃないですか」
罪悪感にかられたとか。
「うん、かもしれないね。だからやっぱり……マジメだったんですよ。きっと、この時は」
マジメとも言えるし、弱気なのかなぁとも。
「弱気だよね」