『音楽と人』9月号で行われたHump Back・林萌々子との対談の際、アルバムの準備を進めているという話は聞いていたが、チャットモンチー完結から3年ちょっと。ついに橋本絵莉子のソロ・ファーストアルバム『日記を燃やして』が完成した。〈タイトルには、「身の回りにあるものを燃料にして」という意味があります。〉と、アルバム完成にあたってのコメントで彼女が綴っているように、2018年夏のバンド完結以降から現在に至るまでの日々の中から紡がれた10遍の歌が収められた。そして、橋本ならではのたおやかなメロディと、サポートメンバーの恒岡章(ドラム)、村田シゲ(ベース)、曽根巧(ギター)とともに鳴らす温かなバンドサウンドからは、この新たな門出にワクワクしながら、活き活きと音楽を奏でる彼女の姿を感じることができる、そんな作品となっている。
待望のソロ・ファーストアルバムのリリースに際し、チャットモンチー完結以降から、アルバム完成に至るまでの心持ちをじっくりと語ってもらった今回。これからも音楽に無限の可能性を感じながら、より自由に、自分が一番楽しいと思えることに正直にいたいと語るえっちゃんの顔は、とても晴れやかだった。
ソロでの最初のアルバムが完成した、今の率直な気持ちはいかがでしょう?
「率直に、出来上がってものすごく嬉しいです。いいものができると思ってたけど、思ってた通りやし、よかった、嬉しいっていう気持ちがすごくあります」
林さんとの対談で、「(チャットモンチー完結後は)しばらくはギターを触らず何もしないのかなと思ってた」ということを言ってたじゃないですか。その言葉を聞いて、橋本さんの中で、人生の夏休みを満喫しようみたいな感覚があったのかな?と思ってたんですけど、そのあとに公開されたnoteに「燃え尽き症候群になっていた」と書かれていて。なので、作品の話の前に、完結後の橋本さんにとって、〈音楽〉というのはどういうものになっていたのかを、まずは聞けたらと思います。
「本当に燃え尽きてぼんやりしていたから、何も考えてなかったし、次に自分が何をやるかとかも全然考えられてもなかった感じで。完結してから、ようやくストリーミングっていうんですか? あれを利用するようになって。〈今はこういう音楽があるのか!?〉とか、かなり客観的に、ものすごく遠巻きに見ていたという感じです」
リスナーに近い感覚になってた?
「まさにリスナー感覚だったと思います。それまでの音楽との関わり方とは違う感じになってましたね」
で、さっきの言葉に続けて、「気づいたらギターを触っていた」と言ってたわけですけど、リスナー感覚になってた橋本さんが、〈ギターを触りたいな〉という気持ちになったきっかけが何かあったんですか? それとも、自然に湧き上がってきた感じだったのでしょうか?
「本当にパッて、何の気なしにギターを手に取って曲を作ろうっていう感じでしたね。〈こういうことを唄ってみたい〉って思ったものをメモすることは、完結したあともずっと続いていたので」
完結後も、気になった言葉や風景、事柄があればメモしてる橋本さんがいたと。
「そうですね。これを作品にしようとか、そういう頭は一切なく、ただ本当に書き留めておくだけ、みたいなことは、癖みたいに常日頃やってました。それでふと、〈ちょっと唄ってみようかな〉とか、〈こういうメロディにしたら良さそうだな〉とかを考えるようになっていましたね」
なるほど。燃え尽きて、あんまり音楽に触れる気にならない、といった感じだったわけではなかったんですね。
「そうなんですよね。自分でもまったくやらないかなって思ったりしたんです。やっぱりチャットの時は、目標っていうか、来年のいついつはこれをして、っていうふうに、先々の予定を考えながら常にやってたんですけど、そういう決められたことがまったくない状態だと、自分は何もやらないかなと思ってて」
でも、実際はそうでもなかった。
「そうでもなかった(笑)。とくに予定とか、リリースしたいっていう気持ちがなくても曲は作ってるんだなって。それは先々の予定がある状態ではわからなかった自分だったというか」
それは嬉しい発見でした? それとも自分の性じゃないけど、ここから私は逃れられないんだ、みたいな感じだったのか。
「両方かな(笑)。〈こんだけやったんだから、もういいで〉っていう気持ちもあったし。でもやっぱり曲を作るっていうことが好きなんやな、ワクワクするんだなっていうのもあったし。なんかいろいろ考えましたね」
そういった時期を経て、完結の翌年9月にソロ名義として最初の音源となるデモシリーズのVol.1を、去年6月にはVol.2を出したわけですが、いずれもバンドアレンジではあるけれども、基本打ち込みで作られてましたよね。
「そうですね。全部自分で演奏した生音をエンジニアさんにミックスしてもらった感じだったんですけど、ひとりでやったらどうなるんだろうっていう興味もあったし、この頃は、修行っていうか、ひとりだけの力で曲を作ってみる、構築していくっていう期間だったと思います」
でもその制作スタイルではなく、アルバムは、バンド編成で作ろうと思ったのはなぜだったんでしょうか?
「デモシリーズをやってみて、やっぱり曲ができた時はめちゃくちゃ嬉しいけど、そっからのワクワクする感じとかが、自分ひとりだとなかなか難しいなって思って。頭の中にあるメロディを再現して形にできた喜びはあるけど、そこから先がないというか。〈うん、できたな〉ってだけで終わる感じがあって。〈ソロって、こういうことなんだろうか?〉ってすごい考えてた時に、アルバムの中に入ってる〈あ、そ、か〉のレコーディングがあったんです」
今年6月公開の映画『海辺の金魚』の主題歌として書き下ろされたものですよね。これを作ったのはいつぐらいなんですか?
「曲自体を作ったのは、たぶん2019年で、レコーディングしたのが、2020年の1月。試しに誰かと一緒にやってみようと思って、ツネさん(恒岡章/Hi-STANDARD)とシゲさん(村田シゲ/口ロロ)にお願いして3人でレコーディングしたんですね。その時に、もちろん自分の考えやったり、こうしたいってことも伝えるけど、それに対して〈じゃあこういうのどう?〉とか〈ここはこうしたら、もっと良くなるかもね〉とか、そういう作業がすごく楽しくて」
人と一緒に音を組み立てていくこと、バンドで曲を作っていくのが楽しかった。
「そこで、やっぱり自分はバンドスタイルがものすごく好きなんやな、って気づくんです」
誰かからの投げかけによって、それまで思い浮かばなかったようなアイディアが自分の中にパッと浮かんだり。
「そうそう。それってひとりで黙々とやってる時は、絶対に見えてこなかったりして。人とやりとりしていく中で出てくるものが、自分でもワクワクするポイントだったんです。やっぱり自分は、人を通して曲を作っていくという作業が好きで、夢中になれるんだってわかったんですよね」
そこから、アルバムはバンド編成で作ろうとなったわけですね。ただ、「あ、そ、か」で一緒にやったツネさんとシゲさんに加えて、もうひとりギタリストがいることに少し驚いて。それは、チャット時代の橋本さんは、ギターに関して、自分の領域であり役割であるという思いを強く持ってる人だというイメージがあったからなんですけど。
「私もずっと、ギターと歌は自分の責任で絶対にやりきらなければならない、ってすごい思ってたんですけど、ひとりで作ってる中でいろいろ考えてた時期に、せっかくソロでやるんだったらギターを頼むのもありなんじゃないか、って思ったんですね。どうしても自分の脳から出てくるものだけだと、〈うん、できた〉っていう感じで終わってしまうし、自分にはないフレーズを弾いてくれる人を入れてもいいんじゃないかって思い始めて。実際作ってたデモに、ギター2本入ってる曲がいっぱいあって、別に私がギターをまったく弾かないわけではないから、そのへんも自由だよなぁって」
そこで、お願いしたいなと思ったのが曽根巧さんだったと。
「はい。曽根さんとは、デビューしてすぐの頃に、チャットとつばきで何ヵ所かツアーを廻ったんですけど、そこで出会って。年上やけど、かなり何でも言えるというか、話しやすい人で、ものすごく仲良くなりました」
当時、曽根さんは、つばきのサポートギターをしてましたもんね。ということは、かなり昔からの付き合いなんですね。
「やっぱりギターをお願いするといっても、もちろん自分が弾いてほしいフレーズもあるから、それを伝えやすくて、かつ自分の脳にはないものを持ってるギタリストって考えた時に、曽根さんがまず頭に浮かんで。それでお願いしました」