嫌いな人間なんていないですよ。逆に言うと、ほとんどの人間が嫌いってだけで。単純に嫌いな人って、そうそういないものですよ
楽しみに待ってますよ! 「josh」からは〈⑧めくるめく旅〉。1年間、旅のない生活をしています。
「そう、だから1曲くらい旅行気分を味わいたくて。これは妄想で、微妙な関係の2人の旅を描いてます」
そもそも田中くんは旅好きですか?
「好きですよ。準備は面倒くさいですけど。僕らみたいな職業って、普通であればツアーをやってるから一般の人より多く旅をしてるはずなんです」
〈バンド好き〉の田中くんとしては、当然のように〈ツアー好き〉でもあったりするのかな?
「だからツアーできない今は非常に寂しいですね。やっぱりツアーってバンドの醍醐味なんです。地方に行って、そこに住んでるお客さんが来てくれる――それを当たり前のようにやってきましたけど、素晴らしいことだと再認識しましたよ。現地に行って機材をおろして、セッティングして、普段と違う街並みをぶらついて、ちょっと美味しいものを食べて……」
まさに「This town」の世界。ツアーってアマチュア時代から憧れてました?
「確かにアマチュアの頃は想像してないですね。ライヴのことは想像してたけど、そのライヴを全国各地を廻ってやることは想像してなかったかも」
ということは、ツアーを実際やる中で愛着が湧いてきた?
「そうですね。おまけに20年以上やってますから何度も何度も同じ街に行ってますし。なかなか感慨深い活動ですよ」
じゃあこれまで〈めくるめく旅〉だったツアーというとどれになります?
「ツアーでめくるめく旅ってあったかな……〈めくるめく旅〉ってニュアンス的には極彩色とかスキャンダラスといったもので。そういう意味ではツアーでめくるめくことはあまりないですね」
では、プライベートではあります?
「それは……というか、今そういうことを明かすと問題が起こりそうだし(笑)」
今後私小説的なものを書くとしたら、そういうところがネックになってきますよ! 現時点では6月から全国ツアーが決まってます。
「残念ながら地方のライヴハウスまで細かくは廻れないんですけど、ただまだどうなるかはわからないですよね」
めくるめく旅はどうなるのか……あと2曲! 「リヴァイアサン」からは〈⑨いまだかつて嫌いな人間には会ったことがありません〉。僕、一度聞きたかったんですけど、田中和将がホントに嫌いな人間ってどういう人間なんですか?(笑)
「嫌いな人間なんていないですよ。逆に言うと、ほとんどの人間が嫌いってだけで」
はははははは! 基本的に毒舌キャラじゃないですか。そういう田中くんは何を基準に人を嫌いになるのかな、と。
「いや、顔の見えてる相手で嫌いな人は一人もいないです。思い返せばこれまでの人生にはいたのかもしれないけど、いまパッと思い付く人もいないわけで。単純に嫌いな人って、そうそういないものですよ」
学生時代とかバイト時代も、〈こいつイヤなヤツだな~〉って思う人いませんでした?
「まあ、イヤなヤツはいますけど、それって単にイヤなヤツなだけじゃないですか。当時は嫌ってたかもしれないけど、あとから思い返せばそうでもないですし、逆に言えば僕だってそんなにいいヤツじゃないですから。それは嫌いって感じでもないですね」
なんだか殊勝なこと言ってます。
「だから顔が見えてる相手を嫌いって思うことはなかなかなくて、どちらかというと人間というものが漠然と嫌い……(笑)」
つまり嫌いな人間がいるわけじゃなくて、人間自体が嫌いだと!
「ははははは、そうですそうです! コロナ禍とか特にそうだけど、人間のいやらしいところが山ほど出たじゃないですか。それは顔の知ってる人というより、人間の醜さ自体が見えてくるというか。もちろん自分自身もその一人なんだけど、自戒も含めてそういうところに毒を吐くのも僕の創作のモチベーションになってますね。個人を攻撃するのではなく、そういう世の中自体を皮肉りたいんです」
「リヴァイアサン」っていうのも、人間全体のメタファーみたいなところありますもんね。話は逸れますが、この曲に出てくる〈シャーデンフロイデ〉っていい言葉ですね。
「ググってみました? 僕もこの言葉初めて聞いたんですけど、世の中にこういう人いっぱいいますよね(注:シャーデンフロイデとは他人の失敗や不幸を見た時に生まれる快感のこと)。どっちかというと俺もそうだし(笑)。脳科学者の中野信子さんが言ってた言葉だけど、俺、あの人は好きですよ」
広島にいるとよくわかるんですけど、カープが勝つより巨人が負けるほうを喜ぶ人が多いんです。
「まさにシャーデンフロイデやね(笑)。そういう他人を蹴落としたい欲求はみんなあるはずなのに、それをひた隠しにしようとする人が多いじゃないですか。それがネット空間では匿名となって、阿鼻叫喚の状態を生むんでしょう」
しかし田中和将に〈嫌い!〉という感情があまりないというのは驚きでした。
「うーん……どっちかっていうと世間に対して常に〈嫌い!〉と思ってるから、個人に対してあんまり〈嫌い!〉と思わないのかも……」
たぶん本当の意味で嫌いと感じる人って、イヤなヤツじゃなくて、どこか自分と似た人だったりして。
「確かに……同族嫌悪みたいなね。でもこれまでの人生でそういう人に会ったこともないなぁ……」
最後は「最期にして至上の時」からその曲名の〈⑩最期にして至上の時〉。理想の最期ってどんなですか? 至上の最期でもいいですけど。
「この曲の歌詞でも書きましたが、我が身の不浄が流れていけばいいですね。きれーいになれたらいいのになって思います」
これもさきほどの闇の話じゃないですが、自分が抱えてきた不浄=闇が赦されるというか。
「なんか精神的に気持ちいい状態で死にたいですね。〈関白宣言〉じゃないけど〈お前のお蔭で/いい人生だったと/俺が言うから/必ず言うから〉という死に方をしたいです」
たとえがベタすぎていい感じです(笑)。
「でもそれに尽きる気がするんです。嫁の手を握って『いい人生だったぞ』と言いたいというか」
でも実際はその人はめちゃくちゃイヤなヤツで、向こうは本当にイヤがってたりして……。
「あははははは、ほんまやね! あれだけさんざん迷惑かけまくっといて、何が最後に〈いい人生だった……〉なのか(笑)。でも本人の幸せはそれに尽きると思うな」
個人的には「ピカロ」とか至上の最期のイメージに重なる気がしました。
「うん、テーマ性や雰囲気は近いかもしれません」
山田風太郎先生も「死は推理小説のラストのように、本人にとって最も意外なかたちでやって来る」なんて言ってます。
「そのうち身辺整理なんてことを考えなければいけないと思うと、面倒くさいですよね」
田中くんはいま47歳? エンディングノートは早いけど、晩年ということは考えたりしますか?
「ふと気づくとアラフィフですからね。ゴールじゃないけど、そう遠くない未来にそれが見えてくる気はしますよ。もちろんまだまだ先ですけど、終活みたいな気持ちはわかります。何を遺して、何を処分して、あとはもう風呂に入って寝るだけの状態までやっておきたいと思いますね」
そういうことを意識すると、作るものも変わってきそうじゃないですか? たとえば〈人生であと何枚アルバムが作れるのか?〉とか考えません?
「俺はそういう創作的な方向より、〈やべぇ。まだ読んでない本が死ぬほどある!〉って焦りのほうが大きいですね。読まなければならない本、聴かなければいけないアルバム、観なければいけない映画……そっちのほうが気になりますよ」
ほー、作り手というより受け手の意識のほうが強いのかも。
「現時点での積ん読が死ぬまでに消化しきれないかもしれませんから。再読する本もあるし、その時の興味で他の本にも手が伸びるし。そうすると積ん読が減らなくて減らなくて……」
アルバムの最後に最期をテーマにした曲が来るあたり、多少死を意識しはじめているような気がします。
「まあ、自分がというより志村けんさんが亡くなったり、自分が見てきた世代の死が増えてるわけじゃないですか。ロックスターもどんどん死んでいくし。その先に押し出されるように自分の死があるっていうイメージです」
そういうのを見ながら、ふと至上の時を想い描いたりするわけですね。
「自分の死はまだ想像できないけど、いろんな方が亡くなっていく中で、そういうことに想いを馳せる――今はそんな年頃です」
それが47歳、田中和将の今――ということで、今回はこれまで。また近いうちにYOMOYAMAしましょう!
「ありがとうございます!」
文=清水浩司
写真=柏田テツヲ
GRAPEVINEが表紙を飾る、音楽と人6月号が発売中!
メンバーそれぞれへの個人インタビュー、田中和将が語るアルバム楽曲キーワードインタビュー、さらにGRAPEVINE愛の深いさまざまなジャンルの方に話を聞いた〈僕の、私のGRAPEVINE、この1曲〉、そして20年前に田中が連載していた日記コラム〈田中牛乳リターンズ2021〉と、盛りだくさんの内容です。
GRAPEVINE
NEW ALBUM『新しい果実』
2021.05.26 RELEASE
■スペシャルパッケージ(CD+LIVE CD+Tシャツ)
■初回限定盤(CD+LIVE CD)
■通常盤(CD)
〈CD〉 ※全形態共通
01 ねずみ浄土
02 目覚ましはいつも鳴りやまない
03 Gifted
04 居眠り
05 ぬばたま
06 阿
07 さみだれ
08 josh
09 リヴァイアサン
10 最期にして至上の時
〈LIVE CD〉 ※スペシャルパッケージ、初回限定盤のみ
「FALL TOUR 2020」 at Nakano Sunplaza
01 HOPE(軽め)
02 Arma
03 豚の皿
04 また始まるために
05 報道
06 すべてのありふれた光
07 The milk(of human kindness)
08 そら
09 指先
10 here
11 Alright
12 片側一車線の夢
13 光について
14 CORE
15 超える
16 1977
17 NOS
18 ミスフライハイ
19 アナザーワールド
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