ロストエイジのように、ヒーローも神様もありふれた街で普通に暮らしているとしたら、新しい時代は、ステキな時代になるだろう
もうひとつのシンクロは、その閉鎖性をさらに確信的に、根源的に推し進めたアルバム『In Dreams』の販売方法の話の際に出てきた。このアルバムはやりたくないことは全部やめるという考えの下、これまで音楽ビジネスに不可欠と思われていた工程をことごとく切り捨てていく。外部流通に委託せずCDはライヴ会場と奈良のスロート・レコーズ店舗とオンラインのみでの販売、配信データなし、MVなし、宣伝広告なし、発売前サンプル配布なし……という驚異のナイナイ尽くし。広く知らしめ広く売るのがビジネスの基本なら、五味はむしろ狭く狭く閉じていく。これなど普通に考えればヤケクソというか、『あしたのジョー』でいうところのノーガード戦法のように見えるが、その奥には「いい音楽であれば勝手に拡がっていくはず」という音楽と音楽ファンに対する絶対的な信頼があったという。実際、不特定多数を切り捨てたそのやり方で、『In Dreams』はすでにこれまでと同数が売れている。
この話で思い出したのは――これは音楽ではないが――『みんなでつくる中国山地』(中国山地編集舎刊)というインディ雑誌の編集に携わっているローカルジャーナリストの田中輝美さんと話した時のことだ。『~中国山地』はその名のとおり、過疎地域のライフスタイルをテーマに年に1冊、百年間の発行を目指すという壮大な雑誌だが、その事務局は島根県邑南町という人口1万人の山村に置かれている。こんな山奥に編集部があって運営が成り立つとは、さすがネット通販が定着した今ならではのやり方だなぁと思っていたら、なんと最新号ではAmazonでの取り扱いを停止し、自分たちが信頼できる店舗への直販とオンラインのみに絞るという。きょうび地方を拠点にしながらAmazonを使わないなど正気の沙汰とは思えないが、しかし田中さんはAmazonを通して知らない人の手に渡るより、信頼できる人とつながって、一歩ずつその輪が拡がっていくほうが楽しいと言う。ここでもむしろビジネスは閉じる方向に進められ、売り上げより信頼関係の構築に軸足は置かれている。彼らはすでに「地方にいてもネットで世界とビジネス!」なんていう常套句とは別の次元に進んでいるのである。
「売れる夢はもう絵空事だ。生活に根差した活動がしたい」
本の帯に記された言葉が胸に刺さる。
それはロストエイジというバンドが売れることは無理だという諦観ともとれるし、もはや音楽の世界に華々しいシンデレラストーリーや明快なサクセスなど存在しないという意味にも解釈できる。勝ちも負けもない。東京も地方も関係ない。プロとアマの線引きなんてどこにある? ただ音楽を作りたい人と音楽を聴きたい人がいて、それをどうつなぐか。そこに金銭をどう介在させていくか。そういう原始的な部分からもう一度考えていくしかないのかもしれない。あともうひとつ――あなたにとっての幸せとはどんなものなのか?
世の中「風の時代」が到来したそうである。所有と固定の地の時代が終わり、人脈と仲間とのつながりと流動性が脚光を浴びる風の時代がやってきました! ――という言説には個人的に鼻白むしかないが、しかしそういう空気もなくはないと感じている自分もいる。一目瞭然のヒットチャートも、一斉送信のレコード会社も、一方通行の既存メディアも、一党独裁の東京天下も、一攫千金のバンドドリームもすべてが緩やかに瓦解していき、カオスな荒れ地の中から次なる何かを見つけるしかないのかもしれない。
一方、世の中では「地方の時代」が到来したとも言われる。SNSやYouTubeの浸透により、どこからでも世界に発信できる時代。「もう東京は飽和してますから、これからは地方から面白い人がどんどん出てきますよ!」と言ってくるのは大抵東京の人だったりするから、「だったらこちらに越してきません?」と笑顔で言いたくなる。きっと場所ももう、それほど重要ではない。何をするか、誰とするか、周囲とどうつながりを作っていくのか――確かにそれはもう〈生活〉と言うしかない。〈生活に根差した活動〉ということでしかない。
この本を読んでロストエイジの音楽が聴きたくなり、YouTubeを探したら、「瞬きをする間に」という曲のMVがヒットした。それはタイムリーなことに、地元の奈良での彼らの〈生活に根差した活動〉の模様を捉えたものだった。
朝、五味岳久が黒いロードバイクで現れ、中古レコード店であるスロート・レコーズのシャッターを開ける。同じ頃、岩城も自身が運営する「E♭音楽スタジオ」のシャッターを開けている。やがてそこに楽器を持って集まり、バンドの練習に励む3人。夕暮前に今度は拓人がシャッターを開ける。椿井市場にある伊酒屋「Kore Kara」で仕込みをし、客に自慢のパスタを振る舞う。その合間合間にはどこにでもありそうな街の風景がインサートされていく。点滅する信号、人のいない住宅街、ショッピングモールの駐車場。五味はそんな地元をフラフラと歩き、日が暮れて店のシャッターをまた下ろす。それは〈生活に根差した活動〉というより日々繰り返す生活そのもので、それが「瞬きをする間に」というフレーズと相まって深い抒情を運んでくる。
今やロストエイジの存在は伝説のようなものになっているという。若いバンドマンが慕い、音楽リスナーが奈良で暮らす彼らの元を訪れる。彼らは口を揃えてこう言うのだそうだ。
「俺たちのヒーロー!」「オルタナの神様!」
もうヒーローはテレビの中にいなければ、まばゆいスポットライトの中にもいない。神様は雑誌の表紙を飾りはしないし、ネットのトレンド欄をかき乱したりもしない。ヒーローも神様も、どこにでもありそうな寂れた街で普通に暮らしているのだとしたら、新しい時代はきっとステキな時代になるのかもしれない。
文=清水浩司
写真=タイコウクニヨシ
『僕等はまだ美しい夢を見てる ロストエイジ20年史』
石井恵梨子(blueprint刊)
発売中
地元・奈良を拠点に自主制作を続け、今や〈オルタナの神様〉と呼ばれるようになったロックバンド・ロストエイジの20年間を追ったドキュメント。著者は本誌ではおなじみ(レビュー欄では10年近く私の対向!)の石井恵梨子さん。石井さんの中華包丁を扱うような筆致は、伊勢海老の頭を撥ねるように音楽シーンの動向を両断し、その刃で器用に背ワタをすくうようにバンドの決断をあぶり出していく。ひとつのロックバンドのサバイバルの物語でありながら、背後に90年代以降の音楽の流行と変遷(CDバブル、フェス隆盛、ネット、サブスク、コロナ……)を重ねてみせることで、音楽や創作そのものの生き残りを問う内容としても読むことができる。(清水)
『僕等はまだ美しい夢を見てる ロストエイジ20年史』特設サイト https://blueprint.co.jp/lp/ishiieriko-lostage/
LOSTAGE オフィシャルサイト https://lostage.co/