祝・完全復活! 勝手にしやがれ、約4年ぶりの新作である。リーダー武藤昭平に食道ガンが発覚し、緊急入院、活動休止の発表とバタバタしたのが2018年の3月。術後の経過もよくリハビリも順調に進み、下北沢GARDENで華々しく復活祭が行われたのが同年12月、武藤が50歳の誕生日を迎えた日だった(WEB註:その際に行われたインタビューがこちら)。そこから2年、曲作りに時間がかかったのは抗がん剤治療の後遺症もあるのだが、完成した曲たちに苦しみや怯えの影は見当たらない。自分を憐れむ視線も、もっと生きたいと足掻く様子もなく、ただ、エゴというエゴから切り離された純粋な音楽が祝福のように鳴らされている。バンドが20年以上かけて培ってきたダンディズムは健在だが、それよりも、ただ音楽を愛でていたい、大切な人の役に立っていたい。そんな慈しみと優しさで聴き手を包む〈歌もの〉最高傑作なのである。タイトルは『ニルヴァーナ・サン』。涅槃で見た太陽は、あまりにも穏やかな光を放っていたようだ。
(これは『音楽と人』2月号に掲載された記事です)
最高にグッと来るアルバムですね。もうなんか聞くこともないっていうくらい(笑)、音に全部入ってますよ。
「はははは。ありがとうございます」
言いたいこと、全部込められた実感はあります?
「それしか出てこなかった、ぐらいの感じかな。もう全部削ぎ落とされて、何もない、まっさらな状態で。抗ガン剤でケモブレインになってる時から、頑張って模索しながら作ったものだから。逆にあんまり考えられてないんですよ」
ケモブレインって、抗がん剤の影響による認知機能障害のことですよね。
「そう、だからもう何も考えられない。お見舞い来てくれた人とも、気持ちはいつもどおり普通に喋りたいんだけど、考えてるとおりには言葉が出てこない。自分の考えと行動が――たとえば水を取りに行こうと思って立ち上がった瞬間、何しようとしてたのか忘れてる、みたいな。そんなレベルだから」
そんな中でも歌詞を書いていたのは驚きです。
「もちろん治療に専念してるんだけど、ところどころ、入院中に閃いた言葉をケータイのメモに書いて。翌日見ても記憶は繋がんないし、まとまんないなぁと思いながら。でも〈なんかこれいい言葉かな〉と思ったものは常にメモしてた。もしかして最後かもしんないわけじゃない? できるなら最後に何かしたい、頑張って曲を作るなり、なんか制作活動を一生懸命やって、もし可能であれば作品にできればいいなと思ってた。曲ってその場その場の自分の記録でもあるからね。こういう状況になった人はどんな考えを持つんだろう?って思うし、たぶん今俺が入院中の曲を書こうと思っても、ここまでリアルにはならない。思い出して書いても、ちょっと作為の入ったものになるだろうし。だから、変に計画するよりは、その場その場の流れに任せたほうがよくなることもあるなって思ったかな」
ケモブレインがなくなったのは、いつ頃ですか。
「わかんない。もしかしたら今もあるかもしれないし。でもだいぶ治ったんじゃないかなぁ。以前……以前だと二日酔いが多かったから、比べてどうなんだかわかんないけど」
くくくくく。
「でも自分がリーダーシップ発揮しながらメンバーまとめて今回アルバムを作れたから、だいぶ戻ってると思いますよ。戻ったっていうか、一回ガンになって新しく作り直した感じ。〈今こんな感じです〉ってことかな。たぶん考え方も感覚も全然違うところがあるから、そういう意味ではガンになる前、元に戻らなきゃっていう感覚もないんだよね」
それよりは新しい自分を出せばいいと。はっきり変わったのは歌ですよね。唄い方も、声の通り方も。
「うん、煙草止めたから声が綺麗になっちゃった(笑)。2018年の12月、俺の誕生祭で復活したあと、すぐウエノくん(ウエノコウジ)が『状態がよくなったら、一緒に廻れなかったところになるべく行こう』ってツアー組んでくれて。病み上がりすぐはブランクがあって声が上手く出ないんだけど、ウエノくんと一緒に通常のスケジュールで声を使いだして。そうすると、ちょっと歪んだ昔っぽい声も出るんだけど……どうも自分の中で何か違って。酒も呑まない、夜更ししない、煙草もやらないでいると、俺の声って本来こうだったんだ、みたいな」
今回一番染みたのが「O2」で。ここまでまっすぐに言葉と向き合う武藤さんがいるのかってゾクゾクしました。
「これも病床でできた曲。これは意外にまとまってた。あとから見てもなかなかいい感じで。カミさんが毎日来てくれて『これ買っておくから』とか『頑張ってこれだけは食べてね』とか言ってくれるんだけど、なんか申し訳ないし、でもどうやって気持ちを返すかって考えた時に、やっぱ健康になるしかないんですよ。まぁほんとそのままの気持ち、つい出たんだろうね。なんか、自分をさらけ出すのが恥ずかしいとか、そういうの抜きにして、この経験をした人からしか出てこない言葉は大切に取っておこうって今回は思ってたからね」
入院中から言葉を書き始めて、退院後、曲はわりとすぐ揃いましたか。
「んーとね、それこそ復活祭から一年かけてちょっとずつ新曲が整理されていって。でもやっぱ時間かかったな。それはケモブレインの影響もある。構成考えて〈長いなぁこの曲〉って思うんだけど、その削り方がわかんない。今だったら『ここ要らないじゃん!』ってパッと言えるけど、当時は全然わかんなくて。すっごい煮詰まると思考って止まるでしょ。すぐそれが来る。どうしていいのかわかんない。そういう感じ」
それって相当なストレスじゃないですか?
「や、ストレスは溜めないように、わかんなかったらわかんないでいいじゃない、っていう感じ。出る時は出るかぁと思ってた。そうやってたから時間かかったんだと思うけど」
楽観というか、まず生きてればいいじゃないか、みたいな、自分を許す視点があったんですかね。
「許すとか、そういう俺の判断はないの。生かされてるだけだから。だって死んでもおかしくなかったのに生きてるんだし、生きてるだけでまず曲書けるじゃん、唄えるじゃん。だったらそれをやるって感じ。それは別に俺の意思とか欲じゃなくて、やれるんだったら一生懸命やろうっていうだけ」
天命を知る、みたいな言葉ですか。
「大袈裟に言えばそうかもしんないけど、でも生きるってそういうことじゃないかな。まず自分の利害とか願望を捨てて、今やってしまえることを真剣にやるだけ。それをやって、たとえば仕事になるんだったら一生懸命続けるだけでしょ。求められるから仕事になってる。求められてなかったら仕事になんないし、それで家賃も払えないんだったら別のことやるしかないでしょ。それが、俺が言ってる〈やる〉っていうこと。そこに自分の願望はあんまり入れないことじゃないかな」