〈やんなってしまうよな〉〈明日もまだこのまま?〉
これは先日配信リリースされたポルカドットスティングレイの新曲「FREE」の歌詞の一部だ。心が跳ねるような、小気味いいサウンドで幕を開ける本作。そこには、混沌とした先の見えない今を生きる人々が共感を覚えるような言葉が並んでいた。
この曲について、雫(ヴォーカル&ギター)は「外出自粛期間中に思ったことを曲にしました。珍しく自分の気持ちです」と語っている。たしかに、彼女が自分の気持ちを歌にすることは珍しい。というのも、ポルカの場合は「どんな曲を聴きたいか」などSNSを通じてファンにアンケートを取り、その回答をもとに曲作りを行うことが多いのだ。「甘酸っぱい青春ラブソングが聴きたい」という声が多く上がれば、雫が十代のリスナーの気持ちを想像しながら、その内容に沿ったものが描かれる。反対に、大人の恋愛模様が描かれた曲もあれば、ライヴで盛り上がることを想定した曲や、雨の中の人混みを歩く怠さを唄った曲もある。リスナーの声をそのつど器用に汲み取ることのできる卓越したマーケティング力や、さまざまな主人公になりきれるカメレオン俳優的な要素が備わっているからこそ、曲の振り幅も大きいのだろう。それはそれで、間違いなくこのバンドの強みだ。
しかしその一方で、今作「FREE」のように雫が自身の気持ちを曲にすると、彼女の心の内が垣間見れるようでまた別のよさがあるのだ。「FREE」に限らず、例えばアルバム『有頂天』に収録されている「ラブコール」で雫は初めて自分の気持ちを歌にしたが、そこにはファンへの思いが赤裸々に描かれているうえに、ファンのために自分は音楽をやっている、とまで言い切っている。「FREE」に関しても、詞の内容は違えど「自分にとって、いかにファンが大切な存在であるかを伝えたい」「愛するファンの喜ぶ顔が見たい」という彼女の強い思いが滲んでいるような気がしてならない。〈離れていても消えない〉〈このモニターで、スピーカーで、君を見ている〉という歌詞に始まり、「今作のMVは、真似して、歌って、踊って、演奏して、とにかく自由に楽しんでもらいやすいよう、ワンカットで真正面から撮影しています」というコンセプトからもファンに対する細やかな心遣いが感じられ、常にファンファーストであり続けるその姿勢には思わず脱帽してしまった。冒頭にあるような歌詞を通じて痛快な気分にさせてくれる一方で、ファンに対する「告白」に近いストレートな思いが綴られているところこそ、この曲の最大の魅力ではないだろうか。
ポルカドットスティングレイに関しては、この「FREE」のリリースに限らず、緊急事態宣言が発令された直後の自粛期間中もファンを喜ばせるための工夫を凝らしてきた。オリジナルゲームアプリや、おうち時間を楽しむためのグッズの開発、女性ファンが楽しめるようにメイクのやり方をレクチャーする動画や、各パートの演奏を完コピするための動画の公開など、さまざま角度から発信し続けていたのだ。そしてこの「FREE」のリリースは、コロナ禍でもファンを楽しませるための活動において、ある種集大成な部分もあるのではないだろうか?と一瞬思ったのだが、雫ならこちらが予想もつかないようなものを今後も投げかけてくれるんじゃないかと、つい期待をしてしまう。
FCに動画あげました。
美容系の質問まとめて答えますシリーズ第1弾、普段のメイク動画解説です(解説するとは言ってない)
約15分です。
すっぴんから全部完成するまで動画にしてます。喋りはガバガバですこれ撮る前にスキンケア手順の動画も撮ったので、それもまた編集するね〜#半泣き黒猫団 pic.twitter.com/y0E8tFuoDQ
— 雫 (@HZshizuku) March 15, 2020
【ハルシDENKOUSEKKAギター解説!】
FCにハルシのDENKOUSEKKAギター解説動画をアップしました!簡単かと思いきやギターソロでギャグみたいな難しさになって面白いのでオススメです #半泣き黒猫団 pic.twitter.com/E67Ggkikjr
— 雫 (@HZshizuku) May 5, 2020
予想がつかないと言えば、今作の中で〈金曜午後からの高揚〉という歌詞があるが、これは先に述べた、雨の中の人混みを歩く怠さを唄った曲「ばけものだらけの街」の歌詞でもあるため、再び引用されていることにも驚かされた。「FREE」も「ばけものだらけの街」もラップ調の曲という共通点があるため、そこから生まれた遊び心なのだろうか? ファンの驚く顔を想定しながら雫がこの歌詞を取り入れようとする光景が浮かんできて、聴いているとつい顔が綻んでしまう。その策に見事にハマった人は、筆者以外にもきっとたくさんいるのではないだろうか。
雫とは、常に何かを与え続ける人だ。例えば彼女のツイッターを覗くと、新たな企画を考えるうえでのアンケートが取られている場面をしょっちゅう見かける。休む間もなく走り続ける彼女を心配に思ったこともあるが、それは杞憂に終わった。というのも、それこそ自粛期間中にZoom上で彼女にインタビューを敢行したのだが、その際「自分のためにやることと、お客さんに還元することの境目がない状態で24時間生活してるんですよね。私は自分がやりたいことをやっているだけだから、みんなも私のことは心配しないで、ただ楽しんでほしい」というようなことを話していたのだ。このバンドをよく知らない人からすれば、例えばSNSでのアンケートを少し見ただけで、バンドっぽくない、機械的だ、と否定的な見方をする人もいるかもしれない。でも、知れば知るほど、このバンドは実は人間臭いのではないかと思えてくる。「ラブコール」や「FREE」のように、曲を通じて互いの存在を確かめ合う瞬間が訪れた時もそうだし、ファンのために時間を費やすこともそう。大切な人が喜ぶ顔を見たいからと、その愛のままにすべてを捧げるなんて容易なことじゃないし、ただの利益目的だったら、曲を通じてここまでの愛情表現はしないと思うから。
〈君がいたら死ねない〉〈君がいるから、私生きている〉
これも「FREE」の歌詞であり、ファンに対する切なる思いが伝わってくる。時間はかかるかもしれないが、バンドとファンが無事に再会を果たし、同じ空間でこの曲を唄い、踊る日はきっとやってくるはず。それまでの間、バンドとファンを互いに強くしてくれるお守りのような言葉でもあると思う。「FREE」とは、フィクションという隔たりがないぶん、バンドとファンが真正面から向き合うことのできる曲なのだ。
文=宇佐美裕世
DIGITAL SINGLE「FREE」
2020.07.17 RELEASE
ポルカドットスティングレイ オフィシャルサイト https://polkadot-stingray.jp/