本来はコロナなんてなくても向き合うべき問題があって、でもそこには目を向けずやってきた
具体的にはどんなことをいっぱい考えた?
「まずは観念的なことかな。例えば〈正義って危ねえな〉みたいな。正義を盾に誰かを叩いたり攻撃したりする人間の心理って、コロナによってあぶり出された感じがあって。あとはライヴ活動ってものを奪われたことで、自分は何に向かって生きていけばいいのかわからなくなりそうになったり。〈そもそも俺、なんで音楽やってたんだっけ?〉みたいな」
そういう根本的な部分と向き合って。
「人としての根本を考える時間だったと思います。例えば〈このままライヴっていう文化自体が衰退していくのかな〉〈いや、そんなことはない。人間はリアルな場所でリアルな情報を誰かと共有することを求める生き物だから絶対ライヴは無くならないはずだ〉とか。あとはもっと現実的なこと。どうやってこの先僕らが収入を得ていくのかっていう。今でもずっと考え続けてることだけど」
思っていたより冷静に状況と向き合っていたんだね。
「だから俺……強くなりましたよ。やっぱりバンドのリーダーだし、リーダーとしてジャッジする内容のひとつひとつがシビアで。そのジャッジを間違えれば、自分らだけの問題じゃなくて、他の同業者とかいろんな人にまで迷惑をかけてしまう。だから感情的なところはとりあえず置いといて、現実的なところでこれをやるとどういうリスクがあるのか、どこにいい部分があるのか、そういうのを冷静に選んでジャッジすることを、ここ2、3ヵ月ずっと続けてきた。で。その経験って今後の糧にはなるとは思うんですよ」
今まで使ったことのなかった筋肉を使った感じ?
「そうっすね。使ったことのない筋肉、めちゃくちゃ使いましたね。もっと言うと今までってどっかしら〈そんなこと考えなくてもなんとかなるんじゃないか?〉みたいな甘えがあったと思うんですよ。本来はコロナなんてなくても向き合うべき問題があって、でもそこには目を向けずやってきた。で、今この業界はまさにそこを食らってるんだと思うんですよ。ついに見ざるを得ない状況になったというか。だからこそ冷静に現実と向き合って、自分なりの答えをちゃんと出していかないと……っていう意識になったんだと思う」
そっか……。あの、もともとコウセイってそういうのが苦手なタイプだったじゃないですか。
「そうだね」
バンドマンの中でも特にそういう現実とかと向き合ったり社会と折り合いをつけるのがヘタクソで。数字とか見れない男だったでしょ?
「そういうのは面倒だなってずっと思ってましたよ。でもそんな甘えた気持ちじゃどうにもならなくなった。シビアに数字を見て、お金のことを考えて。ライヴハウスのキャンセル料がいくらかかるから、そのぶん物販の売り上げをここまで目指そうとか、そういう現実をちゃんと見るようになって。で、本当はコロナがなくてもそういう現実と向き合っていくべきだったんですよ。でも蔑ろにしてた自分がいて、そこを今回の件ですごく鍛えられた感じはあって。だから、コロナが終息してエンタメが復活したあとも、今回経験したことは自分の人生においてすごく糧になる気がする」
去年出した『underground』っていうスパルタのアルバムも、今の話に通ずるところがあると思う。昔みたいに感情をただ吐き出すだけの音楽ではなくなってるじゃないですか。もっと現実を見てるし、そのうえでの音楽っていう感じがするし。
「そうですね。やっぱりそこは昔と違って、自分がやってることを客観的に見るようになったから。そもそも俺、SPARTA LOCALSとHINTO、それぞれのブランディングだって今は考えるし」
ブランディングって単語、まさかコウセイから出てくるとは(笑)。
「若い頃は何も考えずにやってもいいと思うけど、この歳になってもバンドをやっていこうとするなら、しかもいろんな形態で複数の活動をするんだったら考える必要があるわけで。そういう客観性はすごく持てるようになったと思います。この髪型ひとつとってもね(笑)」
はははは。
「つまりコロナがあって慌てて考え始めたわけじゃないってことなんでしょうね。少しずつ少しずつ、自分の中で自分を成長させてきたというか。で、今もちゃんと建設的な考え方ができてるんだと思う」
コウセイってずっと生きづらさみたいなものを抱えてる人じゃないですか。普通の人が当たり前にできることができなかったり、社会と上手く接点が作れなかったり。そういう部分は少し楽になったりしたところは?
「いや、相変わらず生きづらいっすよ(笑)。でも、そういう自分に酔っ払ってもしょうがないんで。どうしようもない状況があっても、その中でベストを尽くすしかない。安部コウセイという人間がいて、不得意なこともたくさんあるけど、手元にある道具、自分が持ってるスペックでなんとかやらなくちゃいけないよね、っていうふうに今は頭を切り替えて生きてるのかもしれない」
長い付き合いだけど……コウセイ、前向きになったね。
「だってつまんないじゃないですか。そういう自分にも飽きたし、そういう自分に酔っ払ってるのも退屈だなと思ったし。〈もういい加減にしようぜ〉みたいなことは、けっこう前から自分自身に対して思ってたんで」
今の話を聞いて思ったのは、そういう思考の変化とともにHINTOっていうバンドが10年続いてきたのかなって。
「そうなのかな?」
もともとHINTOってスパルタを辞めた反動で始めたバンドで。スパルタとは違うことをやる、そこが一番のモチベーションだったと思うんですよ。でもスパルタも復活して、HINTOもやって、弾き語りもやる。だったら自分そのものを俯瞰する必要が出てくるわけで。自分に酔ってる場合じゃないというか。
「そうね。例えば、コロナになるちょっと前にHINTOの新曲作りの期間があったんだけど、まずその前にHINTOというバンドの魅力とか、HINTOっていったい誰に向かって発信してるんだろうとか、そういうバンドそのもののあり方を見つめ直したんですよ。で、それを細かく全部紙に書き出したものをメンバーに配って〈こういうふうに考えてるんだよね〉っていうのをプレゼンしてから曲作りに入ったの」
マジで?
「マジで。そこまでやったのは俺も初めてだったんだけど、やっぱり今はそういう客観性とか冷静な視点というのは絶対必要だと思ったから。で、それをみんなと共有したうえで、メンバーから意見をもらったり、ブラッシュアップしたり。昔はそんなこと思わなかったし、思いつきもしなかったけど」
昔の自分だったら想像もつかないことを今こうやってやれてるのは、どうしてだと思う?
「それは……やっぱりスパルタ時代含めて、ずっとバンドが置かれてる状況とか環境っていうのが変化していったからじゃないですかね。マネージメントとかレーベルが変わって、そのたびに突きつけられる現実っていうのがあって……もし、環境がデビューした時からずっと変わらないままだったらあの頃のままだったかもしれないけど、自分らが変わらないとバンドが続けられないっていう現実がつねにあったから。そういう意味ではコロナの前から俺らはずっと過酷な状況にあったわけで。それがHINTOっていうバンドの10年とリンクしているのかもしれないですね」
今は大変だろうけど、この先が楽しみになりました。
「俺もそう。でもね、やっぱりここまで前向きに考えられるのは、メンバーとか信頼できるスタッフがいるからですよ。そういう周りの人たちの存在が心強い。みんなのおかげだと思ってます」
昔は「みんなのおかげ」みたいなセリフ、思ってても絶対に口にしないヤツだったのに(笑)。
「いい男になったでしょ? だてに刈り上げてないですよ(笑)」
文=樋口靖幸
写真=朝岡英輔(LIVE)
HINTO 配信ライヴ
7月末予定
※詳細後日発表
SPARTA LOCALS オフィシャルサイト http://spartalocals.net/
HINTO オフィシャルサイト http://hinto.org/