長谷川プリティ敬祐
本当によかったです。
「ありがとうございます。取材受けるのも1年ぶりですね」
まず復帰してステージに立った気持ちは?
「けっこうシビアなことから言うと、自分がここまでできるはずだって思ってたところに、全然届いていなくて悔しいです。でもそう思うのは、まだ身体の使い方や出す音に伸びしろがあるってことだから、悔しいのと同時にうれしくもあります」
もっとできる可能性を感じる、と。
「はい。あと、ステージ上のメンバーを観ることが前より増えた気がします。3人が出す音や、そのアクションを、カッコいいって思える瞬間が多くなった。俺も本当に戻ってきたんだって思われるように、もっとカッコいいところを見せたいです」
長い1年でしたからね。
「本当に長かったです。12月12日に事故に遭ったんですけど、その時のことはまったく憶えてないし、前後1、2ヵ月の記憶もあやふやになってて。いくつか憶えてることはあるんですけどね。たとえば事故のあと、初めて歩いた時のこととか、牧が隣にいてくれたこととか。ただ記憶に霧がかかってる感じで」
じゃあ、自分がベーシストとしてバンドに復帰するとか、 そういう意識が出てくるのはずいぶんあとでしたか?
「2月に進太郎が見舞いに来てくれて『これくらいまでに復帰できたらいいね。でもそのためには、こういうことしなきゃいけないね』って話したことは憶えてます」
焦りはありましたか?
「復帰しなきゃって強く思いつつも、できるのかな……ってずっと考えてましたね。右手が思うように動かなかったんですよ。病室にベースは置いてたんですけど、自分の手で弾いてる感じじゃないんですね。右の手首が脱臼していて、ピックもうまく握れなかったし、とてもこの状態から回復できるなんて思えなかったです。今年中には絶対復帰しなきゃと思いつつ、不安に飲まれそうになってました」
焦ってもしょうがないけど、時間は待ってくれないし。
「そうなんです。でも、こんな状態でベース練習して、悪い弾き癖がついてもよくないし、まず身体の回復に専念しようと思って、最初は、外を歩くリハビリを積極的にやったり、握力を鍛えて過ごしてました。右手の握力なんて、5キロまで下がったんですよ」
5キロって……たぶん箸も握れないよね。
「そう。だから意識が戻ったあと、リハビリ施設で、最初は粘土を握ってました。こっちは早く復帰したいから、アスリートの方がやられてるようなリハビリを想像するんですけど、粘土を握るとか、ゆっくり外を歩くとか、パズルみたいなものをやってみるとか、そういうリハビリの繰り返しで。おまけにそれすら上手くできなくて……悔しいというか、精神的に落ちてましたね。不安で不安でしょうがなかったです。とりあえず生きてるけど、ロックバンドのベーシストとしては、もう無理なんじゃないかって。落ちてく気持ちに飲まれないように必死でした」
それを踏みとどまらせてくれたものは何でしたか?
「やっぱり3人の存在ですね。見舞いに来て、リハビリを見てくれたんですけど、そんな状態になってる僕を見て、たぶん、僕より不安だったと思うんです。今はシーケンス流してライヴやってるけど、いつまで続ければいいんだ?って。絶対キツかったはずなんですよ。でも、いつも笑顔で。安心したというより、その裏の不安がよくわかるから、それでも笑ってくれてる3人のためにも、俺がいつまでも落ちてたり、諦めちゃダメだな、と思いました。だから、できること以上のことをやらないと、と思って。 先生に『そこまでやるの?』って言わせるくらい、リハビリやりましたね」
退院したのはいつだったんですか。
「3月4日です。そこから、3人のライヴを映像で観れるようになったんですよ。それを観て、すごいなと思ったんです。俺が知ってるバニラズじゃなかった。前だけ向いて、ガムシャラで、鬼気迫ってるし、シーケンスでライヴをやってたせいか、セイヤのドラムがタイトになって、すごく成長してた。MCのスキルもめちゃめちゃ上がってた。そしてそういう姿を見れば見るほど、そこに自分がいないのが悔しかった。3人と同じように自分も進むべきなのに、まだ自分はここにいるってことが」
〈ここで復帰できる〉と思えたのはいつだったんですか。
「今だったら大丈夫って思ったこと、ないんですよ。不完全なわけじゃないけど、まだ足りないところがすごくある。この1年間、走り続けた3人の背中を、ずっと追いかけてる感覚です。ライヴには復帰したけど、スキルアップした3人が背中を押して、それと一緒に進んでるんだなって、実感しましたね」
じゃあ、名古屋から4人でやろうと決めたのは?
「3月に退院して、5月に手術が終わったあと、大きな目標を作ったほうがいいと思い、復帰するタイミングを決めたんです。 そこからは、さらに必死でリハビリしましたね。でも腕が動くようになると、今まで当たり前にできてた〈マジック〉や〈エマ〉が弾けなくなってたんですよ。頭を打ったせいなのか、思い出せなくなっちゃってて」
え、自分がバニラズのメンバーで、ベーシストだということは憶えていても、曲の展開やコードは忘れてるんですか?
「ポジションは何となく憶えてたりするから、ここかな、でも音源聴いてみたらこっちっぽいぞとか。うっすらした記憶を頼りに、そのルートをたどって。あとは映像を観て確認したり」
じゃあ全曲、憶え直しているんだ……。
「生まれ変わった気持ちですね。でも退院して、また1からやり直してよかったこともあるんです。前より絶対よくなってる。 僕は前と同じように弾けるんじゃ絶対ダメっていうか、走り続けてきた3人の中に以前の自分が帰ってきたところで、一緒に肩組んで笑えないって思ったから」
今まで、やってたこと以上のものにしなくちゃダメだ、と 。
「そうですね。ベーシストとしてこれまでよりパワーアップしたいので、まずは少しずつでもいいから、前よりいい部分を作ろうと思ってます。ビートのブレなさとか、ピッキングのニュアンスとか、基本的なところから生まれ変わったわけだから、 悪かった癖もなくなってるはずだし、今までと同じとか、プリティが戻ってきた、ってだけじゃ絶対ダメなんですよ。さらによくなった部分がないと、3人と同じ場所には立てないし、〈ああよかった、おかえりなさい〉だけで終わらせたくないんです」
名古屋でステージに立つ前はどんな気持ちでしたか。
「この1年近く、自分がやってきたことをひとつも無駄にしない、って思ってましたね。3人が僕の力になってくれたことも、バンドを止めないでいてくれたことも、待っててくれたお客さんの気持ちも、なにひとつ無駄にするもんか、って。そして、絶対笑顔でいようと思ってました。だって牧も進太郎もセイヤも、 みんな、いつも笑ってくれてたんですよ。本当に苦しくて、悔しくて、泣きたい人が笑顔を見せるって、本当に強いことだなって思った。だからこれから先、どんなに苦しいことや悔しいことがあっても、ロックバンドの一員として、それをただ人に伝えても意味がない。いろんな感情をかみ砕いて、その上で笑ってたい。自分もそういう人間でいたいなって思いました」
文=金光裕史
写真=ハタサトシ
NEW SINGLE『アメイジングレース』
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プリティ復帰に至る奇跡の道程を記録したドキュメンタリー映像作品「おはようケイスケ ~306日間の軌跡~」を収録!
go!go!vanilla オフィシャルHP https://gogovanillas.com/