go!go!vanillasのニューシングル「アメイジングレース」。2018年末に交通事故に遭い、生死の境を彷徨っていた長谷川プリティ敬祐(ベース)の復帰後、第一弾シングルとなり、初回盤には、復帰までのドキュメンタリー映像「おはようケイスケ ~306日間の軌跡~」が収められている。思いもしなかった事態に直面し、バンドマン、メンバー、そしてプレイヤーとして、4人はいろんなことを考えた。そうして生まれた「アメイジングレース」は、バニラズらしさの裏側に、はっきりと見える強い意志を感じることができる。シングルについてのインタビューは、『音楽と人』2020年5月号に掲載されているので、そちらをぜひ。ここでは、壮絶なリハビリ期間を経て、昨年10月にプリティがライヴ復帰した直後に行われた4人の個別インタビューを再掲載する。新曲、そしてドキュメンタリー映像とあわせて、彼らがこの期間で何を思い、どう変わっていったのか、感じてもらえるだろう。
(これは『音楽と人』2019年12月号に掲載された記事です)
この日をみんな待っていた。
開演時刻を過ぎると、ステージに4人が飛び込んできて肩を組む。会場の、それまでのどこか緊張して見守っていたような空気が、ガラッと変わって喜びにあふれる。「1年分の思い、今日は届けさせてくれ!」と牧が叫んでライヴは始まった。1年近く止まっていた時計が、動き出した瞬間だった。
長谷川プリティ敬祐(ベース)が交通事故に遭ったのは昨年の12月だった。意識不明の重体となり、回復後もずっとリハビリが必要な状態が続いた。その間もバンドは止まることなく、サポートに入ってもらったり、ベースの音を同期で流したりしながら3人でライヴを重ねてきたが、決してプリティの復帰は楽観できるものではなかった。それでも3人は彼がバンドに戻ってくることを信じ、プリティはまたそこでベースを弾くことを信じた。その思いが奇跡を生み、この日のステージとなったのだ。
10ヵ月ぶりとなる4人のライヴ。少しはブランクがプレイに影響するものだが、可愛げがないくらいしっかりしている。陰で懸命に練習したことがよくわかる。また「デッドマンズチェイス」のようにプリティがヴォーカルを回すパートがある曲は、改めて胸がいっぱいになってしまう。「プリティ・イズ・バック!」とみんなが声を合わせるところはさすがにグッと来る。とはいえメンバーは、あまりこみあげてくる感情に流されてしまうとダメだと思ったのか、熱くも極めて冷静にライヴをやろうとしていた。しかしそれでも耐えきれず、牧が何度か声を詰まらせてしまう瞬間があった。それをなんとか振り払おうと、頭を大きく振ってまた唄い出す。プリティの復帰初日という、どこか見守られているような空気を打ち破ろうとしていた。復帰してよかった、ではなく、ライヴで圧倒しないと意味がないことをわかっているのだ。
プリティがいない1年はバンドをとても大きくした。そしてリハビリをしながら復帰を夢見ていたプリティの1年は、バンドがどれほど大切なのか、改めて実感させることとなった。1年前、続きはプリティが帰って来たらやろうとステージから約束したように、4人でここから夢を描き出す。このあとのメンバー個々のインタビューでもよくわかる。みんな本当に強くなった。そして決して揺るがない、絶対的なものを手に入れた。
牧 達弥 Interview
戻ってきたというか、新しく始まったライヴのようでした。
「まさにそういう気持ちでした。お客さんからすると、プリティが帰ってきたライヴなんですけど、僕らからすると、バンドが生まれ変わった感覚でしたね」
去年の2月、プリティが事故に遭った時、他のメンバーはどんな反応でしたか?
「セイヤは憤りを感じてる様子でしたね。すごく不器用なやつだからたまにあるんですけど、まず『何事故ってんだよ!』って怒りが先にあった。自分なりのバンドの美学があるから、やり続けることは絶対決めてるけど、プリティは生死を彷徨ってる。友達としての悲しみや不安があるけど、それに負ける自分が嫌でイラついてました。逆に進太郎は、思い詰めてる感じが出るとよくないって思ってたのか、わりとフラットに接してました。 みんなそうでしたけど、なるべく平静を装おうとしてた」
それを見て牧くん自身はどんなことを思いましたか。
「その気持ちはわかるけど、すごく甘さを感じました。そんな覚悟だったらバンド続けられねえよ、って。自分の中でモヤモヤを抱えてるヤツが、お客さんに向けてライヴなんてできないし、そんな気持ちでちょっと躓いたら、すぐバンドが崩壊しちゃう。これは姿勢を見せるしかないと思って、プリティが帰ってきた時に祝福してもらえるか、お客さんにどれだけ感動を与えられるかは、今、俺らがこの時期にどれだけ頑張ったかで変わるんだぞって、叱咤というか、気合いを入れてました」
事故のあと、プリティと面会できたのはいつ頃でしたか?
「年末ですね。12月23日。その時はまだ会話もできない状態で、何も反応しない……あれは初めての感覚でしたね。死の一歩手前にいることがすごく怖かったです。息はしてるけど言葉もしゃべれないし、意識もない……正直、不安だし、その時は何も考えられなかった。バンドをどうしようっていうよりも、友達を失いたくない、こんなの嫌だ、って感覚が強くて。そしてそれ以降、go!go!vanillasのベースのプリティだって感覚が、まったくなくなりました」
ああ……なるほど。メンバーというより友達、というか。
「学生時代に戻った感じでしたね。『敬祐、大丈夫かよ!』って。いまだにその感覚にシフトしたままです。そしたら急に冷静になって、バンドを客観的に見るようになりました。今、幸いにもバンドでご飯食えてるし、移動は車じゃなくて新幹線で行ける。それが当たり前だと思ってたし、そう感じるのはいいことだと思ってた。そんなことに一喜一憂してたら、もっと上に行けないから。でも、そんなことも喜びに変えてみたら、すべてに感謝できるんですよね。だから今回のことで、バンドの中の関係も、その頃に戻したほうがバンドとしていい気がしました」
つまり、長谷川プリティ敬祐じゃなくて長谷川敬祐と一緒にバンドを始めた頃の感覚で、もう1回始めてみる、というか。
「それがいいなと思った。それに今、復帰するにあたって、敬祐は今まで以上にプリティであろうとするわけですよ。彼にとっては当たり前なんだけど、俺はそれを見て、ちょっと嘘っぽく感じたんです。リハで『みんな心配してたんだから、こんだけ元気になったぜって感情でいけよ』ってプリティに言ったら、あんまりそういうのやったことないから、ビビって尻込みするんですよ。でも1年ぶりに待ってた人たちの前に立ったら、そういう気持ちになるのが当たり前だよなって思いつつ、ちょっとイラッとして(笑)。『お前うだうだ言ってんじゃねーよ、ロックバンドだろ。さっさとやれよ!』って(笑)」
もう生まれ変わったんだから、今までの予定調和の中でやっても意味ねえじゃん、と。
「そう。それがあるから安定したライヴができるところもあるけど、でも、そうじゃねぇよなって。次はもっと、俺たちの中にある感情を、ステージで形にしていかないといけない」
3人でライヴやってる時は、どんな気持ちでしたか?
「ライヴ、SNS、フェスの寄せ書き......いろんなアクションから、この人たちに返すものを作りたいって思ったし、同時に、未完成な自分たちを見せることができたと思いました。そんなの見せちゃダメだと思ってたけど、弱さを見せたら、自分自身も変わるっていうか、思ったより気持ちよかったんです。強くいる人間のほうがカッコいいと思ってたけど、弱さを無理せずに出して、弱い自分もその状況もみんなに愛してもらったことで、結果として強くなった気がしました。別に弱くてもいいな、って」
もし3人になってもバニラズは続けなきゃと思いました?
「うーん……それは本当にわかんない。バニラズは、俺と敬祐の関係から生まれたと思ってるから。違うヤツだと絶対こうなってない。そう考えたら正直、プリティがいなくなった状態でこのバンドを続けていく気持ちは、あんまりなかったかもしれない。でも、敬祐は絶対戻ってくるって予感があったし、戻ってきたらこのバンドはいい意味で変わるなって思ってた。それは敬祐にも言ったんですよ。『俺たち、なんだかんだどうにかなるよ。今は身体がキツいと思うけど、今までもそうだった。大丈夫。これは絶対意味があることだ。お前は絶対回復して戻ってこれる。経験したことを早くバンドに持って帰ってこい』って」
牧くんは背負ってたんだよ。そうやって張り詰めてた気持ちが、名古屋のライヴで感極まって溢れたんじゃないかな。
「そんなつもりなかったんですけどね(笑)。ライヴ始まるまでどうなるかわかんなかったし、全然湿っぽいことはしたくなかったのに、客席のみんなが笑顔になってるのを見て、こっちが泣いちゃった(笑)。あんな感情、初めてだったな。ていうか、 そういう弱いところも見せたっていいんですよ。今回、僕とバンドが手にしたのは、そういうことです」
文=金光裕史